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第108話

「あ、先生……」


 授業が始まるよりもずっと先に教室に入ると、一人、お世辞にも綺麗とは言えない教室を少しでも綺麗にしようと頑張っている生徒がすぐに視界に入った。


「おはよう」


 俺はいつもと変わらぬ態度を意識して、そんな生徒――レイノに朝の挨拶をした。


「おはよう……ございます……」


 相変わらず、俺に向けられるレイノの表情は優れなかった。俺が彼女の立場だったとしても、何ら変わらぬ態度で振る舞えと言われても難しいし、無理は無いのかもしれない。


 だからこそ、俺は。


「君がいないと秩序が崩壊するから……これからもよろしくな」


 このクラスに彼女が必要なのだと、素直な思いを込めて伝えた。


「わかりました」


 すると表情が少しだけ柔らかくしたレイノが、そう言ってくれた。


「秩序が崩壊するって、あたしが悪いって言いたいの!?」

「ウェリカ!?」


 いつのまにか教室にいたウェリカが頬を膨らませながら俺に詰め寄ってきた。


「ウェリカが悪いっていうか――」

「キミみたいに朝から騒がしく出来る生徒が、教室と教育をダメにするんだよ」

「はあ!?」


 どこか眠そうなストレリチアが教室のドアを開けるや否や、率直すぎる物言いでウェリカに喧嘩を売り始める。


「あんたみたいな教室の隅でニヤニヤしてるようなのが崩壊させてるんじゃないのかしら!?」

「こんな狭い教室に隅も何も無いだろう」

「いや……あるでしょ……どう見ても……」

「相対的にって意味だよ。これだからお嬢様は」

「お嬢様で何が悪いのよ!」

「悪くないけど、君は悪い」

「意味わかんないけど、ムカつく事言われてるのはわかるわ! あんた、あたしとやる気なのかしら!?」

「やる気なのはキミだろうに。ま、やるのは一向に構わないけどね」

「あの……喧嘩は……やめませんか……?」


 意味わからん喧嘩を始めようとしたウェリカとストレリチアの間に割り込むように、レイノが口を開いた。


「生きてる人同士で争うのは……悲しいですから」

「……あんたが言うと、重いわね……」


 ウェリカが途端に声を沈め、どこか悲し気な表情でレイノを見る。


「ところでレイノ、シンシュとは仲直り出来たの?」

「それが……出来ず終いで……」

「そう……。ま、いざとなればあたしだって協力するから!」


 と、ウェリカはわざとらしい程に明るい声を上げてなぜかストレリチアを見た。


「ボクに何を求めているんだ」

「……」

「先生?」


 ストレリチアはなぜか俺を見た。なんでだ。


「まあ、とりあえずお前はウェリカと仲直りしろ」

「別に直る仲も……」

「ほら、さっさとあたしにごめんなさいしなさいよ」

「……なんか負けた気がして嫌だ」

「あんたはあたしに負けてんのよ」

「いつ負けた!?」

「今よ」

「なん――」

「ま、まあまあ……」


 強引にストレリチアの頭を下げさせようとしているウェリカを見てレイノが慌てだす。まあ、いざとなったら俺と――。


 そういや、まだオルシナスは来てないみたいだな。まだ授業開始までに時間はあるし、来てないのは当たり前っちゃ当たり前だけど。むしろこの三人が来るの早すぎるんだよな。


「……」

「うわっ!?」


 なんて思いながらふと目線を少し下げると当のオルシナスがいた。そして無言で、俺の目をじっと見つめていた。


「お、おはよう……」

「…………おはよう」


 オルシナスはいつものように小さな声ではあるけれど、はっきりとした声でおはようを返してくれた。


「もういい。キミをボクの研究の実験台にしてあげるからせいぜい感謝するといいよ」

「え、普通に嫌なんだけど」

「実験台なら私がなりますから……」


「…………」

「えっと……」


 同じ空間にいるはずなのに、騒がしく声を上げている三人とは全くの異次元にいるかのような雰囲気がオルシナスの周囲には広がっていた。


「……今日も……よろしく……」

「よ、よろしく……」


 オルシナスはそう言って、立ったままわちゃわちゃしている三人には脇目も振らず自分の席に着席して、小さな手で鞄を開き、ノートを机の上に置いた。


 その間、オルシナスの目線はずっと俺に向けられていた。


「えっと……」

「……」


 何か言いたげにも見えたが、オルシナスは何も言わず、授業が始まるまで、ただただ俺の顔を見続けていたのだった。


「あ、ほら! オルシナスちゃんも座ってますし、私達も座りましょう!」


 そんなオルシナスを見てレイノが閃いたかのようにウェリカとストレリチアに言った。


「そ、そうね」

「そうだね」


 すると間もなく言い合いを止め、すぐに全員が席に座った。


 その間もオルシナスは、俺の顔をただただ見続けていた。

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