3話
三年ぶりに再会した姉さんは、かなりやつれていた。
元々、細身の人だったけど、今は細いと言うよりガリガリだ。
目のクマもすごいし、髪も傷んでるし……大丈夫か?
「姉さん、ちゃんとメシ食べてる? 顔色悪いけど」
「ぁ……グス……た゛……た゛へ゛て゛……な゛……ぁぁぁぁ……ぅぁぁぁああぁ」
嗚咽を漏らしながら、咽び泣く姉さん。
ちゃんと食べなきゃダメだろ。再会を喜ぶより、まずメシだな。
「取り敢えず牛丼でも食べに行こうか。俺も腹減ったし」
「タ〜カ〜スィ〜。こんな可愛い美女を連れて、牛丼は無いだろぉ〜。もっとオシャレな店にしろよぉ〜」
まぁた始まったよ……。
「何言ってんだよ。初デートならちゃんと店選ぶけど、嫁と行くなら牛丼屋に決まってるだろ?」
「よ、嫁ぇ?」
俺の言葉に目を白黒させて、ナタリーが動揺する。
「気心しれた嫁には、俺の好物を味わって欲しいんだよ……」
「も、もぉ〜タカシったらぁ〜。し、しょうがない奴だなぁ……」
適当に言ったセリフに、ナタリーが顔を真っ赤にして恥ずかしがる。
チョロすぎだろ。
「タ……タッキュン……そ、その人は……?」
俺らのやる気の無いイチャつきを見た姉さんが、鼻を啜りながら話しかけてきた。
「ナタリー。挨拶」
「ちゅわっす! ナタリー・ターフェアイト・ピンクスターでぇっす! タカスィとは、子作りを前提に結婚してまぁっす!」
相変わらず頭のバグった発言をしてくれる。
ナタリーの所為で、姉さんが固まったじゃないか。
「姉さん落ち着いて。このバカは俺の戦友で、行く当てが無いから俺に付いて来たんだよ。面倒は俺の方で見るから、基本無視していいからね」
「ちょぉ〜……無視を勧めんなよぉ〜……アタシは小姑と仲良くしたいんだよぉ〜」
「こ、小姑!?」
素っ頓狂な声をあげて驚く姉さん。
純朴な姉さんには、ナタリーの毒は強すぎなようだ。
「ダ、ダメ! タッ君と結婚なんて絶対許さないからね!」
「お? さっそく夫婦の間に障害が生まれたよ、タカスィ〜」
「壁が高ければ高いほど愛は燃え上がる……高い壁であってくれよ! 姉さん!」
「ちょ、ちょっとタッ君! さっきから何なのそのノリ! そんな冗談言う子じゃ無かったでしょ!」
姉さんのツッコミを受け、俺とナタリーがハハハと笑い合う。
やってる方は楽しいんだけど、巻き込まれる方はツマらないか。しょうもないノリは止めて、フラつく姉さんを支えた。
「とにかく今はメシを食べに行こうよ。そこで詳しい話をするからさ」
「ぁ……うん……釈然としないなぁ……」
久しぶりにレーション以外のメシを食べる。
心なしか、気分が高まっていった。
────────────
特盛をオカズに、特盛を食べる俺とナタリー。
その様子を姉さんが引きつりながら眺めていた。
「そ、そんな食べてお腹壊さない?」
「むしろ姉さんはそれだけで足りるの?」
姉の手元には小盛りの牛丼が一つ。
結構な時間が経つが、まだ半分も食べてない。
「ぁ……うん……久しぶりにお米食べたから、これでもちょっと多くて……」
「ダメだよ姉さん。もっとしっかり食べないと元気出ないよ」
「ドリンクにカレー頼むけどぉ、二人はどぉするぅ〜」
「俺はカツカレーがいいな。姉さんは?」
「………………み、水があるからいいです」
そう言って、ちょびちょびと再び箸を動かし始めた姉さんだったが、「ち、ちが……牛丼食べてる場合じゃなくて!」と慌て出した。
