第五幕:十万本の矢
「オイ、セバイ、まだ攻めないのか?」
「陛下、僭越ながら我が軍は船上戦は不得手です。兵力ではこちらが圧倒しているのですから、ここはショクゴが攻めて来るのをこちら側で待って迎え撃つのが、一番確実に勝つ方法なのです。まあ、今日はもう陽も沈んでいますし、霧も濃い。攻めて来るとしても明日以降でしょうが」
「フン、お前がそう言うなら任せるが」
まったく、つくづく慎重な男だ。
まあ、だからこそ今日まで我が国は連戦連勝を続けてきたのだろうが。
「ソウソ様ぁ、まだ戦いは始まらないんですかぁ?」
最近正式に我が妻となったシーベが、豊かな胸を余に押し当てながらしなだれかかってくる。
ふふふ、可愛いやつめ。
「ああ、まだしばらくはかかりそうだ。だから今夜は、お前とたっぷり愛し合うとしよう」
「まぁ、ソウソ様ったらぁ」
「報告いたします!」
「「「――!」」」
その時だった。
伝令係が緊張を走らせた顔で駆け込んで来た。
「何があった」
セバイが眉間に皺を寄せながら訊く。
「ハッ、ショクゴ軍の無数の船が、こちらに向かっております!」
「何だと……!」
へえ、たまにはセバイの予想も外れるものなのだな。
「そういうことなら願ったり叶ったりではないか。我が軍の力を、存分に見せつけてやるがよい、セバイよ!」
「……承知いたしました。ありったけの矢を浴びせてやりましょう」
こうして我が軍は豪雨のような矢でショクゴ軍の船を撃退。
ショクゴ軍は這う這うの体で逃げて行った。
フハハ、いい気味だ。
「ゲツエ様、こちらが約束の十万本の矢です」
「げえっ!?」
「フフ、流石だな、コーメ」
そして一夜明けた朝。
私はゲツエ様の前に、十万本の矢を並べたのであった。
「い、いいいいいいったいどうやってッ!?!?」
落ち着いてくださいシュユ様。
「なあに、大したことはしておりません。人の大きさの藁人形をたくさん乗せた無人の船を、ギアン軍に向かわせただけです」
「フフ、なるほどな」
昨夜は霧が濃かったことも幸いした。
お陰でギアン軍は藁人形を兵士と見間違え、無数の矢をプレゼントしてくれたというわけだ。
あとはそれを回収すれば、あっという間に十万本の矢の完成。
慎重なお父様のこと、こちらから仕掛ければ、矢で応戦してくるのは予想通りだったわ。
「そ、そんな……まさか……」
その場にガックリと膝をつくシュユ様。
ドンマイですわ。
「さて、シュユよ、お前はこの勝負に、軍師の椅子を賭けているのだったな?」
「それは……!」
子どもみたいに泣きそうな顔になるシュユ様。
いい歳のオッサンがそんな顔をしても、イタいだけですよ?
「今この時をもって、シュユに代わりコーメを軍師に任命する。――しっかり励めよ、コーメ」
「ハハァ、ありがたき幸せ」
「あああああああああああああああ」
嗚呼、遂に夢が叶ったわ――。
さて、本番はこれからよ。