表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/8

第二幕:出逢い

「じゃあな、精々達者で暮らせよ」

「……」


 冷たい牢屋の中で一晩過ごした翌日。

 日の出と共に、着の身着のままで私は祖国から放り出された。

 私を関所まで連行してきた兵士たちは、欠伸を噛み殺しながらさっさと持ち場に戻って行く。

 ……くっ、これは実質死刑宣告だ。

 私のような箱入り娘が、何の後ろ盾もなしに外の世界で生きていけるわけがない。

 早々に野盗に襲われるか、飢え死にするかのほぼ二択。

 とはいえ、私も人生を諦めるつもりはない。

 まずはここから一番近いジョーシュ公国に行って、そこで職を見つけるのが今の最善手だろう。

 私は燦燦と照りつける太陽の下、見渡す限り何もない地へ、一歩を踏み出した――。




「ハァ……ハァ……」


 が、一時間もしないうちに、全身汗だくで歩くのも辛くなってきた。

 帝都と違って道も舗装されていないし、昨日夜会で着ていた豪奢なドレスがあまりにも重いのだ。

 でも、このドレスは今の私にとって唯一の財産。

 売ればそれなりのお金になることを考えたら、脱ぎ捨てていくわけにもいかない。


「オイオイオイ、こんなところにお嬢ちゃんが一人で、どこに行くってんだい?」

「なかなか高そうなドレス着てんねえ、お嬢ちゃん」

「へっへっへ、顔もかなりイケてんぜ」

「っ!」


 その時だった。

 明らかにガラの悪い三人組の男が、私の前に立ちはだかった。

 三人とも手には刃物を握っている。

 ……くっ、早速野盗に捕まるなんて。


「死にたくなかったら、素直に有り金全部出しな」


 中央に立っている男が切っ先を私の顔に向ける。

 生憎持ち合わせは一切ないのよね。


「なぁなぁその前によぉ、こんなイイ女なんだから一発楽しんでからにしようぜぇ!」

「そうだそうだ!」

「ああ、それもそうだな。――じゃあこの場でストリップショーを開いてくれよ。それとも俺たちが、無理矢理脱がせてやろうか」

「へっへっへ、それもいいなぁ」


 考えなさいコーメ。

 正面からやり合ったら、武の心得がない私がこいつらに勝てるわけがない。

 こういう時のために知略があるのよ。

 今の私が、この場を切り抜けるには――。


「うふふ、ちょうどよかった。私も男性の身体が恋しかったところですの。今脱ぎますから、ちゃあんと見ててくださいね」

「「「オオッ!」」」


 私は前屈みになり扇情的なポーズを取りながら、ドレスに手を掛ける。

 男たちはそんな私のことを、いやらしく口角を吊り上げながらガン見している。

 ――今だ。


「フンッ!」

「「「ぐえっ!?」」」


 私は素早く地面から砂を掴み、それを男たちの顔面に思い切りブツけた。

 私の身体を凝視していた男たちの目に、私の投げた砂がクリーンヒットした。

 ――シャアッ!

 私は素早く男たちに背を向け、全速力で逃げ出した。


「目がぁぁ〜!! 目がぁぁぁぁあっ!!!」

「目がぁぁぁああああーーーー!!!!」

「クソがぁッ!! 絶対許さねぇからなぁッ!!!」


 背中から男たちの怒声が聞こえてきたが、私は一度も振り返らなかった。




「フゥ……」


 よし、何とか撒いたみたいね。

 ただ、もし次似たような目に遭った時に、同じ手が通用するとは限らない。

 やはり私一人で旅するのは無理だわ。

 何か手を考えないと……。


「フフ、いやあ、お見事お見事」

「――!」


 その時だった。

 パチパチと仰々しく拍手をしながら、二十代半ばくらいの美丈夫が私の前に突如現れた。

 まったく気配がしなかった――!

 この人は、いったい……。


「ああ、これは失礼。いやいや、先程のあなた様の機転、感服いたしました。あのような絶体絶命の状況を、あんな風に乗り切るとは。並みの知略と胆力でできることではありません」

「ご、ご覧になっていたのですか……!?」


 あんな扇情的な(恥ずかしい)格好をこの人にも見られていたのだと思うと、顔がカッと熱くなる。


「場合によっては僭越ながら助けに入ろうと思っていたのですが、要らぬ心配でしたね」


 男性は腰に差している剣の柄をポンと叩いた。

 三対一でも勝てると踏んでいたということ?

 余程剣の腕に自信があるのかしら……。


「見付けたぞ、このアマァ!!」

「――!」


 その時だった。

 先程の野盗三人衆に追いつかれてしまった。

 しまった……!

 この男性と話し込んでいたばかりに……!


「おっと、ここは俺に任せていただきましょうか」

「え?」


 男性はユラリと剣を抜き、野盗と対峙した。

 確かにこうなった以上、この人に任せたほうがよさそうだ。

 場合によっては、この人を置いて隙を見て逃げよう――。


「アァン、なんだァ? てめェ……。女の前だからって(よえ)ぇクセにイキがってると、早死にするぜぇ。オラァッ!!」


 野盗の一人が男性に斬り掛かってきた。

 あ、危ない――!


「――遅い」

「ガハァ!?」

「「「っ!!」」」


 が、次の瞬間野盗は盛大に血しぶきを上げながら、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちてピクリとも動かなくなった。

 凄い……。

 剣筋がまったく見えなかった。

 この人――強い。


「クッ、調子に乗んじゃねぇぞ、クソがぁ!!」


 二人目も大振りに剣を構えて突撃して来る。

 ――が、


「隙だらけだ」

「ガッ……!」

「「っ!?」」


 瞬きをした間に、男性の剣が野盗の心臓を貫いていた。

 流れるような動作で男性が剣を引き抜くと、野盗はゴポリと血を吐いて(くずお)れた。


「う、うわぁ! バケモノだぁ! た、助けてくれぇ!!」


 残った一人の野盗は、子どもみたいに泣きじゃくりながら逃げ出した。


「それは虫がよすぎるだろ」

「ぐえっ!?」

「っ!!」


 が、男性は一切の躊躇なく持っていた剣を投げつけた。

 剣は野盗の背中に突き刺さり、うつ伏せに倒れた野盗はその場を鮮血で染めた。

 この人は――ホンモノだわ。


「これでよし、と」


 野盗の背中から剣を引き抜いた男性は、ヒュンと血を払ってからそれを鞘に収めた。

 その動作があまりに芸術的で、私は思わず見蕩れた……。


「これでもう安心です。お怪我はありませんでしたか?」

「は、はい」


 男性に差し出された右手に、私はおずおずと手を重ねた。

 その手はまさしく武人の手で、分厚く筋張っていた。

 私は胸の高鳴りを抑えるのに必死だった――。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] こやつ、できる……!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