「ナ、ナタリーちゃんとは、どういう関係なの!?」
「ズッ友かな」
「アタシたち、まぢサイキョー夫婦」
「真面目に答えてよぉ……」
姉さんが涙目になっていくので、仕方なくマジメに答えた。
「さっきも言ったけど、ナタリーとは戦友だよ。適当に観光させたら軍に追い返すから、それまでは優しくしてあげて」
「ちょいちょーい。アタシ帰んねぇぞぉ! タカスィと一緒の墓に入るんだからなぁ!」
「望むところだぁ!!!」
「張り合わないで……タッ君……」
オドオドする姉さんを見てると、相変わらず可愛い人だと思う。
庇護欲を駆り立てるというか、何と言うか。
姉さんと結婚した人は、絶対束縛するんだろうなぁ。
「ふ、二人の関係がよく分からないんだけど、付き合っているの?」
「付き合う……?」
なにその甘酸っぱい単語、久しぶりに聞いた。
そういえば戦争に行く前は、付き合う付き合わないで、ハシャいでいたっけ。
「付き合うかぁ〜。懐かしい響き〜」
「だなぁ……戦争が終わったんだって実感する」
「付き合う……付き合うかぁ〜。ふふ……付き合うねぇ……」
視線を落として笑い合う俺達の様子に、姉さんが戸惑う。
「え? わ、私変なこと言ったかな?」
「いや、別におかしな事は言ってないよ」
「じ、じゃあ、その反応は何なの……?」
あー……何て説明すればいいかな。
この感覚を言葉にするのが難しい。
「えっと…………俺達の戦ってた場所って、とにかく死亡率がメチャクチャ高くて、突入した部隊が全滅ってザラにあったし、奇跡的に生き残った連中も、次の日の特攻で死んだってよくあったんだよね」
「え……う、うん……」
「だから死に対する恐怖が半端無くてさぁ……葉っぱや、薬を使って現実逃避しようにも、それが原因で普段の動きが出来ずに死んだりするから、余計に発狂する奴も居て……」
「……………………」
「精神的に図太い連中でも、その環境にいると頭がおかしくなっていくから、正常を保つ為に、とにかく生きる希望を思いつく端から口にしてたんだ。結婚したいとか、子供産みたいとか、生きて家族に会いたいとか」
注文したカレーが運ばれて来たので、牛丼をカレーで流し込みながら話を続ける。
「今日生き残れば、明日は幸せな未来が待ってる……そんな妄想を夢見て無理矢理奮起してたから、付き合う程度の夢を語る奴は居なくて───」
「タカスィ〜。お姉ちゃんがドン引きしてるから、この話止めた方がよくなぁい?」
ナタリーが姉さんを指差す。
俺の話の所為で、姉さんが泣き出しそうな顔に戻っていた。
「……うぅ……グス……つ、辛かったね……タ゛ッ゛君゛……」
「ご、ごめん。こんな話するべきじゃ無かったね」
姉さんを前にすると、つい喋ってしまう。辛気臭い雰囲気にならないよう注意してたのに。
俺もまだまだだな。
「そういえば、父さんと母さんは今日仕事?」
空気を払拭するように話題を変える。
「うん…………あ……い、いけない! タッ君の事を連絡するの忘れてた!」
そう言って、慌ててスマホを操作する姉さん。
感情がコロコロ変わって、見てて可愛い。
「タカスィのお母さんって、国際結婚には理解ある方ぉ? 反対されたら、ちゃんと庇ってね♡」
「嫁姑戦争が始まるだけだよ。頑張れ」
「戦争ハシゴするつもりはねぇんだよ。助けろよなぁ〜」
ナタリーならなんとかなるだろ。たぶん。
あまり深く考えずに、俺は残りの牛丼を片付けた。