第135話
ブーゲンビリア王国、王都マソティアナの地中深くにある薄暗い地下街。
舗装もされていない狭く暗い道を歩きながら、傍らにあるいつの日も変わらない姿のひび割れた住居の間をガランスは歩いていた。
「随分と土臭いね。長居していたら寿命が縮みそうだ」
文句をたらたらと吐き捨てながら共に歩いている、天才博士の不機嫌そうな顔を眺めながら。先刻彼の名前を尋ねてみたが「名前が当たり前にあるとは思わない方がいいよ」という答えが返ってきたためわからず終いである。
「そうは言いますが、ここに行こうと仰ったのは貴方でしょう」
ガランスは舞い上がる土煙を手で払いながら怪訝な目を博士に向ける。
「捕まった反逆者の中にね、変わった能力を持つ子がいるんだよ。通常であれば地上にある収容所に入れられるところなんだけど、そういう子はここにある牢獄で監禁されてるんだ」
王族である自分すら知らなかったのだから、さぞ優れた能力を持っているのだろうなとガランスは思った。一体どんな能力なのですか、と尋ねる。
「これだ」
博士は白衣のポケットをまさぐると、飴玉をひとつ、ガランスに渡してきた。
「食べてみるといい」
ガランスは言われるがまま飴玉を口に放り込んだ。舐めると舌に甘いイチゴの味が広がる、いたって普通の飴であった。
「どうやらその子は、こういう飴玉を舐めると異世界に飛べるみたいなんだ」
「な……!?」
博士の言葉を聞いた刹那、ガランスの思考が停止した。
「驚くのも無理は無いよ。普通だったらたくさんの人命を犠牲にしてようやく行けるかどうかって話なのに、飴玉ひとつで行けるなんて、世界の根幹を揺るがしかねない」
だからこんなところに閉じ込められているんだけど、と博士は続けたが、ガランスの耳にその声は届かなかった。
「早く会わせて下さい」
ガランスは、早口で博士に言った。気づけば歩きも早くなる。
「そうだね。彼の力があればきっと『彼女』にも会えるだろう」
博士は飴玉を口に放り込みながら、ガランスの背中に声を掛けた。
*
「はーやーくーこっから出してくれー! 固いんだよ床がー!」
「彼が件の『世界渡』くんだ」
赤茶けた石で造られた階段を下り続け、地下街の更に奥深くまで足を踏み入れると、土を盛り上げて適当に壁を作り上げたかような小さな牢屋があった。
博士が牢屋を指し示すと、そこには十代前半らしき茶髪の少年がいた。世界渡という名前らしい少年は博士を見るや否や檻に手を掛け解放を望んでいた。
「その雰囲気のある赤髪、ひょっとして王族だな。この国のせいで僕ちゃんの人生は何もかもがめちゃくちゃになったんだ。だから僕ちゃんは君たちに復讐しなければならない。訳もわからず死んでいった人たちの弔いのためにも、僕ちゃんに殺されてくれないかな」
渡は博士の横に立っていたガランスに目を向けると、見下すような目を向け、怨嗟の声を容赦なくぶつけてきた。
「この首輪も取ってくれないかな。無理矢理取ろうとしたら余計に締め付けられて血流が止まるから」
何も言えずにガランスが黙っていると、禍々しいほどの魔力が込められた首輪を見せつけてきた。首輪が檻にぶつかるたび、金属同士が打ち付けられカンカンという音が狭い地下に響く。
「取るよ」
それを見て、博士が平然とそう言う。
「え?」
「その代わり、ひとつ条件がある」
まさか本当に取ってくれるとは思っていなかっただろう渡の顔近くに、檻の隙間から飴玉を差し出しながら博士は言葉を続けた。
「私がいいと言うまで、能力を使い続けるんだ」