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幻想世界

作者: 阿藤拓人

 2XXX年、世界に画期的な機械が誕生した。

 その機械の名前は「幻想」。

 「幻想」は名前の通り人々を幻想の世界に連れていく機械。

 機械を人の脳に接続することによってその人が望む世界を見せるというもの。

 人の想像力では限界がある。人の脳の処理能力、計算能力では想像は曖昧でぼやけてて不確かなものだ。

 しかしこの「幻想」はその限界を超えられる。

 想像の段階を超え、対象者に現実と誤認させるような幻想を夢を見せる。

 エネルギー問題も食料問題も解決した今。道標を失った、希望を失った人が現れはじめた。

 長く、辛い現実を塗り替えられる「幻想」は希望が込められた。

 想像を現実のものとする術を人類は手に入れたのだ。



「『幻想』は破壊するべきだ!努力なくして得られる夢など馬鹿げている!!」


「馬鹿言ってるんじゃない!『幻想』は世界平和の実現にさせるものだ!平等じゃないこの世界で平等を実現する夢の機械が『幻想』だ!」


 「幻想」が世に発表されてからこう言った議論が常に起こっている。

 脳を機械に繋げることへの嫌悪や簡単に望んだ世界を手に入れられる嫌悪感が現状勝っている。

 しかし「幻想」の使用を望む者は存在する。



「あ!武道おはよう!!昨日のニュース見た?」


「おはよう!!『幻想』のことだろ?見たよ。」


「武道は『幻想』が使えるってなったら使う?」


「使わないよ。機械で夢叶えてどうするんだよ。夢は自分の手で叶えるから意味があるんだろ。」


「あはは、さすがだね武道。よし私もその精神を見習おうかな!」


 所謂上位カーストと呼ばれる人間達は「幻想」に対してマイナスの評価だ。

 彼らは現状に満足しているのだ。

 自分の手で不満、苦難を切り抜けられ、そこに満足感を得る。

 今いる自分の環境が最高であると断言できる者たちだ。そんな者たちには「幻想」は必要がない。

 「幻想」は現実逃避なのだ。苦痛しかない者の世界を変える物なのだ。


 


 ついに「幻想」がテスターを募集し始めた。

 ここまで倫理的、科学的問題が多数あったが、なんとかここまで取り付けられた。

 反対の声が大きかった「幻想」だがテスター応募人数は膨大なものだった。

 声も上げれないような者たちが「幻想」に最後の希望を求め応募してくるのだろう。

 かなりの競争率を誇る「幻想」のテスターの座を数人が勝ちとった。

 この画期的な機械「幻想」の初のテスターに世界は注目した。

 メディアも「幻想」一色となり、関係者インタビュー、テレビ番組での討論が毎日行われた。


「なぜ今回『幻想』に応募したのですか?」


「現実から逃げたかったからです。劣等感、自己嫌悪、嫉妬、怒り。あらゆる苦痛に曝されるこの希望のない世界で生きていくことに限界を感じました。そんな時この最後の希望に出会い、応募しました。」


 目の死んだ痩せこけたテスターの男がそうインタビューに答えた。

 このインタビューで議論はより白熱した。

 

「生きるのが辛く、希望が見えない人はたくさんいる。現実逃避のような悪い表現が使われる『幻想』だがこれは希望の機械だ。今までの社会システムで救えなかった多くの人間を救うことのできる機械だ。」


「いやねぇそれは甘えですよ。努力もしないで現状に不満だけを言ってのうのうと生きてるからそんなことになるんですよ。そんなやつらにこんな機械贅沢すぎる。低コストな維持費すら勿体ない。」


