第十章 萬松寺(5)
那古野城下、安養寺の書院。
松平竹千代は、吉法師を睨んだ。
「儂のことはよい。だが、タツが哀れと思わぬか。親子どころか祖父と孫ほど年が離れていよう、斎藤山城入道とタツとでは」
「それゆえ儂も、使者を務めるであろう平手に言い含めるつもりであった」
吉法師は答えて言った。
「山城入道ではなく、その嫡子の新九郎の側室として、タツを預けるよう交渉せよと。しかし念のため、タツ当人の存念も確かめたのじゃ。何しろ新九郎と申すのも六尺五寸殿と渾名される熊のごとき大男ゆえ」
「ジジイか熊かじゃと。それは酷な問いかけと思わぬか」
「致し方もあるまい。武家の娘に生まれるとは、そうしたものよ」
「それでタツはジジイのほうを選んだと」
竹千代が念を押し、吉法師はうなずいた。
「美濃との戦を終わらせるためなら本望とタツは申しておった。美濃方は大垣を取り戻して早々、津島の堀田道空居士を介して我らに和議を申し入れて参ったのよ。西美濃衆が山城入道に尾張との和議を強く求めたようじゃ」
「美濃の者どもは戦に飽きたか」
「戦と申せば美濃では他国に攻め入られるばかりであるからのう。とは申して我から他国に攻め入るには大将がおらぬ」
「山城入道を大将に担ぎたくはないか」
「あの者は美濃中から嫌われておる。器量は認めるほかないゆえ敵が美濃へ攻め寄せたなら仕方もなく大将として仰ぐが」
吉法師は首を振り、
「山城入道には一国を従える名分がないのじゃ。美濃守護代たる斎藤の名字を名乗っておるが、もとは何処の者とも知れぬ成り上がりとは皆が存じておる。神輿として担ぐべき土岐宗藝様は我から放り出してしもうたからのう」
「宗藝様なら、いまは美濃へお戻りではないか」
「しかし一度は国を追われた怨みがあるゆえ、宗藝様も山城入道の意のままにはならぬ。山城入道の人望の無さも御承知のことゆえ、入道が何を言おうとも、のらりくらりと躱しておられるようじゃ。あまりにやり過ぎると山城入道も腹を立て、再び追放の憂き目に遭うやもしれぬが」
「そのような山城入道から吉法師そなたは娘を嫁にもらい、代わりに妹を側室として差し出すか」
「少なくとも、ただの人質ではなく側室の名目なれば、万が一、美濃と尾張とが再び手切れとなっても、見せしめに斬られることはないであろう」
吉法師の言葉に、竹千代は目を伏せ、やれやれと首を振った。
「それは同じ人質の身である儂に向かって言うことではないぞ」
「儂が竹千代を質とは思うておらぬゆえの言葉の綾じゃ、赦せ」
「……であるか」
竹千代は吉法師の口癖を真似て言う。
それから、じろりと再び吉法師の顔を見た。
「代わりに、ほかの妹を儂に宛てがおうなどとは思うなよ。もう懲り懲りじゃ、備後守の娘など身近に置くのは。意地の悪い備後守のこと、いつまた遠ざけられるやもわからぬのではな」
「……済まぬ」
頭を下げる吉法師に、竹千代は腕組みをして、ふんっと鼻息を荒くした。
「せめて吉法師そなたが当主となってからにしてもらおうか、妹を紹介してもらうのは。そなたに似ておらぬ者にいたせよ」
「そういたそう」
吉法師は口元を綻ばせ、うなずいた。




