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信長廃嫡  作者: 白紙撤回
第五章  美濃井ノ口
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第五章  美濃井ノ口(5)

 

 

 

 尾張勢は瑞龍寺へ乱入した。

 閉ざされていた門には丸太を打ちつけてこれを破った。

 築地塀の向こうに組み上げられていた弓櫓には、数十あるいは数百か、日が一瞬陰るほどの矢を射掛け、斎藤方の弓兵をほふった。

 境内には逆茂木や置楯が並べられ、その向こうから斎藤方の兵が矢を放つ。

 だが倒れた味方を踏み越えて尾張勢は斎藤方の陣地に殺到し、たちまち蹂躙し尽くした。

 五重塔の上層階から矢を放つ斎藤方の兵があったが、尾張兵が射返した数十本の矢を受け、地に転落した。

 激昂した尾張兵は五重塔の扉を開け、中に隠れていた数人の僧を引きずり出して、斬り捨てた。

 ほかにも敵兵が潜んでいないかと、尾張兵は諸堂の扉をこじ開け、あるいは打ち壊す。

 あちこちで僧たちの悲鳴が上がる。

 堂を飛び出して逃げ惑う僧の幾人かが斬られる。

 土岐美濃守の名で発せられた退去命令に、瑞龍寺の僧たちは応じられなかった。

 寺を陣所とした斎藤方の兵が、門を開けることを許さなかったからだ。

 ゆえに逃げ損ねた僧たちは境内の諸堂に隠れ潜んでいたわけである。

 与次郎が兵たちに向かって怒鳴った。

 

「寺への狼藉は許さぬ! 奪うなら敵の首を奪え! こちらは、たやすき攻め口ぞ! 本丸へ一番乗りして功名を上げよ!」

 

 それでもなお数人の僧が、頭に血が上った尾張兵によって斬られたが、多くの兵は敵を求めて山を駆け上がって行く。

 山を登る途中にも、いくつか堂宇や僧房があって、それらを結ぶ道を塞ぐように斎藤方は陣地を設けていた。

 だが尾張兵の数と勢いに圧倒された斎藤方は、ろくに反撃もできないまま陣地へ乗り込まれて壊滅する。

 山腹の途中からは寺の建物も、斎藤方の陣地もない。

 尾張兵は息を切らし、だが目を血走らせた野獣のような顔つきで、山を登って行く。

 瑞龍寺山頂には本格的な曲輪が設けられていた。

 弓狭間を設けた板塀で囲われ、櫓も構えてあった。

 その下は切り立った岩場で、容易には登れそうもない。

 曲輪から矢の雨が降り注ぎ、石礫いしつぶても飛んで来た。

 攻城側の兵が何人も斃れた。

 尾張方も激しく矢を放った。

 弓なりに火矢を飛ばし、曲輪の内に屋形があればそれを焼こうとした。

 だが城方も必死で消し止めているのか、煙は上がらない。

 しかしそのために敵兵もいくらかは翻弄されているはずである。

 曲輪に向かって何本か長梯子ながばしごが立てかけられた。

 上り始めた兵たちが、城方の矢に射られ、あるいは槍で突かれて転落するが、すぐに代わってほかの者が梯子を上り始める。

 やがて寄せ手の兵が曲輪の内に乗り込んだ。

 それに何人もが続いた。与次郎も続いた。

 雄叫びと悲鳴が上がる。

 尾張勢が敵を追い回し、槍で突き伏せ、剣で斬り捨てる。

 与次郎の前に若い敵兵が現れた。陣笠をかぶった雑兵だ。

 与次郎に向けて槍を構えるが腰が引けていた。

 仕える主人が山城入道に味方したため、この槍兵もともに城に籠もることになったのだろう。

 一介の槍兵に過ぎない彼に、山城入道か土岐美濃守か、どちらに味方するか選ぶ権利は与えられなかったであろう。

 

「……うわあああ!」

 

 悲鳴のように叫びながら槍兵は突きかかってきた。

 与次郎は軽くかわした。

 槍を手にした味方の兵が横から現れ、敵の槍兵を突き伏せた。

 さらに敵に馬乗りになり、脇差を抜いてその首を掻き切ろうとする味方を与次郎は叱咤しったする。

 

「雑兵首よ! もっとよき敵を求めよ!」

「……は!」

 

 味方の兵は一礼し、再び槍を手に駆け去った。

 敵の槍兵は仰向けに倒れ、虚ろな目を空に向けていた。

 まだ息があろうと、もはや助かるまい。

 与次郎が気にかけることでもなかった。味方もすでに何人も死んでいる。

 城を落とすまで、倒すべき敵もまだ多くいた。

 内藤がそばに来た。

 

「この曲輪の敵は追い散らしましたぞ」

「よし! 大手の味方に聞こえるように勝鬨かちどきを上げよ!」

「承知!」

 

 内藤が周囲の兵たちに呼びかけた。

 

「勝鬨じゃ! 我らが城への一番乗りぞ!」

「オオオォォォーッ……!!」

 

 尾張兵は拳を突き上げ、咆哮ほうこうする。

 だが、瑞龍寺山頂から稲葉山までの尾根には、まだいくつか城方の曲輪が設けられている。

 青山が与次郎のそばに来た。

 手槍を携え、顔を返り血で赤く染めている。

 

「このまま押して参りますぞ」

「おう。孫三郎は何処いずこか」

「先ほど腕に矢を受けられたゆえ、五郎右衛門をつけて瑞龍寺までお下がりいただき申した」

 

 青山の答えに、与次郎は苦笑する。

 

「勝てよう戦に、運のなき奴め。されば、このまま我らで本丸へも一番乗りを果たそうぞ」

「承知してござる」

 

 

 


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