序章 余命宣告
「落ち着いて聞いてください。あなたの余命はあと半年です」
3月。春の近づく季節。始まりと終わりの時間。
そんな時に私こと咲野壱花は体の骨が軋む感覚に悩まされ、なんとなくで接骨院は受診したのち、家の近所にある大きな病院に回された。そこで告げられたのはーーーーー半年。六ヶ月。という私に残った命の時間。
ドラマの出だしもかくやというような超展開にぼうっとしている私に、医師はショックを受けていると勘違いしたのか、私に労わるような眼差しを向けて、続けた。
「驚かせるようなことを言ってしまい申し訳ありません。そして重ねて謝罪させてください。あなたを直すことは現代医学ではできません」
「はぁ」
「国際指定必死病の一種にあなたはなってしまったのです」
「ひっしびょう」
喋るおもちゃみたいに鸚鵡返しした私の言葉に医師は頷くと更に詳しく教えてくれた。
曰く、大昔から存在したが、公表すれば混乱するリスクが高い上に発病率も稀。七千人に一人か二人ぐらいしか罹患することのない珍しい病気の類らしく、サンプルが少ないのとあまりにも種類が多かったことからこれまで公表されてこなかったが、国際的なつながりが強くなった第二次世界大戦後からひっそりと公表されはじめたという。(医学に無関心なほとんどの人々は知らないが)
共通点としてこの世のものとは思えない症状と、どんな治療を試してみても発症した患者が必ず死に至るというものらしい。
特効薬も治療法もなし。発症したらあとは死ぬだけの恐ろしい病。だそうだ。
お涙頂戴の医療ドラマや感動の実話!的な映画でよく見るような余命宣告と病気の実態解説を実際に自分が受けてみた感想としては、私が受けてるという実感がわかなかったというのが本心だ。
後半からは先生の医療用語解説付きで私の罹患した病気の詳細を説明されたが、私の心はどこか遠くにいて、来年を迎えられず、大人になれないまま死ぬ私のことを他人のように見つめていた。
今後のことをご家族や身近な人と話し合うようにと言われて、少しも実感を得ないままに病院を後にして私は四ツ谷の町に踏み出した。
東京都四ツ谷。
私の生まれ故郷で、大都会東京の一端で、端的に言うと何もない場所。
消防博物館だの須賀神社や花園神社があると人はいうが、生まれた時からそばにあるとそれが当たり前になってしまって娯楽的に感じられない。
私としては華々しい京都や大阪が羨ましいし、小学生の時に修学旅行で訪れた三重県の厳かで清らかな雰囲気も恋しい。
東京に憧れる人は多いと聞くが、この何もない場所の何が良いというのだろう。と、いつもなら思うが、今はその無味乾燥さが私の心を受け止めてくれていた。いつも忙しくて、騒がしくて、激しくて、誰に対しても無関心。そんな都会の心地よい冷たさのなかでは周りに人がたくさんいるのに一人になったように感じるから落ち着けるし、気持ちがいい。
とりあえず帰宅するために人混みの中を無心で歩く。
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マンションの一階に併設されたソファに腰掛けて、おもむろにスマホを取り出して、『必死病』で検索する。
すると政府の公認サイトが出てきて、先生の言うことを疑っていたわけではないけど、本当にあったんだと感心してしまった。
あと健康と医療関連のことは厚生労働省と文部科学省、経済産業省と内閣府が管理していたのか。もう死ぬのにまた一つ賢くなってしまったなと思いながらサイトを開くと真っ暗な明朝体で大きく、生命に向き合おうと書かれた、参考書のページのように真面目なデザインのサイトが目に飛び込んできて、必死病に関する解説と現在確認されている一覧の病と終わりに向けての考え方が載っていた。
病気の解説については病院で先生から受けたものと大差はなかったが、私が罹患したもの以外もあったので興味深かった。
私が罹患したのは割れ物病。別名『壊れかけの人形病』
全身が割れ物のような性質を帯びていき、徐々に体にヒビが現れ、全身にヒビが行き渡った後、粉々に砕け散り死亡する。遺体は残らず、この病気の患者さんの葬儀は棺は遺体ではなく死者の好きだったものを詰め込み、あの世に送るのだという。
なんだそりゃ。
夢にまで見ていたお葬式プランがご破産だ。
私は死んだら骨を灰にして貰って海に溶けるようにして眠るのが理想だったのに。夢破れた!いや、夢砕けた!人生はいつも思い通りにいかなくて、でもそれがいいだなんてよく言うが、人生は思い通りに行った方が絶対に楽しいはずだ。少なくとも、自分の死に方ぐらい自分で選んだものがいい。
天を仰いで世を儚み、やってらんねーという感情と共に喃語のように意味をなさない言葉をひとしきり吐き散らす。
吐き散らして、項垂れて、覚悟を決めてソファから立ち上がると、エレベーターに乗り込んで居住階のボタンを押した。
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しん、と静かになった。
水を打ったように、という表現が現実のものになる瞬間と感覚を私は感じ取った。
「嘘………」
その声が誰のものなのか分からない。
都内マンションの一室。
4LDKのリビングには、この世帯に住む咲野家の人間が全員揃っていた。
父・母・姉そして私の四人。
私以外の全員が青ざめてような、不意打ちを喰らった鳩のような顔をして、誰かが呟いた言葉を最後に言葉を失った。
「―――――私、半年後に死ぬから」
沈黙に飽きたので言葉を繰り返して現実を突きつける。
すると反応はすぐだった。
「い、いやいや!死ぬからじゃないから!壱花、アンタ死ぬの?」
真っ先に声を出したのは姉だ。
「だからそうだって。死んじゃうから身辺整理始めてもいい?」
「身辺整理って、ちょっとは私達に現実受け入れる時間をよこしなさいよ!」
「時間をよこせって言われてもさ、ここでずっとだんまりされてもいや。私はもう時間ないんだからもっとずっと有意義に使わせてよ」
「…………ッ、それはそうだけどさぁ」
「じゃ、そういうことで。とりあえず私は部屋の片付けするからお夕飯になったら呼んで。ご飯の後にもう一回話し合おう」
明かりは点いてるはずなのになんだか暗かったリビングが一気に明るさを取り戻した気がした。姉とのたわいない会話のおかげだろうか。
そんなどうでもいいことを頭の片隅で考えながら空気が澱んだリビングを後にした。