第137話
転移魔法を使い一瞬で済ませた行きとは大きく変わり、アルとメーデル先生とともに乗り心地が良いとはいえない馬車に数時間揺られてヌチオズから学生寮に戻ってきたわたしは、長時間座り続けて固くなった身体を柔らかいベッドの上で上下左右にぶらぶらとほぐしながら夕日に照らされる緑の生い茂った山々を少し曇った窓からぼんやりと眺めていた。
まもなく山の中に埋もれた地平線の底に沈むであろうこの太陽のように、わたしの命ももうすぐ終わるのだろう。しかし太陽は朝になれば再び昇る。けれどわたしはただただ沈み続けるだけ。この違いは、あまりにも大きすぎだ。
ならばこそ、今のうちにやらなければならない事があるのではないかと逡巡しているけれども、結局何も出来ずにこうしてただただ太陽を眺めて貴重な時間を排水溝に水を流すように浪費してしまっている。
自分の人生が残り僅かである事をわたしと同じようにこうして理解していた他の『きょうだい』たちは、今のような時間をどのようにして、どのような思いで過ごしていたのだろう。答えを聞きたくとも、彼女たちは既にもう沈んでしまったので答えは聞けない。今現在わたしと同じような状況になっているきょうだいたちの存在も知らない。つまりは自問自答し自己解決しなければならない、そういう事なのだろうか。
死ねばそこで何もかもが終わり、全ては無意味となる。他の誰かが生きている限りこの世界は永久に続いていくのだろうが、わたしにとってはもうすぐ終わる。だから何もする必要が無いし、何かをしても無意味だ。
だけれども、何かをしてはいけないとは限らない。たとえそれが全て虚無に帰す無意義な行為なのだとしても、帰すまでの時間を有意義にする事は間違っているのだろうか。
「……間違っていたとしても、関係ない」
なぜなら死ねばそれで全てが終わり消えるから。
だったら、せめて。
もうすぐ死ぬなんて微塵も思っていなさそうな身体を操りベッドから起き上がると、部屋の一角に陣取っている新品同然のクローゼットの冷たい取っ手を掴んで引っ張った。
「…………アルに」
わたしが死んだ後の事はわたしにはわからない。だから自分がこれからやろうとしている事により何が起こるのか、わたしに知る事は出来ない。何の意味も無く終わるのかもしれないし、重大な事件を引き起こしてしまうのかもしれない。
だけど何もせず終わるよりは、残された時間の過ごし方としてはいいのではないのだろうか、わたしはそう思いながら、クローゼットを眺めた。
「…………全然無い」
まずは新しい服を買うところから始めてみようと、空っぽ同然のクローゼットの中を見ながら、わたしは再びベッドに倒れ込んだ。