第四章 三河大浜(6)
騎馬が一団となって進む。
林を抜け、村を突っ切り。
その中心にいるのは吉法師である。
勝千代と、元服して丹羽五郎左衛門と名を改めた万千代が左右にいる。
前後を固めるのは内藤勝介の配下の侍たちだ。
先頭は木村という内藤の郎党が務め、その次に内藤が続く。
合わせて二十騎。
敵が現れれば守りきれるか際どい数だ。
大浜の湊を守る町衆と牢人衆の備えが固いのを見て、内藤は長田が尾張方の策を見抜いている可能性にすぐに気づいた。
吉法師が率いる大浜攻めの本隊の実際の指揮は、平手がとっていた。
那古野城の家老職として筆頭の地位にある林新五郎は、留守居と称して出陣していない。
ゆえに内藤は平手に、いざとなれば吉法師を守って兵を引くよう進言した。
果たして吉良へ援軍に向かったはずの長田平右衛門の手勢が引き返して来たが、内藤は平手の指示で吉法師を守って退き、大浜の牢人衆や、城から出陣した留守居の兵との挟み撃ちを免れた。
刈谷の水野下野守は尾張方への与力として自ら出陣するはずであったのが、急な病と称して一族の水野某なるものを陣代として寄越した。
兵も約束の半分以下しか出さず、長田の兵が引き返して来るや早々に退却した。
どうやら、尾張方の策が事前に漏れて長田方がそれに備えていることを、水野の側も知っていたらしい。
いや、そもそもが水野家中の誰かが長田方に通じていたとしても、おかしくはない。
もともと水野家と、長田平右衛門が仕える松平家は姻戚であった。
水野下野守の妹、於大が松平次郎三郎に嫁いで、松平家の嫡男、竹千代を生んでいるのだ。
その後、下野守は方針を改めて備後守と結び、松平家とは敵対することになって、於大は水野家に帰された。
だが水野の家中には、主君に倣って松平家中の者と縁を結んだ者もいるであろう。
いまでも心情的に松平家寄りの者がいて不思議ではないのである。
(父上も天狗になりすぎたか)
吉法師は思った。
三河の松平家との戦いは、このところ尾張方が優勢であった。
松平次郎三郎が嫡子を人質に出して駿河今川家の援軍を求めることを考えていると、噂に上るほど三河方は不利な戦況であった。
だから備後守は嫡男三郎の初陣に、幡豆郡の吉良、碧海郡の大浜という二箇所に攻めかかる大がかりな戦を目論んだのであろう。
その戦で味方に引き入れることになる佐治家と水野家に、自らの力を見せつけるために。
「さすが内藤様っ、兵の進退にっ、長けてるってっ、評判通りっすねっ……!」
勝千代が息を荒くしながら、吉法師に笑顔を向けて来た。
万千代も同じように途切れ途切れの息遣いで、しかしにっこりと笑ってみせる。
「もうすぐっ、水野様のっ、御領内でしょうっ、兵を出し渋ったっ、水野様もっ、懐に飛び込んで来た殿をっ、お助けしないわけにっ、いかないはずっ……!」
「……で、あるか」
吉法師は、うなずく。
吉法師の初陣の出で立ちは、紅の横筋文様を織り出した錦の頭巾をかぶり、甲冑の上にやはり錦の陣羽織、馬にも華麗な鎧を着けさせた華やかなものであった。
だが撤退と決まってすぐ馬は乗り換えた。
重い馬鎧を着けさせていては脚が遅くなるし、すぐ乗り潰れてしまう。
敵と対したときには頭巾を兜に替えるはずであったが、その暇はなかった。
このまま水野の領地に入るまで敵が現れなければ、その必要はないのであるが。
だが。
「──殿っ! 行く手に御敵がっ!」
先頭を行く木村が叫んだ。
行く手にゆるやかな丘があり、それを避けるように道は曲がっているのだが、丘の上に柵が設けられ、その向こうに置楯が並び、それに半ば身を隠すかたちで、弓を手にした兵たちが待ち構えていた。
掲げられた旗印に、吉法師は見覚えがない。
松平の数ある分家のいずれかか。
あるいは水野の家来で、松平に通じている者か。
いずれの家中かわからなくても敵と理解したのは、兵たちがこちらに向けて弓を構えたからだ。
「身を低くなされい! 走る馬に矢など当たらぬ!」
内藤が叫んだ。
いや当たらないはずはないだろう。運が悪ければ当たるのだ。
だがそう叫ぶことで初陣の若者たちを怖気づかせぬようにしたのだろう。
怯えて馬の脚を止めるようなことになれば、それこそ敵の矢に当たる。
矢が一斉に飛んで来た。
「ひゃぁっ……!」
勝千代が首をすくめて叫んだ。
だが一矢目は、吉法師たちの頭上を飛び越えていく。
すぐに敵兵たちが次の矢をつがえた。
「乗りかかれ!」
内藤が叫ぶ。
道は丘を迂回しているが、内藤の命に応じた木村以下の十騎ほどが道を外れるかたちで正面の丘を駆け上がる。
敵兵は木村たちに向けて矢を放った。
誰に当たったか、当たらぬか。
馬たちは柵を飛び越えようとしたが、丘を上って駆ける勢いを弱めていたので、それは叶わない。
飛びきれずに柵に激突し、その向こうの楯と敵兵を巻き込むかたちで、ばたばたと転げた。
先頭を代わった内藤に従い、道を迂回して進む吉法師たちは、その先を見ることがかなわない。