 議論は白熱する。

 努力と現実逃避という問題に答えはない。だからこそ悩むし、だからこそ答えない議論を繰り返す。

 そんな意味のない議論は続くが、無事「幻想」は稼働した。

 それからも議論は続いたが、同じことをぐるぐると繰り返す議論に人々は興味を失いはじめた。

 数字が取れないことを悟ったメディアは次第に「幻想」を取り扱わなくなり、静かになっていった。



 何ヶ月かたったある日「幻想」のテスターが現実世界へと戻ってきた。

 興味を失いはじめてきたメディアももう一度「幻想」に飛びついた。


「『幻想』はどうでしたか?」


「『幻想』は素晴らしいものです。あそこにはもう一つ現実がある。あれは幻想の域を超えたものです。ここまでの幸福を感じたことはありません。今回はテスターということもあり、戻ってきましたが、私はもうあちらに住むことを決意しました。『幻想』は本当に素晴らしいものです。」


 テスターの男は目を輝かせながらそう答えた。

 

 このインタビューを受けて「幻想」希望者が増加した。

 そのインタビューを受けた男があまりにも幸福そうだったから。

 あまりにも希望に満ちあふれていたから。

 その姿に当てられて人々の「幻想」に対する見方が変わった。

 多くの希望者に研究所は答えた。

 「幻想」に心奪われた者たちの支援もあり、機械台数を大幅に増やすことに成功した。

 そうして多くの希望者が「幻想」の使用できる体制が整った。

 「幻想」は希望の現実世界を再現する。

 使用者が望めば、これが「幻想」によって作られた世界であるということを忘れ、現実世界だと認識することもできる。

 だからいらぬ虚しさは感じない。

 希望の世界にそのような虚しさはいらない。


 多くの希望者を受け入れた「幻想」によって現実世界に問題が発生した。

 労働者不足を引き起こすのではないかという問題だ。

 社会が成り立たなくなることを恐れてのものだ。

 だから「幻想」の即時中止を進める声が上がった。

 しかしそんな声は自由という正義を抱えた「幻想」に希望を抱く者達によって掻き消された。

 そうして多くの者が希望の世界に旅たった。

 ついには「幻想」希望者に対する対応をAIに任せ、け「幻想」の研究者までもが、希望の世界に入っていった。

 一度のインタビューで多くの人の心を動かした「幻想」体験者に多く関わった。

 機械に入っている状態とはいえ、そこに移る幸せそうな表情に心が動かされたのだ。

 一人また一人と「幻想」に旅立っていった。



「武道、明日から3組と合併クラスになるんだって」


「あぁ、みんな『幻想』を使って学校に来る人数が減ったからな」


「だね………みんないなくなっちゃうのかな。」


「そんなことないさ!『幻想』なんて嘘っぱちだ!そんなもんに頼るなんて駄目だろ。」


「…うん、そうだね。その通りなんだろうねきっと。」


「そうだよ。そうだ葵、雪、翔久しぶりにみんなで遊びに行こうぜ。なんなら3組のやつも呼んで遊ぼう。」


「…ごめん、武道。勉強しなきゃだからやめとくよ。」


「え?雪そんなに勉強やばくなかったろ。今日くらいさぁ。」


「やばいよ…。今まで私より下だった人みんな『幻想』にいっちゃったもん。だから今は私が一番下。」


「あ…そうか。ごめんな、そんな時に。なにかあったら力になるから言えよ。」


 


