第95話
外壁と同じように内壁も白く塗られている家の中に入ると、スースーとした薬品特有の臭いが鼻腔を揺さぶった。周囲を見ると、その臭いの発生源だと思わしき色とりどりの液体が入った丸底フラスコが埃一つ無い棚の中や上に所狭しと並べられていた。青いカーペットが敷かれた床の一角には錬金術のレシピが書かれているらしい本が何冊も積み重ねて置かれている。
「ポーションか……」
冒険者を続けていたから、液体の正体についてはすぐに判別出来た。店で買うとそれなりに値が張るポーションもあるし、全部売れば少なくとも一年は何もしなくても生活には困らなさそうだ。
「ポーションって確か、専門技術を持った錬金術師しか作れないのよね?」
「よく覚えるたな」
「ちゃんと授業は聞いてるから当然よ!」
俺が教えた事がちゃんと知識として身に着いているようで何よりだと頷きつつも、俺は肝心な点を確認しようと口を開いた。
「ここにあるポーションは全部貴方が?」
「ええ。私は錬金術師の川目美月よ」
俺が尋ねると、女性は聞きなじみの無い名前を口にした。ハシメミツキ。やはり聞き覚えは無かった。第一そんな変わった名前なら嫌でも覚えるはずだしな。
「ミツキ? 随分と日本人みたいな名前だな。ああそうか、だからルナなのか」
「……!? あなた、日本を知っているの!?」
モンブランが名前を聞いてなぜか合点がいったような反応をすると、ミツキさんは声色を変えてモンブランの肩を両手でがしっと掴んだ。
「知り合いの知り合いが日本人だからな。話は自然と耳にする。大抵はどうでもいい自慢話のような内容だがな」
「そう……なのね……」
「待って下さい。つまり貴方は異世界人なのですか?」
ブーゲンビリアではあまりものが多いのか、興味深そうに家具などを観察していたガランスが手を止めてミツキさんに尋ねた。
察するに、日本というのは異世界の地名で、だからそれを知っていたモンブランに驚いた、という事でいいのだろうか。
「気づいたらこの世界にいて、私は……」
「サラマンダーにされたのか」
デリカシーなど微塵も無さそうにモンブランが言った。
しかしミツキさんはそれに怒りもせず、ただこくりと、無言で一回、ゆっくりと頷いたのだった。
「結論から言うわ。私は、十二年前の魔物化現象を起こした犯人を、知っているわ」
そうして再び口を開くと、そんな言葉を口にした。
「誰だ」
「それは……」
誰なんだ。
「アウル――かつて私の、夫だった人よ」
ミツキさんは俺の目を前髪の隙間から真っすぐに見つめながら、そう言った。