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残念

「まじか。悪いさとみ、ちょっと待ってて」


 どこで道を間違ったのだろう。間違えようがないはずなのに。


 おかしな話だが、実際別の知らない道を走っているわけだから、どこかで道を間違えたのだろう。


 この車は中古車で、元々父親が普段乗っている車とは別にはじめが使うように安く買った物で、カーナビ等は付けていない。それほどしょっちゅう車を運転する訳ではないので、ナビが必要ならスマホを見ればいいのだから。因みにスマホの使い方がよくわかっていない父親の車には簡単操作のカーナビが付いてはいるが、ナビとナビの音声にどうにも慣れないらしく、結局使い慣れた道路地図を愛用している。


「おかしいな……」


 スマホのナビアプリを立ち上げるが、待てど暮らせどページが開かない。


「は?」


 圏外。

 電波が入っていない。

 そんなまさか。


 そういえばとドアポッケに入った道路地図の存在を思い出し手に取るが、そもそも現在地がわからなければ始まらない。

 とりあえず少し離れたところに見えている街灯に地名等の表示があるかもしれないと、はじめはなにか言いたげなさとみを車内に残して車を降りた。


 進行方向10メートル程先の街灯を確認するために歩き始めて数歩で、背後の車のドアが開く音がした。


「お、お兄……っ」


「待ってな」と、こちらに来ようとする妹に言おうと振り向いたはじめはがく然とした。


「出るな!!」


 咄嗟に怒鳴ったが遅かった。


「ーーーーー!!」


 勢いよくドアを開け出たさとみの左足が地面に着かず、空を掻きながら僅かに斜面を掠めた。

 そこに地面が無いなど想像もしていなかったさとみの身体はそのまま車外へ、その急な斜面に転がり落ちてしまう。


「さとみッ」


 悲鳴をあげながらはじめが運転席のドアを開けると、開け放たれた助手席のドアと、その下のドアステップにしがみついている手があった。


「おにい~……っ」


「さとみっ」


 慌てて妹を車内に引き上げたはじめはドアを閉めるやいなや、シートベルトを着ける間もなく車をバックさせ、元来た道を戻り始めた。


「大丈夫か?」


 声をつまらせて泣きながら、さとみは何度も頷いている。

 はじめはハンドルを握る自分の手が、ぶるぶる震えている妹と同じように震えている事に気付いてはいたがどうにも抑えられるものではなかった。


「とにかくここから離れよう。元の道に戻るぞ」


 はじめは慎重に車を動かした。


 車の中からではまったく見えずにいたのが、車外からは不思議とはっきり見えていた。山の中でもあるまいし、車のライトだってある中でまったく周囲が見えていなかったことの方がおかしいのだと後になるとわかる。


 そもそも少し先に見えていた街灯は、道路ではなく、道路から外れた斜面から生えていた。

 そして、車を停めた場所には、本来あるはずのガードレールも歩道も無かった。


 車の左側、助手席のドアの外は、地滑りを起こしたかのようにアスファルトが削り取られたまったくの崖になっていた。

 タイヤがギリギリより僅かに足りない、1、2センチほどアスファルトを踏んでいなかったかったのだから、助手席のドアを開ければそこには地面などなかったのだ。


 ひとまず来た道を戻ると、ほどなく車の行き交う街道に合流出来た。


 ウインカーを出しながら等間隔に並ぶ街灯を見て、はじめはホッと肩の力を抜いた。


『ーーねん……』


 さとみが何かを言った気がして隣を見れば、さとみは助手席のシートの上で泥だらけの膝を抱えて顔を伏せて震えている。

 ちがう。

 いやいやをするように伏せた頭を振って嗚咽を漏らしている。


 その尋常で無い様子にはじめが声をかけようとしたときにその声は聞こえた。


 さとみではない、知らない女の声が、ーーさとみに向かって。



『ーー死ねばよかったのに』

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