第六幕:東南の風
「うふふ」
「フフ、ご機嫌だな、コーメ」
「はい、それはもう!」
ゲツエ様に用意していただいた羽毛扇子で自分を扇ぎながら、悦に入る。
やっぱ軍師といえばこれよね!
「この戦は君の手腕に懸かっている。――どうか俺に、力を貸してくれ」
「ゲ、ゲツエ様!?」
ゲツエ様がいつになく真剣な表情で、私の手をギュッと握ってきた。
あわわわわ!?
「い、言わずもがなです! で、ですがゲツエ様、女性にそのような態度を取られたら、誰でも勘違いしかねませんよ! どうかお気を付けくださいませ!」
「フフ、どうやらそちらの勘は鈍いようだな」
「?」
どういうことですか?
「して、コーメ、次の策はあるのか? そろそろあちらの軍も動き出す頃だぞ」
あれから三日。
これまでは両軍共に睨み合いを続けてきたが、確かに今日辺り、ギアン軍が痺れを切らせて攻めて来てもおかしくない。
今現在は北西から強風が吹いていて、北西側に陣を敷いているギアン軍には文字通り追い風だし。
――だが、
「お任せください。我に秘策あり、です。今から一時間以内に、この北西の風を東南の風に変えてご覧に入れましょう」
「フフ、面白い」
「そ、そんなことできるわけないだろうが!?」
「――!」
その時だった。
軍師――おっと間違えた、軍師補佐官のシュユさんが口を挟んできた。
やれやれ。
「シュユさん、今の私はあなたの上司です。口の利き方には気を付けていただきたいものですわ」
「ぐっ……! で、ですが、いくらあなたでも、天候を自在に変えるなど、正気の沙汰とは思えません! 矢を作るのとは訳が違うのですぞ!」
確かにシュユさんの言うことはもっともですが、そんな平凡な考えでは、過酷な戦場を生き抜くことはできませんよ。
「大丈夫、必ず東南の風は吹きます。――ですがゲツエ様、そのためには祭壇をご用意いただきたいのです」
「祭壇を!?」
「フフ、いいだろう」
さあ、イッツァショータイムよ。
「なあセバイ! もう余は飽きた! そろそろ攻めようぞ!」
「……そうですな」
いい加減この代わり映えのしない光景にもうんざりだ。
兵力ではこちらが圧倒しているのだから、全軍で一斉に攻めれば、いくら船上戦が苦手な我が軍でも数で押し切れよう(幸い今は文字通り追い風が吹いていることだしな)。
「戦いは数だ!」と亡くなった父上もよく言っていたっけな。
「わぁ、やっと戦いが始まるんですかぁ、ソウソ様ぁ」
「ああ、勝利の美酒をお前にも味わわせてやるぞ、シーベ」
「やったぁ」
ククク、弱者を蹂躙するのは、実に愉快なものよの。
「ところでセバイ、何故我が軍の船は全て、鎖で繋がれているのだ? あれでは前に進みづらいのではないか?」
「仰ることはもっともですが、ああして繋げておくことで、船の揺れを最小限に留めることができるのです。揺れさえ少なければ、我が軍が負けることは有り得ませんからな」
「ははあ、そういうことか」
やはりセバイに任せておけば間違いないな。
「そ、そろそろ一時間経ちますぞ……」
ゲツエ様に簡易的に用意していただいた祭壇の上で、私は一心不乱に羽毛扇子を振りながら祈祷の舞を踊っていた。
未だ東南の風は吹かない。
「まったく、この期に及んで神頼みとは……。そんなもので風向きが変わったら、苦労せんわ」
何かにつけてシュユさんが小言を投げてくるが、全部無視している。
「ご報告いたします! ギアン軍の船が多数、こちらに向かっております!」
「「「――!!」」」
遂に来たか。
「ど、どどどどどどうするのですかゲツエ様!? ああ、だから私は降伏したほうがいいと言っていたのにいいいいいい!!!」
落ち着きなさいシュユさん。
「ふむ、どうなんだ、コーメよ」
私を見つめるゲツエ様の目は、お前なら何とかできるよなと言っていた。
嗚呼、あなた様に信じていただけるなら、私はどこまででも跳んでいけます――。
「――時は満ちました。今です!」
「「「――!!!」」」
その時だった。
私が羽毛扇子をバサリと振ると、一瞬時が止まったかの如く風がピタリとやんだ。
――そしてその直後。
「こ、これは!?」
東南からの強風が、我が軍の旗を大きくはためかせたのである。
ふう、何とか間に合ったわね。
「そ、そんなバカな……。これではまるで魔術ではないか……」
「おお! コーメ様は魔術師だったんだ!」
「こちらには魔術師がいる! これでこの戦争、勝てるぞぉ!!」
「「「オー!!!」」」
うふふ、もちろん魔術なんかじゃないわよ。
雲の流れと気圧の変化から、そろそろ風向きが変わると予測していただけ。
祈祷の舞はあくまで演出に過ぎない。
でも、敢えてこう超常的な演出をすることで、我が軍の士気をガン上げすることに成功したのも事実。
「戦争に勝つために最も重要なのは士気だ」と、お父様もよく仰ってたものね。
……まさかお父様も、今戦っている敵軍を指揮しているのが実の娘だとは、夢にも思わないでしょうけど。
「よくやったぞコーメ。褒めてつかわす」
「ゲツエ様!?」
ゲツエ様がゴツゴツした手で私の頭をナデナデしてくださった。
はううううううううう!!!!