迷い道
車はさとみを拾った横浜駅からずっと渋滞を抜け出せずにいたが、ようやくスムーズに走れるようになってきた。
この先坂道が続く。国道であるからか舗装も綺麗で走りやすいが、坂道というか山道で車線が少ない上に狭い。ずっとカーブも続くので夜間の運転は注意が必要だ。
これで昼間であれば崖下の住宅街が一望出来る、いい景色の中でのドライブになっただろうが、夜は対向車のライトで目が眩むし、上り車線は行きと違って崖側を走るせいもあってより慎重になる。
はじめがチラリと横を見ると、さとみが少々居心地悪そうにしている。
「まあ800円無くした「850円」……850円無くした程度で良かったなんて言わないけどさ」
高校生には850円は大きいだろうから。
「ピックももしかしたら次のライブでまたキャッチ出来るかも? しれないし……」
「うん……」
自分でも、無いな、と思いつつ口にしているせいか、さとみの反応はよろしくない。とはいえ妹の気分を浮上させる気の利いた言葉も思い付かない。
バンドのピックなら物販で手に入るんじゃないかとも思うが、そんなデリカシーに欠ける事は口にしないという分別はある。次の誕プレそれでいいか、とは思ったが。
まあでも、物で妹のうじうじが浮上するなら。
さとみはうつ向きがちに窓の外を見ている。
「元気だせよ。お前の気に入っていたあのサイフならさ、今度「ねえ」……うん?」
さとみが声をかけるのと同時にはじめは妙な違和感に襲われた。
「なんか……ちょっと……」
「悪い、ちょっと待ってて」
先程から落ちつかなげな妹を気にしつつ、はじめは車を停めた。
道に迷ったような気がしたのだ。
「あれ? おかしいな……」
わき道があってもそれは対向車線側で、車線を跨いで右折しなければ道なりに走るしか無い道なのだ。迷うはずがない。
迷うはずはないのだが、しかし気付かないうちにいつの間にか知らない道を走っていたらしい。
先ほどまで走っていた前の車も後続車も対向車も見当たらない。
日曜日の夜とはいえまだ深夜でもないし、正しいルートであれば横浜~東京の街道でまったく車が通っていないなんて事は普段はない。住宅も道に沿ってちらほら建っているし、街灯も市街地に出るまで途切れることはない。
しかし、今車はこの一台がぽつんと停まっているだけで後続もいなければ、街灯も少し離れたところに1つあるのが見えるだけ。真っ暗で辺りの様子がわかりづらい。人家の明かりも周囲には見当たらない。
これは……。
「迷った」