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信長廃嫡  作者: 白紙撤回
第四章  三河大浜
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第四章  三河大浜(7)

 

 

 

 丘の裏手に回ると、今度は道を塞ぐかたちで逆茂木さかもぎが並べられていた。

 その向こうに敵兵がおよそ二十人、薄暗がりのなかで目をぎらつかせながら、槍を構えていた。

 弓兵も十人ばかりいて、矢を射かけてきた。

 吉法師の斜め後ろにいた誰かに当たった。

 何やら叫んで馬から転げ落ちたようだが、確かめる余裕はなかった。

 道を外れれば密生した竹藪だ。

 馬を捨てれば手で掻き分けながら逃げ込むことはできるだろうか。

 

「殿! 我らで喰い止める! 馬を捨てて籔に逃げられい!」

 

 内藤の考えも同じようだった。

 たった三十人ばかりの敵だが、味方が少なすぎる。

 内藤の配下の兵はもっといたのだが、騎乗の者が限られていた。

 殿軍を引き受けた平手のために、馬持うまもちの侍身分の者を数名貸し与えてもいた。

 敵の待ち伏せを受けるとは考えなかったのか。

 いや、長田もそこまで兵を分けられるほど配下を抱えているわけではない。

 味方の水野の領地まで間近でもあった。

 ならば、これは水野の裏切りか。

 あるいは松平方に通じた水野の家臣の独断か。

 

「勝千代! 万千代!」

 

 吉法師は側近に呼びかけ、手綱を引いて馬を制止した。馬が甲高くいななく。

 勝千代と万千代も、それに倣う。

 そのとき、籔のほうから鋭く風を切る音がした。

 逆茂木の向こうの敵に向け、数十本の矢が飛んだ。

 敵の何人かが矢を受け、悲鳴を上げて倒れた。

 内藤とその配下の者らが慌てて馬を制止する。

 何者かは知らぬが味方をする者たちの矢に巻き込まれないようにだ。

 敵が、まばらに矢を射返したが、その数倍の矢が再び敵を襲った。

 また何人かの敵が倒れた。

 敵のうち二、三人が何やら叫び、こちらの味方が潜む籔とは反対方向へ逃げ出した。

 籔から、味方であろう者たちが飛び出した。およそ三十名ほど。

 野良着のような粗末な衣服の上に面頬と胴丸、篭手を着けた、野伏のぶせりか野盗のような姿だ。

 だが軽装である分、いやそれ以上に日頃の鍛錬なのか、ともかく足が速い。

 忍びか。

 その先頭を行く者が叫ぶ。どこかで聞いた声に、吉法師には思えた。

 

まごいしかん!」

 

 それが名であったか、呼ばれた三人が逃げた敵を追うかたちで進路を変えた。

 残りの者は内藤らの横を走り抜け、逆茂木に向かって、ひらりと飛び上がった。

 そして逆茂木を蹴りつけて飛び越し、その向こうの敵におどりかかった。

 槍を構えた敵には、その槍をかわしつつ。

 矢を放った敵からは、それもかわしつつである。

 忍びたちの手にいつの間にやら握られた短刀が、夕日の名残りを受け、ちらと輝く。

 そして敵ともつれ合うようにして、忍びたちは逆茂木の向こう側に転がり込んだ。

 悲鳴や呻きを上げたのは敵であろう。

 逃げる敵を追った三人の忍びは相手に追いつき、背負っていた鞘から抜いた剣で、斬り伏せた。

 

「……すげえ、イケてる……」

 

 勝千代が感嘆の声を上げる。

 内藤とその配下の者らが刀を抜いて逆茂木の向こうに回ったが、敵は全て片づいていたのか、すぐに足を止めた。

 配下の数人が感心しているのか、それを通り越して呆れているのか、首を振る。

 

「御助勢、感謝いたす。されば何処いずこの御家中でござろうか」

 

 内藤が声をかけると、忍びの頭目と見える男がその場で片膝をついて頭を下げた。

 

「大殿、備後守様の御下命により若殿、三郎様の御初陣を陰ながらお助けするべく参りました。岩室十蔵が一党にございまする」

「おお、貴殿が岩室殿……いやお噂はかねがね耳にしてござったが」

 

