第二章 熱田(5)
吉法師と久助は台地の西縁を馬で進み続けた。
やがて台地の下は干潟に変わり、その先、西から南にかけては海が見えた。
そう、あの広い水面が海なのだろう。
吉法師がこれまで見た覚えがあるのは桑名辺りの海だけだ。
津島から木曾川を舟で下ると、次第に川幅が広くなり、やがて尾張側の岸は見えなくなって桑名に到着する。
桑名は木曾川の河口に位置しており、川湊でもあるし海港でもある。
どこから川で、どこから海なのかは見分けがつかない。
ただ潮が満ちると辺りに磯の匂いが濃く漂い、水面のうねりが荒くなる。
それが恐らく海の姿なのだろう。
桑名から熱田への海路を行く船には乗ったことがないから、はっきりと海と言えるものを目にしたのは、いまが初めてということになる。
一方、台地の上には木々に覆われた丘が連なり、それを見やって久助が言った。
「この辺りの丘はどれも大昔の墳墓だそうで、土地の者も畏れ多いと思っておりますのか家や畑は、あまり作られていません」
「……であるか」
吉法師はうなずいて、
「熱田の宮は、どの辺りになるか」
「このもう少し南東です。できるだけ馬に乗って行ったほうが早いしラクですから、このまま南へ湊まで進んで、浜鳥居から宮へ参ります。途中でどこか旅籠に馬を預けますが」
「馬を盗む不届き者はおらぬのか」
「あまり聞きませんね。熱田は東海道では指折りの大きな宿場で、それだけ人の目がありますし、旅籠もしっかり番をしています」
「久助は東海道を下ったことはあるのか」
「駿河までなら一度だけ。いまより子供の時分ですが、他国というものを見てみたくなったのですな。頭を丸めて墨衣を纏い、それらしい偽手紙を用意して、どこかの寺へ使いに行く小坊主を装いましたら、たやすく国境を越えることができました。甲賀から父について来た老僕が、いろいろ手ほどきしてくれまして」
「それは幾つのときじゃ」
「いまほど大きく育つ前、小坊主で通用する時分でしたから、たぶん五年前……九つでしたかね」
「そういえばそのほう、十四であったな。とてもそうは見えぬが」
「もとから大きく生まれつきましたが、廻国修行に出られぬ憂さを晴らそうと御領内の山野で我流ながらに鍛錬いたしましたら、さらに胸は厚く腕は太く成長いたしました」
久助は笑い、
「殿こそ、こうしてお話しいたしておりますと、とても五つとは思えません」
「だが体は年相応の幼子じゃ。儂にはこの体が窮屈でならぬ。早う大人になれるものならなりたいものよ」
吉法師は本心から言って、ため息をつく。