第七章 三河小豆坂 其ノ二(13)
「──権六ッ!」
「はッ!」
「もういいだろうッ!」
「……は?」
「これくらいにしといたると申したのだッ!」
「……はあ」
十文字槍を手に暴れ回っていた三郎五郎は、不意に槍を引くと、
「撤退の準備をするから、ひとまずこの場は任せたぞ!」
そう権六に声をかけて、味方の兵を掻き分け後方へ下がる。
「撤退……でござるか?」
首をかしげた権六、それを隙ができたと見て今川方の侍が槍で突きかかって来たが、これを自らの槍で弾いて逸らし、体勢を崩した相手を叩き伏せる。
権六も剛勇である。
三郎五郎ひとりが後方に下がっただけで、すぐに織田勢の優位が崩れるわけではない。
その三郎五郎は中段で馬上にいる孫三郎に歩み寄り、声をかけた。
「そろそろ頃合いでしょう! 撤退しますぞ叔父上!」
「なんだと」
孫三郎は呆れた顔をして、
「おぬしと権六の奮戦で敵は崩れかけておるであろう。なぜここで兵を引く」
「まさしく崩れかけた敵が退く気配を見せないからです! これぞ今川方が、ほかに兵を伏せている証!」
「なんと……」
孫三郎は、ますます呆れたように、ぽかんと口を開けた。
「三郎五郎おぬし、いつからそのように知恵が回るようになったのだ」
「男子、三日会わざれば刮目して見よですぞ叔父上! オレも少しはモノを考えるようになったのです!」
「ではやはり、いままでは何も考えてなかったということだな」
「はッはッはッ! それを言ったらオシマイですぞ!」
三郎五郎は胸を張り、
「敵味方の距離が離れれば、敵は矢を射かけて来るでしょうから楯を持った者を前面に配置します! また味方の弓兵をその後ろに配置して矢を射返し、追撃して来る敵に対しては槍で備えます! 楯と弓と槍の三人一組、あるいは大きくて重い置楯は二人で担がせ四人一組で兵をまとめて、繰り引きで撤退させましょう!」
「う……うむ、相わかった!」
孫三郎は、うなずいた。




