第三幕:新天地
「? どうかされましたか? お顔が赤いようですが」
「い、いえ!? ななななな、何でもないです!」
「フフ、左様ですか」
危ない危ない!
危うくチョロインになってしまうところだったわ!
いくらこの方が命の恩人だからといって、初対面の人間に簡単に心を許してしまっては、軍師としては下の下。
まだこの方の素性もわかってはいないのだから、ここは慎重に――。
「ゲツエ様ァ!」
「――!」
その時だった。
小太りの中年男性が数人の武装した兵士を引き連れ、息を切らせながらこちらに駆けて来た。
あ、あの兵士の着ている鎧――あれはショクゴ王国のもの!
「おお、シュユ、探したぞ。急にいなくなるから心配したじゃないか」
「いやいやいや!? 急にいなくなったのはゲツエ様ですし、心配したのはこちらですよ!? それに何ですかこの男たちの死体は! さてはまたならず者と斬り合ったのですね!? いい加減ご自分の立場を弁えてくださいッ!」
「アッハッハ、相変わらずシュユの冗談は面白いなぁ」
「そろそろ殴っていいですかッ!?」
ゲツエとシュユという名前――。
そしてこの二人の遣り取り――。
……なるほど、渡りに船とはこのことだわ。
「恐れながら申し上げます」
私は長年磨き上げたカーテシーを披露しながら、二人に頭を下げる。
「む? 何だ貴様は」
シュユと呼ばれていた中年男性が、訝しげに私を睨む。
「わたくしはギアン帝国のチュターツ公爵家の長女、コーメと申す者でございます」
「チュ、チュターツ公爵家だと!?」
「なるほど、どうりで」
ゲツエと呼ばれていた美丈夫さんは、顎に手を当てながらうんうんと頷く。
「ですが、訳あってわたくしは祖国を追放されてしまい、チュターツ家とも縁を切られてしまいました。どうかわたくしを、貴国で働かせてはいただけないでしょうか。必ずやお役に立ってご覧に入れます」
「ふ、ふざけるな!? チュターツ公爵家といえば、散々我が国を権謀術数で追い詰めてきた、軍師セバイの家ではないか!? よくぬけぬけと我々の前に顔を出せたものだな! ええいお前たち、この不届き者を叩き斬れッ!」
「待て」
「っ! ゲツエ様!?」
ゲツエ様が手で兵士たちを制した。
「コーメさん、あなたを我が国に招き入れることは、こちらとしても大きなリスクを負う行為です。それはおわかりになりますよね?」
「そ、そうだそうだ!」
「ええ、それはもちろん」
「では、あなたは我が国に何を与えてくださるのですか?」
「それは――『知恵』ですわ」
「フフ、なるほど」
それこそが私の持つ唯一にして、最大の財産ですもの。
「はぁ!? 知恵だぁ!? 貴様のような小娘の浅知恵など、糞の役にも――」
「わかりました。あなたを軍師補佐官として、我が国に登用します」
「ゲツエ様ァッ!?!?」
――ヨシッ。
「俺の決定は絶対だ。ただしコーメよ、君が我が国にとって益にならないと俺が判断した場合は、容赦なく君を斬り捨てる。覚悟しておくように」
「承知いたしましたゲツエ様」
もちろん『斬り捨てる』というのは、物理的にという意味だろう。
だが、コーメと呼び捨てにされたことで、この瞬間から私はゲツエ様に認められたようで心が躍った。
「私は絶対認めんからなあああああ!!!!」
シュユ様の絶叫が、辺りに鳴り響いた――。
――こうして私は広大なセキヘ河を船で渡り、東南にある小国、ショクゴ王国へと向かったのである。
「おかえりなさいませゲツエ様」
「査察お疲れ様でございましたゲツエ様」
「うん、ただいまみんな」
ショクゴ王国の王宮に入った私たちを、多くの臣下の方々が出迎えてくれた。
みなさんのゲツエ様に向ける笑顔から、ゲツエ様がどれだけ臣下から慕われているお方なのかがよくわかる。
「さて、と」
そんなゲツエ様は、ドカッと玉座に腰を下ろし、不敵な笑みを浮かべた。
「ようこそコーメ、ショクゴへ。俺がこの国の王、ゲツエ・ショウカツだ」
「このたびはわたくしに寛大なお慈悲をいただき、恐悦至極に存じます、ゲツエ国王陛下。この身をショクゴのために捧げること、ここに誓います」
「うむ、よく励めよ」
こうして私の新天地での生活が幕を開けた――。