第五章 美濃井ノ口(8)
馳せ戻った物見は恒川久蔵であった。
侍の姿をさせて、馬も貸し与えていた。
それが馬を飛ばして戻って来たのだ。
着衣も髪もすっかり雨に濡れ、伏せた顔からも大粒の滴を垂らす久蔵と、吉法師は華王院の本堂で会った。
万千代のほかは、立ち会う者はいない。
「その様子では、よほどの変事か。申せ」
「は……」
久蔵は深く頭を垂れ、
「御味方、どうやら美濃方に打ち破られまして、木曾川の対岸で美濃勢に追われて討たれる者、多数。川岸で控えておりました味方の舟は逃げ散り、御味方の士卒には泳いで川を渡ろうとして溺れ流される者もございました」
「なんじゃと……」
言葉を失う吉法師に、久蔵は頭を下げたまま、
「さればお指図にはないことでございましたが、服部小平太、小藤太が、いまあらためて舟と船頭を集め、御味方をお救いするべく手配りいたしております。殿にはどうか後詰の御出陣を願い奉る」
「万千代!」
吉法師が呼びかけると、万千代は応じた。
「は、すでに勝千代が城へ馳せ戻り、御出陣の手配りをいたしております。また御台所様にも事の次第をお伝えするべく、犬千代を古渡へ走らせました」
「よし。我も城へ戻る」
吉法師はうなずくと、久蔵に向かい、
「久蔵、大儀じゃ。急ぎ木曾川筋へ戻り、服部兄弟に味方の出陣を知らせよ。船頭には言い値で銭を支払うゆえ、ありったけの舟を集めさせよ」
「は……承知いたしました」
「敗け戦であろうと敗け戦のまま終わらせてはならぬ。できるだけ多く味方を救い、他日を期するのじゃ」
吉法師は自らに言い聞かせるように、言った。




