第四章 三河大浜(4)
翌天文十六年、那古野城内の広間。
上段の間に座した吉法師の前で、四人の重臣が評定をおこなっていた。
林新五郎、内藤勝介、青山与三右衛門、そして平手である。
彼らは尾張から隣国三河までの絵図面を囲んでいた。
「──されば知多の南、幡豆崎より兵船を繰り出して吉良の浜へと討ち入り、敵方の村を焼き討ちいたしまする。松平勢が動揺いたし、大浜から吉良へ後詰の兵が向かいましたところで、兵を伏せておりました御味方の本隊が大浜に攻めかかるという手はずにございまする」
絵図面を指し示して語る内藤に、林が大きく目を見開いて「……ふうむ」とうなる。
「常なればよき思案であろうが、これは御曹司の御初陣ゆえ、正面から一当てしてこそ誉れも高まろう。安祥あたりは我らも勝手の知れた戦場なれば、安祥を火攻めといたすはいかがであろうか」
「あいや……はい、それも良きお考えと存じまする、はい」
内藤は愛想笑いする。
青山が常と変わらず左目を細めたまま、言った。
「大浜攻めは、大殿のお指図にござる」
「左様、大浜には深い入り江がござって、伊勢の海に望む、よき湊として知られており申す」
平手も言う。
「さればこれを我が手に収めるか、それが叶わぬなら焼き討ちいたせば松平方には大いに痛手となるでござろう」
「うむ、大殿のお指図なれば、大浜攻めで決まりじゃな」
林は大きくうなずいてから、内藤に向かって小声で、
「なぜそうと早く申さぬ」
「あいや、申し訳もござらぬ」
内藤はぺこぺこと頭を下げる。
青山が、
「吉良への討ち入りには知多の佐治上野介殿に助力を願い、大浜を攻めるには刈谷の水野下野守殿と合力いたす。これを機に佐治、水野両家を我らの味方として、しっかと抱き込み、いずれ駿河今川と敵するときに備えるのでござる」
「いや大殿の深慮遠謀には感服いたすばかり」
ぎょろりと目をむきつつ林が笑顔を作り、内藤も愛想笑いでうなずく。
「いかにも、いかにも」
「されば大浜を落としたとして、次の一手にも備えねばなるまい」
平手が言った。
「松平次郎三郎、当年六つの嫡子、竹千代を質として駿河へ送り、今川家へ臣従いたすとの風説がござる。今川との戦が早まるやもしれぬゆえ、大浜の守りは、いかに固めようか」
「大浜を保てぬのであれば初めから焼き討ちといたし、すみやかに兵を引くがよろしいかと存ずる」
青山が言う。
「一度、大浜の湊を掌中にしたのち、今川が攻めて参ったと申して町に火をかけ退いたのでは、町衆の我らへの怨みが、より深きものとなり申そう」
「うむ……これは青山殿の申される通りやもしれぬ。大浜を我が手にするは、先のことといたすべきか」
平手は深く息を吐く。
吉法師が口を開いた。
「松平方が、それほどたやすく釣り出されようか」
「釣り出すように吉良へ討ち入るのでござる」
林が振り向き、笑ってみせる。
だが大きく見開いた目は笑っていない。小童が何を口出しするのかと、その目が語っている。
吉法師は臆することなく、林を睨み返す。
もはや十四である。
初陣さえ済ませたのちは、この城での政事については林の思い通りにさせまいと思い定めている。
「大浜の城主、長田平右衛門と申すは、大橋禅休入道殿の甥であるのじゃ。並々ならぬ戦巧者との評判が津島まで伝わっておると聞いた」
「御曹司には御初陣を臆されましたかな」
「なに」
「御案じ召されるな、全ては我ら老職が取り計らいまする。御初陣に望まれる大将は、ただ采配を握って、どっかりと構えておられればよろしゅうござる」
「……であるか」
心を鎮めよと、吉法師は我に言い聞かせた。
林の小ざかしい挑発になど乗ってはなるまい。
(彼奴は我を幼子がごとく扱い続けたいのよ。いま那古野の城で手にしておるものを手放さぬためにのう)
林は目が笑わぬ笑顔のまま、ふんと鼻を鳴らしてから、ほかの重臣たちに向き直る。
吉法師が挑発に乗らなかったことが面白くなかったのであろうか。
「されば吉凶のよき日を選び、御出陣といたそう。皆、よろしゅうござるか」
林の問いかけに、平手、青山、内藤はうなずいた。




