第133話
物音一つ聞こえなくなった外の様子を見ようふと思い立ち、照明が落ちた部屋の中を感覚頼りに歩き、金色の枠が特徴的な両開きとなっている窓を開けた。
外界は一面漆黒の闇に染まっており、まるでこの部屋が世界から切り取られて、何も無い空間に置き去りにされてしまったかのような錯覚を浴びせられる。
普段であればもう眠りについている時間だが、色々とあったせいで眠気がやってこないんだよな、と後ろのベッドで静かに寝息を立てている少女を見ながら小さくため息をつく。真っ暗な部屋の中で髪の白い部分だけが微かに見える。
彼女は俺が想像している以上に天才なのだなともう何度目になるのかわからない再認識をさせられる。それにしてもなぜここがわかったのだろうか。いや、これだけの才能をもっているのだから場所の特定くらい造作も無いのか。
「……部屋が暗くなると、なんだかドキドキしますね」
隣で、メーちゃんの囁き声がした。首を右に向けると、丸い輪郭がぼんやりと視界に映る。首を再び前に向けると、綿のようにふわりとしたものが顎の辺りに当たる感覚がした。
「さすがの私も、ちょっと動揺しちゃいました」
メーちゃんは少し笑いながら言う。確かにさっきはお互い動揺しまくりだった。
「冷静になる方が無理ですよ。転移魔法をあんな完璧に使いこなせる人なんて初めて見ましたし」
「私もです」
再び笑うメーちゃん。それから俺たちはお互い何も言わず、厚手のカーテンの奥、隣り合って、暗闇を見つめていた。
「…………私もね、昔は天才って呼ばれてたんですよ」
ふと、メーちゃんが小さな声で話し始めた。
「とはいっても、オルシナスちゃんとかウェリカちゃんとかと比べれば、全然大したものじゃないですけどね」
あれを基準にしたら、この世の魔法使いは皆凡人になりますよ。と言葉が自然と口から漏れた。
「あはは、ですよね。だけどいつしか天才は焼肉になりました」
や、焼肉? と口にしようとしたところで、以前ウェリカとメーちゃんとでこの町を訪れた際『焼肉のメーデル』という珍妙すぎる異名を聞いたのを思い出した。
「どういう経緯でそうなったんですか?」
「私は天才では無かったから。それだけです」
意味がよくわからない。
「故郷に住んでいた頃、山で大量発生した大きな虫の魔物が大勢で集落を襲撃しに来たんです。私は皆を守る為に戦おうとしました。でも、できなかったんです。私は強いと思っていました。だけど、脚を傷つけられただけで、怖くて戦えなくなったんです」
私は強い、という言葉を聞いてオルシナスの顔と――別の記憶が脳内で再び色と形を作り始める。
まさか、と思いながらも、俺は黙って話を聞き続ける。
「脚からたくさん血が出て歩けなくなった私は、迫りくる虫の無数の足に震えながら、祈りました、誰か助けて、って」
そのとき――。と彼女が言葉を続けているのを聞いていると、右手に温かな感触が走った。
「助けてくれたのは……アルちゃん……あなたですよね?」
「……はい」
過去、マソティアナ領の山間部に大量発生した虫の魔物の討伐クエストを「メルクネメシア」で受けた事がある。そのとき、亜人の女の子を治癒魔法で治療した。亜人は珍しいから、よく覚えている。だけど、他のメンバーが魔物を倒せていなければ……その女の子を救う事は俺には出来なかっただろう。
「お礼を言うのが遅くなってしまいましたけど、助けて下さり、本当にありがとうございました」
俺だけの力じゃ、助けられなかった。
「だけど助けてくれたのは、他の誰でもない、あなたです」
メーデル先生は、そっと俺の手を撫でる。
「やっと、会えましたね」