授業9 冒険者について
「んじゃ、ストレリチア。犬の真似をしろ」
「へぇ!? はぁ!? なんで!?」
授業開始の鐘が鳴って早々命令するとストレリチアは椅子を激しく鳴らして愕然とした様子で目と口を大きく開けた。いいリアクションだし、そこまで心配する必要はなさそうだな。
「なんでそんな事する必要があるんだよ!?」
「ストレイドッグに威嚇されたとき、鳴き真似をすることで自分の仲間なのだと認識させられる。それによって戦わずに済んだり、不意打ちを狙えたりしたりするんだ。だから試しにワンって鳴いてみろ」
「だからなんでボクなんだよ!? そんなのウェリカにでもやらせたらいいだろう!?」
「何言ってんのよ。貴族が犬の真似なんてする訳ないじゃない」
動揺し続けるストレリチアからぶん投げられた言葉にウェリカは平然と真顔で答えた。
「という事らしいから、手の指を折り曲げて顔の横で構えろ」
「オルシナス! 君の方が適任だよ!」
オルシナスは無言で首を横に振った。ストレリチアは頭を抱えた。
「れ、レイノ!」
「えっと……私は、ストレリチアちゃんが適任だと思います」
「だからなんで!?」
「その、可愛いですし……」
「可愛くて悪かったね!」
ストレリチアは半ギレになりながら意味不明な事を口走った。とりあえず自分が可愛い事は否定しないらしい。
「ほら、出来たら後でお菓子やるから」
追い討ちに俺が言うと、ストレリチアはしばらく自分の足元をじっと見つめた後、ぎこちなく丸めた両手を横に構えた。
「……わん」
「ん?」
「わん!」
トマトのように頬を赤く染め照れた仕草で発せられたその声は、とても可愛いらしかった。
*
「それじゃ、今日は冒険者についての授業をする。君たちが将来冒険者になる気があるかはともかくとして、冒険者として活躍する魔法学校出身者も少なくないから、覚えておいて損は無いだろう」
「じゃあさっきのは一体何だったんだ……」
ストレリチアが机に額を擦りながら尋ねてきた。
「冒険者になったら時にはああいう技術も必要になったりするんだ」
「……こじつけじゃないのか?」
「こじつけじゃないぞ」
半分くらいは。
「冒険者と勝手に名乗っている人もそこかしこにいるが、その実冒険者と名乗る事が出来、冒険者であると社会からみなされるのは冒険者ギルドに冒険者としての能力を認められて――」
俺は四人にそう説明しながら、懐から一枚のカードを取り出した。
「この、冒険者ライセンスを発行された人間だけなんだ」
「そうなのね。あたしに見せなさいよ」
俺はそう言ってきたウェリカに自分のライセンスカードを手渡した。本来は軽々しく他人に渡したりするものじゃないが、授業だし大して問題は無いだろう。
「ジョブ、ヒーラー。所属、なし。ランク、AAA……。ねえ、このランクって何なの?」
「冒険者っていうのは、能力や実績に応じてランク付けがされているんだ。下から順にE、D、C、B、A、AA、AAA、S、SS、SSSってなっている」
俺は黒板にランクの記号を順番に書いていく。
「それで、AAAランクってのはどれくらいすごいのかしら?」
「まず、誰もが最初はEから始まる。クエストをこなしたり、強大な魔物に勝ったりすると徐々にランクポイントっていうのが上がり、ポイントが一定水準まで上がったら自動的にランクが上がる――Bランクまではな」
「なら先はどうなるのよ」
「BからAに上がるには、ポイントを上限まで貯めている状況でギルドに申請する必要がある。そしてギルドにより、単なる実力や能力はともかく、人々の助けになるという冒険者の責務をしっかりと果たせるかどうかといった視点からも審査され、それに合格すれば上がる事が出来るんだ。要するに、限られた人しかAランク以上にはなれないんだ」
「ふーん。そうなのね」
そんな限られた人間しかなれないAランクの最上位だってのに、ウェリカはその凄さにあまりピンと来ていないらしかった。まあいい、お前も冒険者になれば――いや、こいつの場合素質だけで言えば余裕でSランクまで行けそうな気がするな……。果たして素行がどう見られるのかは知らないが。
「それじゃ次は、冒険者の中で魔法使いが就いているジョブ――どういう役割を担っているのかについて説明する」
ウェリカからライセンスカードを返された後、俺は一旦黒板を綺麗にし、再びチョークを躍らせる。
「ほとんどの魔法使いは前衛の支援を行う後衛を担っている。俺みたいに仲間を回復したりするヒーラーだったり、味方の能力を底上げするバッファー、敵を弱体化するデバッファー、それと高威力の魔法で遠距離から戦うウィザードなんかもいるな。ちなみに女性の場合はウィッチっていうぞ」
他にも前衛で真正面からゴリゴリ戦うウォーメイジなんてのもいたりするが、あまり数は多くない。レイノにはその素質があると思っていたのだが、その素質を身に着けた経緯が経緯だけにあまり勧められなくなってしまっている。
「なら、あたしはウィッチね!」
「違う」
「へ?」
お前は魔王だろと言おうとしたところでウェリカに首を傾げられ、口が止まる。
「お前はその……ただのウィッチじゃなくて、誰よりも強い究極の魔法使い……そう、アルティメットウィッチだ」
「アルティメットウィッチ!? なんかいかにも強そうでいいわね!」
目を輝かせているところ本当に申し訳ないが、そんなジョブは存在しない。
いや、違うな。
「もしかしたらお前が最初の、アルティメットウィッチになれるかもな」
「え、他にいないの!?」
こいつには、それくらいの才能がある。そういう事だ。
「……」
なぜかオルシナスがじっと俺を見つめてくる。これはどういう目だ。わたしの方が強いと言いたいのか、それとも俺の出任せを見抜かれているのか……。
「えっと、オルシナス……」
「……わん」
どっちでも無かったしちょっとというか随分タイミングが遅い気がするけども今にも耳と尻尾が生えてきそうな程に可愛らしい犬の真似はこの世界に存在するどの本物の犬よりも大変素晴らしく可愛いので後でオルシナスにもお菓子をあげよう。オルシナスもお菓子が欲しかったのか。オルシナスになら何もしなくても素直に欲しいと言ってくれればお菓子をあげたのに。
「ああ。わかったよ」
そんな可愛らしい彼女の想いを察した俺は彼女ににっこりと微笑みながら、強く頷いたのだった。