劇終
「……そうか、やはりショクゴ軍を指揮していたのはお前だったのか、コーメ」
「セバイ!?」
「お久しぶりでございます、お父様」
「……ふっ、この私を、まだ父と呼んでくれるとはな」
もちろんですとも。
今では運命の悪戯でこうして敵と味方に別れてしまいましたが、私にとってお父様は今でも父であり、憧れのヒーローでもあります。
お父様がいたからこそ、今の私がいるのです。
……とはいえ、戦場で相対した以上、たとえ肉親でも情けは無用。
それが軍人としての礼儀です。
最後まで気を抜かず、とどめといきましょう。
「ゲツエ様」
「うむ、こうして直接顔を合わせるのは初めてですな、ソウソ陛下」
「お、お前は……!?」
隠れていた一万人の兵士と共に姿を現されたゲツエ様。
それに対してギアン軍の兵はおよそ五百人ほど。
ぐるりと四方を取り囲んでいるので、これでもう逃げることは叶わない。
――これにて決着よ。
「そ、そんな……!! そんなバカなああああああああ……!!!!」
その場に頽れるソウソ。
……哀れね。
「ゲツエ陛下! 私から一つ、提案がございます!」
「「「――!」」」
その時だった。
お父様が突然声を張り上げた。
お父様……?
「我がソウソ陛下とゲツエ陛下で、大将戦の一騎打ちを申し込みます!」
「「「――!!!」」」
「…………は?」
何ですって……!
まさかお父様が、こんなことを言ってくるなんて……。
ソウソも寝耳に水だったのか、ポカンとマヌケ面をしている。
「何のご冗談ですかお父様。今の状況は我が軍が圧倒的に有利なのです。そんなこちらに何のメリットもない条件、飲めるわけがないでしょう」
「いや、いいよ、やろう」
「っ!?」
ゲツエ様!?
「ちょっと個人的な事情でね、ソウソ陛下とは直接ケリをつけたいと思っていたんだ」
ゲツエ様がユラリと剣を抜いて、ソウソと相対する。
個人的な……事情?
「ゲツエ様ッ!! なりませんぞ!! あなた様は我が国の象徴なのです! そんな不必要に身の危険を冒すような真似はおやめくださいッ!」
今回ばかりは私もシュユさんに同感だわ。
……でも。
「俺のことを信じてくれ、コーメ。俺は必ず勝って、この勝利を君に捧げる」
「――ゲツエ様」
私の頬に手を当てながらそんなことを言われては、もう何も言えなかった。
「わかりました。ですが、絶対に約束は守ってくださいね」
「ああ、任せろ」
「ゲゲゲゲゲゲツエ様ッ!?!?」
落ち着きなさいシュユさん。
そもそも我が国一の武人と言っても過言ではないゲツエ様と、剣すらろくに握ったことのないソウソでは、万に一つも敗ける要素はありません。
「セ、セバイ、本当に余がやるのか?」
「はい、もうこれしか陛下が生き残る道はないのです」
「うううううううう……!!」
現に剣を握るソウソの足は、産まれたての小鹿みたいにプルプル震えている。
だが、勝ち目がないことはお父様も百も承知のはず。
いったい何を企んで……。
「それでですな、ここは……」
「――! そ、そうか!」
ん?
お父様がソウソに何か耳打ちを……?
「そろそろよろしいですかな。では、参りますぞ」
「う、うむ! 掛かってまいれ、この逆賊がぁ!!」
――ハッ!
お父様が今ソウソに握らせた、あれは――!
「お覚悟!」
「ヒイッ!?」
目にも止まらぬ速さでソウソに突貫するゲツエ様。
危ない――!
「ゲツエ様! ソウソは砂を握っていますッ!」
「フハハ、もう遅いわぁ!」
――くっ!
ソウソの投げつけた砂が、ゲツエ様の顔面に直撃した。
――ゲツエ様ぁ!!
「フフ、その手は以前見たからな」
「げえっ!?」
なっ!?
何とゲツエ様は、あらかじめ目をつぶっていたのであった。
ゲツエ様ああああ!!!!
「――終わりだ」
「がっ――」
ゲツエ様の剣が一閃。
ソウソの首が飛び、それはシーベの足元に転がった。
「イ、イヤアアアアアア、ソウソ様ああああああ!!!!」
何故か顔が鼻血まみれになっていたシーベは、その場で発狂した。
――これで本当に、この戦いも終わったのね。
「……お見事です、ゲツエ陛下。今この時をもって、ギアン軍は全面的に降伏いたします。どうぞよしなに」
……お父様。
「セバイ殿、よもやこうなることまで含めて、あなたの策略だったのでは?」
ゲツエ様!?
「いえいえ、私は自国のためにできる最善手を打ったまで。その結果がこれなのです……。私は軍師失格ですよ」
お父様は諦観の籠った瞳で、空を見上げた。
お父様……。
でも確かにこうなってしまった以上、兵の犠牲を最小限に抑えるにはこの方法しかなかったのも事実。
ソウソが生きていたら、最後の一騎まで戦えと命じていたでしょうし。
――ソウソはお世辞にも賢君といえる男ではなかった。
ソウソがギアンの皇帝になってしまった以上、遅かれ早かれギアンは滅んでいたかもしれない。
だったらいっそのこと、賢君の治める国にギアンを明け渡してしまったほうが国民のためになる。
今回の戦は、ショクゴがそれに足る国かを確かめるテストも兼ねていたのだとしたら……?
あくまで憶測に過ぎないけれど、仮にそうだったとしたら、お父様はお父様なりに、自国のことを慮っていたのね――。
その想いが実の娘である自分には向けられなかったことに少しだけ嫉妬している私も、やはりまだ子どもなのかもしれない。
「さて、コーメ、俺は約束通り、この戦いに勝ったぞ」
初めてお会いした時と同様、見蕩れるような所作で剣を鞘に収めたゲツエ様は、私の前に雄々しく立たれる。
嗚呼、素敵――。
「はい、本当にお見事でございました。益々惚れ直しましたわ」
………………あれ?
今私、何と言った???
「フフ、そうかよかった。俺たちは両想いだったのだな。これで心置きなく求婚できる」
「………………ん?」
ゲツエ様???
今、何と???
「――俺は君のことを、心から愛している」
「――!!」
ゲツエ様は私の前に片膝をつき、右手を差し出された。
ゲツエ様……!!
「どうかこれからは妻として、公私共に俺のことを支えてほしい」
……嗚呼、夢みたい。
私とゲツエ様が、夫婦になれるなんて……。
「……はい、私なんかでよければ、喜んで」
私はゲツエ様の右手に、自らの左手をそっと重ねた。
「そ、そんなああああああ!!!! ゲゲゲゲゲゲツエ様あああああ!!!!」
落ち着きなさいシュユさん。
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