第一節 旅支度
私の部屋は家の奥の方にある。
ミニアチュールめいたオシャレなデザインの格子がかかった防犯意識の高い窓がちょうど朝日の上る場所にあって、その窓から毎朝日差しだけが差し込んで(熱を断絶する仕組みのおかげで)私は目覚めている。換気をしたい時はその窓を開けて綺麗な格子が剥き出しになるのが好きだった。
それももうあと何回見れるのだろう。
余命宣告されなかったとしてもいつかはこの家から巣立たなければならないわけだから、いずれにせよ私はこの部屋と家とも別れなければならなかったのだが、それがこんなに早く来るのは想定外だった。
私も、家族も。
愛する家族の突然の余命宣告だなんて死亡エンド確定の汎用的感動映画・ドラマの導入みたいなことが現実で起きるとは夢にも、いやそれこそ夢でも思わなかった。
一息ついてから、特にいらないものを処分してしまおうと持ち込んだ段ボールを床に置いてクローゼットから本棚から漁り始める。
心のどこかで当たり前のように明日はどうしようとか、今日やり残したことを当然のように明日に回そうとしていたり、「明日があるのが当然」と思っていた。
「みんな明日も生きていて当然」
「そう簡単に死なない」
みたいな、なんの根拠もないというかなんというか、世界は生きてる者たちでできているせいか生きてることが絶対的に当たり前になっていたから死を見ないふりしていた。
でも違った。
死は、必要なもので必ず訪れる。生まれたなら死ぬべきで。それが遅いか早いか。
自分で自分を殺すか、他人に殺されるか、病気や事故で死ぬか。
全部―――――死だ。
死に違いなんてないんだよな、結局。
ドサッ
考え事をしながら部屋の整理をしていたからか、本棚の変なところに手を突っ込んでしまった。
なんだなんだと思いながら視線を床に向けると、そこにあったのは北欧旅行のすすめという旅行ガイドブックとフィンランド特集の雑誌だった。
いつの日だったのかは忘れたが、確かテレビでチラッとだけ見た北欧の街並みが好みにドンピシャだったから興味を持って購入したものを、何回か読んだら本棚のニッチなスペースに隠すようにして置いたのを忘れていた。
「すっかり忘れてた……なんというとこに隠してるんだ過去の私よ」
多分何も考えず適当に突っ込んだんだろう。
パラパラとめくると見えた内容は、色鮮やかな北欧の地の景色と生活を切り取った写真と、日本とはまた違う生活の一ページ。
建物、景色、料理、お店、生活雑貨に家具など。
日本とは全く違う色、カタチ。
いつか行きたいと願うばかりでついぞ叶うことなく私は死のうとしている。いつかやろういつかしようとか、「いつか」なんて言葉に惑わされて『いつでもできないこと』を『いつでもできること』だと勘違いしていた。
いつかやろう、なんていって先延ばしにし続けて自分の願いを一つも持たないままに生き続けてきたツケがここできた。笑えない。まったくもって笑えない事態だこれは。
このままじゃ何一つ叶えないままに死んでいくことになってしまう……。
そうだ、日本以外で死のう!
死んだ時の法的手続きだのなんだのは知らない!
言っちゃ悪いが死んだ後のことなんてのは私には関係ない!ならば好きにするしかない。
別に何かをなしたいとか自分の生きた証を残したいだとかそんな大それた理由じゃない。
せめて日本から一度は出てみたい、そんな気持ちに突き動かされた。
死が明確に認識できたからこそ周囲を気にせずに好き放題にしてやろうと考えられる。まだまだ人生は長いと思っていた時には遠慮して押し込めていた気持ちを解き放つにはもう今しかない。
死に方による違いが無いように死に場所による違いも無いはずだ。
どれも同じ死だというのならば少しでも納得、満足のできる終わりを望むべきだ。
余命宣告は死亡エンドの導入なんかじゃない。
ハッピーエンドの導入にすぎない。