第148話
「ここは……?」
「バキア王国国立魔法学校。俺の母校だよ」
冒険者ギルドを後にした俺たちは、そこから歩いて20分程の距離にある、青い壁と赤い三角屋根が特徴的な巨大な建築物の前に立っていた。先に答えを言ってしまったが、ここはかつて俺が通っていた母校の魔法学校だ。先ほどとはうって変わって、周りを歩く人々は皆一様に制服である紺色のローブを身に纏っている。
「アルの母校……」
「といっても、俺が通っていた頃とは、結構変わっていると思うけどな」
パッと見でも、外観も何となく新しい感じになっているし、生徒の雰囲気も違う。俺が通っていた頃は制服云々関係無く、一瞥しただけでその生徒が平民出身か貴族出身かが一目見れば感覚でわかるものだったが、俺とオルシナスの周囲を行き交う今の生徒を見ても、誰が平民で貴族かというのが全くわからない。
もっとも、俺たちの学校――ノコエンシス女子魔法学校のように、貴族も平民もごった煮の学校なんかも多くなってきているようだし、徐々に貴族階級が絶対視されなくなりつつなっているのもあるのだろう。
「ここの噴水の近くのベンチで適当に買ったパン食べてたら、クインテッサによく話掛けられてたな。んで、そのまま一緒にお互い買ったパン半分こして食べてたっけ」
家が壊滅して適当に買ったパンしか食べられなくなった俺に同情しただけなのかもしれないが、あの時の俺はそういうのに救われたのもまた事実だ。そんな恩人と再び同じ場所にいられているのだと考えると、なんとも感慨深い気持ちになった。
「もうひとりの恩人の事も、忘れないでくれよ!」
「うわっ」
いきなり耳元に大声で叫ばれて、オルシナスみたいな小さな声が出た。
「……誰?」
オルシナスは真顔で、俺の服の袖を引っ張りながら俺と同じくらいの声量で尋ねてきた。つまり囁き声だ。
「ああ、この人は……」
俺の記憶よりも少し髪が短くなり、しわが若干増えて老けたように見え、ナチュラルに人の心を見透かすその男の名前は――エボニー先生。俺の学生時代の担任だった先生である。そして今は校長になっているらしい。
そして何を隠そう、あのモンブラン――魂壊竜を倒した、というか無力化することに成功した世界の英雄でもあるお方だ。だけど英雄視されるのを嫌ってブーゲンビリアを去り、母国の教師になったという経歴の持ち主だ。
「すごい人だ」
以上の事をどうやってオルシナスに説明すればいいか迷った末、俺は一言、そう返した。
「わたしはオルシナス。わたしもすごい人」
オルシナスは俺の言葉に驚く事も戸惑う事も無く、エボニー先生に挨拶をしてからペコリと頭を下げた。
「すごい奴だってのは見りゃわかるぜ! よろしくな!」
「よろしく」
表情を一切変えないオルシナスに対し、エボニー先生はゲラゲラと大声で笑っていた。
「こんなすごい生徒の担任だなんて、お前もなかなかやるじゃねえか!」
「……どこまで知ってるんですか。俺の事」
まだそこまで説明した覚えは無い。少なくとも、エボニー先生には。使われている感覚なんて微塵も無いが、もしかしてたった今読心魔法とか使われていたりするのだろうか。
「んなもん、顔とか身なりとか、身体の動かし方とか見りゃ大体はわかるぜ。魔法以外にも色々勉強してきたからな」
「確か……剣とか弓とかも得意なんでしたっけ」
「最近は銃も使えるようになったぜ!」
銃か……。なんか撃たれたところがまた痛み出したような気がするぞ……。トラウマになってるのか、俺……。
「おい、まさか銃で撃たれたことがあるってのか!?」
「……ノーコメントで」
ウェリカがいない手前ベラベラと話すべきではなさそうだし、クラウディア家もまだまだバタついてるっぽいから今はあまり蒸し返さない方がいいだろう。
「なるほどな。ま、色々あるだろうけど、お前らしく頑張れよ!」
「なるほど……って、ちょっと待って下さい! どこまで――」
「校長先生も結構忙しいんだよ! 暇だったらまた会いに来てくれよな!」
そう言ってエボニー先生は強引に話を打ち切ると、校舎へと飛んでいった。比喩ではなく、飛行魔法で開け放たれていた3階の窓から校舎の中へと飛び込んだのだ。
「相変わらずすごいな……」
「……わたしもすごい」
「ああうん。それはわかってるよ」
エボニー先生に張り合おうとしているのか、同じように空を飛ぼうとしたオルシナスを、俺は慌てて止めたのだった。




