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生還を果たす

気がつくとそこは手狭な家屋の中のようだった。視線の先には古い板張りの天井が見える。


板と板の隙間から、はみ出るように(かや)が頭を出している所を見ると、屋根は萱葺(かやぶ)きなのだろう。板張りの隙間から射し込む陽射しが顔に当たり眩しい。


そこで、ようやく自分は仰向けに寝ているのだ…と気づく。


(いた)たたた…」


慌てて身体を起こそうとするが、脳味噌を直撃するような激しい痛みが走り、断念する。そこで、目線を左右に動かしながら、廻りの様子を窺ってみた。


屋内は質素ながらもきちんと清掃が行き届いており、清潔感がある。(かまど)には火が入り、飯を炊いているらしく、沸騰した水蒸気が立ち()ぼり、いい匂いが(ただよ)ってくる。


途端にお腹が鳴る。


正にその瞬間を狙っていたかのように、突然、人の気配がしたかと思うと、(おもむろ)に、「まあ、気がつかれたのですね」という優しい笑みを含んだ声が聞こえた。


そして、衝立(ついたて)の奥から、顔立ちの整った清潔感のある女人が不意に姿を現わすと、こちらに歩み寄って来た。


突然の事に、私は反射的に身構えて、再び身体を動かそうと(もが)くや、再び身体を激痛が走り、その激しい痛みに耐えかねて悶絶し、再び床に倒れこんでしまった。


『そうだ!私は戦場で…。』


不意に意識を失う前の出来事を思い出す。かなり手酷い傷を負ったらしい。


よく見ると、身体中に巻かれた包帯替わりの布切れが、あらゆる部位に巻かれており、痛々しい。


どうやら、急に起き上がろうとした事で、せっかく塞がりかけていた傷が、開いてしまったようである。


それを見て、今度は声の主の方が、慌てて私を床にきちんと寝かせてくれて、「まだ無理をしてはいけません。傷に(さわ)りますわ。」と言って、「しばらくは安静にして居なくてはいけません。」と言い足した。


そして、「お腹が空いたでしょう?」と微笑み、「あれからもう四日も経つのですよ。」と教えてくれた。




女人は木下藤吉郎の妻で「於ね」と自己紹介した。


「まずご飯をたっぷり食べて栄養をつけなきゃ♪」


そう言って私が上半身を起こせるように、ゆっくりと時間をかけながら、優しく抱き起こしてくれた。


御膳を側に置いてくれると、炊き立ての(かゆ)をよそって(わん)に盛りつけてくれる。そして全身傷だらけの私の為に、替わりに食べさせてくれると言うのだ…。


於ねさんは世話好きなのか、かなり積極的で、私が驚きの余りポカ~ンと(ほう)けていると、「はい♪ア~ンしてぇヾ(´▽`*)♪♪」と(さじ)を口許まで運んで来れる。


(; ゜ ロ゜)私はビックリしてしまって、その()ばかりはと、丁重にお断わりする事にした。


( ;`Д´)こんなところを誰かに見られては、大変な誤解を受けるに違いない…君子危うきに近寄らずだ!


「自分でちょっとずつ食べますから、大事無(だいじな)い、大事無い…。」


そう苦笑しながら、椀を受けとる。


私の余りにも性急な態度に於ねさんは、はたと気づき、(かえ)って意識してしまったのか(ほほ)を赤らめた。


しかしながら、立ち直りも早く、直ぐに()を正すと、優しく笑みを浮かべた。


「いっぱい食べてお代わりして下さいね♪」


そう言いながら私の顔を見つめている。


私も於ねさんの反応に、(あた)かも伝染してしまったかのように、急に恥ずかしさが込み上げてきて、照れ隠しに(つむり)をボリボリと()きながら、「御馳(ゴチ)に成り申す…。」と言った。


そして顔を見合わせて、二人して笑った。戦場で必死に気持ちを奮い起たせながら、生と死の狭間で揺れ動き、結果として命を拾った事を想えば、生きてる事そのものが素晴らしく尊い事だと、理解出来た。


この時の笑顔はそれを体現していたと謂えるのかも知れなかった。御膳の上には、椀によそわれた粥のほか、あさりの汁物、大根の煮物に香の物が添えてある。


「有難い♪」


私は久し振りの食事に、しばらくは我を忘れて夢中に舌鼓(したづつみ)を打った。


「美味~い、美味い♪」


そう言いながら、とても美味しそうに食べる私を眺めていて、於ねさんもとても嬉しそうに微笑んでいる。


粥の椀が空になると、見計らった様に、新しく椀に粥を注ぐと、「はい、どうぞ♪」と優しい言葉を添えながら、渡してくれた。


しばらくはそんな微笑(ほほえ)ましいやり取りが続き、ようやく私の腹が満たされ、ひと息つくと、於ねさんは「お粗末様でした♪」と言って、御膳を下げにお勝手に戻って行った。


やがて椀やお皿を洗うガチャガチャっという音が聴こえてきて、ひと通り後始末が終わると、温かい白湯を持って来てくれた。私は於ねさんに見守られながら、白湯をグイッグイッと旨そうに飲んでいる。


すると、於ねさんは、ご主人の藤吉郎殿が語ってくれたという、これまでの顛末(てんまつ)を私に話してくれた。

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