 優秀では無い者が次々に「幻想」を使い、社会で急な平均の底上げが起こった。

 今まで安全圏だった者が急に一番下へと追いやられる。そんな現象が起こっていた。

 それによって今まで輝いていた上位層から輝きが失われつつあった。

 下がいるというのは感じるよりもっとずっと大きな安心感を与える。

 それが急に失われたのだ。

 個人において、その安心感が失われ、余裕がなくなり、下に落ちたことによる劣等感が襲ってくる。

 グループにおいても、今まで上位層であることへの優越感というのがあった。

 本人達に聞けば、そんなことないと答えるのであろうが、それは確実にあるのだ。

 そしてその優越感を失ったグループはグループに所属していることに対する誇らしいという感情がなくなれば、気を使うので疲れる集団へと変貌する。

 所属価値がなくなったのだ。

 それどころか、今度はグループ内での優劣が現れる。

 今まではグループ外が比較の対象であったのが、グループ内での比較に変わるのだ。

 こいつよりましだという優越感。私はこの中じゃ駄目だという劣等感。

 そんな感情が目を出しはじめた。

 希望に満ちた現実世界が朽ちはじめた。




「あれ、葵。雪はいないのか?」


「おはよう!武道。武道も知らないの?どこにいったんだろう。」


「あ!雪からメールきたよ武道。」


「本当だ。どれどれ…え?…。」


『みんなごめんなさい。私はいまから「幻想」へと旅立ちます。みんなと過ごした時間は本当に楽しかったです。でも最近劣等感に苛まれて、苦しくて…だから私は旅立ちます。こんな弱い私を許してください。みんなの幸せを祈ってます。さよなら。』


「雪…そんな…。」


 

 幻想使用者はどんどん増えていった。

 下が消えて、新たに劣等感を感じるものが希望を求めて「幻想」を求めた。



 

 ついにクラスは一クラスだけになってしまった。

 学校だけではない。あらゆるところで人が少なくなっていった。

 みんな「幻想」に旅立ったのだ。

 そんな現実の中ラジオからある男の声が聞こえた。


「みんな!このままじゃ駄目だろ!ただこの現実に向き合わずに生きてちゃ駄目だろ!このまま何もしなかったら、みんな『幻想』にいっちゃうよ!ここで何もせずにぼぉーとしてて良いのか?駄目だろ!今俺達がこの現実に向き合わなくてどうするんだよ!みんな『幻想』に行ったこの現実には確かに問題があるよ。でもだからと言って向き合わないで、逃げちゃ駄目だろ。俺達は意見を出し合いながらより良い未来を機械に頼らず自分達で作っていかなきゃ駄目なんだよ!」


「俺の名前は長井武道。俺の言葉に賛同してくれる人は俺に力を貸してくれ。頼む!!」


 その切実で縋るようなだけども熱い言葉は聞く者の心に火をつけた。

 自分達は何をのんびりしていたのだ。何をただのうのうとしていたのだ。現実逃避して決断もせずに何をしていたのだろう。

 我々は現実を生きる者だ。自分達で希望を切り開いて行かなければならない。


 

 そうして立ち上がった者達は知恵を出し合い、協力した。

 仲間を次々と増やしていった。

 ついには「幻想」の強制停止まで話を持っていった。

 彼等は自分達の手で希望を切り開いたのだ。


「あれ…ここは?」


「雪…おはよう。」


「あれ、武道くん?なんで?私は『幻想』にいたはずなのに」


「雪、『幻想』は終わりだ。」


「え?嘘だよね。武道くん。なんで?どうして?私の希望を奪うの?」


「雪聞いてくれ。やっぱり『幻想』は嘘っぱちなんだよ。雪、ちゃんと話し合おう。自分達の手で作るんだよ希望ってやつは。」


「武道くん…。」


 「幻想」使用者と話し合いながらどうにか納得してもらおうと務めた。

 その結果みんな前を向くことを決意した。

 自分達の手で希望を掴むことを決めたのだ。

 諦めず、話し合いを続けた努力がこの結果を生んだのだ。


 希望を見失った人々を奮い立たせ、前を歩き続けた人間として長井武道は新しいリーダーとなった。

 みんなをまとめあげ、話し合いをして誰もが幸せを掴める世界作りを長井武道は目指した。

 長井武道はこれからも希望を自分の手で掴もうと前に進み続けるだろう




























『幻想』の中で。






 「幻想」は個人を希望へと導き、人類に終焉をもたらした。









 働き蟻のなかには必ず怠け蟻が存在するようだ。

 もしかしたら集団とは誰かを下に追いやり、それよりはましだと自分に言い聞かせて、優越感を抱くもの、劣等感を抱くものの二つに分かれてるからなり立つものなのかもしれない。

 誰もが劣等感を抱かないような世界では幸せになれる者がいないのかもしれない。

 





ここまでお読みいただきありがとうございます。

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