 内藤は感心しきりである。

 吉法師は、忍びの頭目の前へ行き、呼びかけた。

 

「十蔵であるか。久しいのう。おもてを上げぬか」

「は……御無沙汰いたしておりまする」

 

 顔を上げた十蔵は、辺りが宵闇に包まれつつあることを差し引いても、痩せた頬と目の辺りに険のある顔つきとなっていた。

 だが、かつて仕えた幼君が、さほど面差しを変えぬまま目の前にあるのを見て、いくらかその表情を和らげた。

 勝千代と万千代が、そばへ来て、

 

「殿、ではこの方がオレたちの大先達の岩室十蔵殿で」

「……うむ、である」

 

 吉法師がうなずき、万千代が十蔵に、

 

「お噂はかねがね伺っております。わたくしは丹羽万千代、この者は池田勝三ろ……勝千代と申しまして、ただいま吉法師様の近習を務めさせていただいておる者です」

「岩室十蔵にござる」

 

 頭を下げる十蔵に、勝千代が慌てて、

 

「いやいやいや、大先達にそんな頭を下げられても」

「いまは侍として知行を得ておらぬということか。忍びとして、父上に雇われておるのか」

 

 たずねる吉法師に、十蔵はいくらか苦い笑みを見せた。

 

「一党の者に活計たずきを与えねばならぬゆえ」

「ふむ。皆、仔細あって甲賀から流れて参った者か」

「大方は。ほかに京、堺で見出しました伊賀、根来、戸隠あたりの出の者も」

「津島、熱田の牢人衆には見どころのある者はなかったか」

「尾張におります他国者は間者と見分けがつきにくく。いや、津島で大殿に拾われましたそれがしが申すことではございませぬが」

 

 苦笑のまま言う十蔵に、吉法師も僅かに頬を緩める。

 

「助かったぞ、十蔵。だが、味方の兵がまだ全ては戻っておらぬ。そのほうの配下は、この場におる者が全てか」

「ほかに大浜までの道中に何名か伏せる手筈てはずでござったが、水野家中の怪しき動きにて目算が狂い、いまは繋ぎがとれませぬ。すぐに動ける者は、それがし含めこの場の三十二名で全て」

「であれば、すぐ大浜へ立ち戻る。忍びなれば馬に遅れず走るのもたやすかろう」

「いえ、それは」

 

 さすがに十蔵が眉をひそめると、内藤が、

 

「殿、それはなりませぬ。岩室殿は殿の危急の折にお助けするべく大殿より遣わされたのでござる。まずは殿の御身が第一、尾張まで急ぎ退いてくだされ」

「父上は儂の初陣を陰ながら助けよとしか申しておらぬのであろう、十蔵」

「は……」

 

 十蔵が頭を下げると、吉法師は周囲の味方へ呼びかけた。

 

「これより大浜へとって返す。我が初陣をけ戦などで終わらせてなるものか。せめて近在の村の一つや二つ、火をかけてくれねば収まらぬ」

「おおっ……!」

 

 内藤の配下の兵たちが拳を上げて賛同し、主人に睨まれて気まずい顔をした。

 勝千代と万千代が、それぞれ笑顔で、

 

「いいっすね、それイケてますよ」

「ええ、初陣が苦い思い出ばかりで終わるのは悔しいです」

「さればそのことなれば、先ほど大浜の辺りより煙が上がるのを、伏せた配下と繋ぎをとるため遣わした者が目にしており申す」

 

 十蔵が告げて、吉法師は「……うむ?」と首をかしげた。

 

「それは佐治勢が遅ればせながら後詰に参ったということか」

「わかり申さぬ。配下は繋ぎをとることを先んじましたゆえ、浜へは近づいておりませぬ」

「……であるか。されば大浜がどれだけ焼けたか確かめがてら、殿軍しんがりを務めし兵どもを迎えに参るといたそう。よいな、皆の者」

 

 吉法師の呼びかけに、内藤配下の兵たちと勝千代、万千代が拳を振り上げた。

 

「おおっ……!」

「……いたしかたあるまい。いざともなれば、またそれがしが進退を見極め申そう」

 

 内藤が額に手を当てて首を振り、十蔵も口の端を綻ばせた。

 

「それがしも必ずや若殿を御守り申し上げましょう」

 

 

 


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