24話
「ナタリーさんは、なんでワタクシの連絡先を知っておりましたの? 教えた記憶なんてありませんが」
「ラウランに聞いたぁ〜。3ドル取られたけどぉ〜」
「ワタクシの個人情報は3ドルの価値ですか……」
タッ君が電話してくると言って席を外し、この場には、私たち三人が取り残された。
感情的になっていたシェリーちゃんも、今は大分落ち着きを取り戻し、穏やかな口調でナタリーちゃんと会話をしている。
普通に話す二人は本当に可愛い……こうやって見ると絵画みたいだ。
「まぁいいですわ。それより、こちらの淑女とはどのような関係になりますの? ワタクシにも紹介して欲しいのですが」
見惚れてる私の方を向き、ニッコリ微笑むシェリーちゃん。
これ……普通の男だったら、今の笑顔でノックダウンしてたよ……ふぅ〜、危ない、危ない。
「タカスィのお姉ちゃんだよぉ〜。超ブラコンだけど、すっげぇ優しい人なんだせぇ〜」
「まぁ! タカシ君のお姉様でしたの! それはそれは! ご挨拶が遅れましたわ!」
そう言って正座し、三つ指ついて頭を下げるシェリーちゃん。
外国人とは思えないほど自然な仕草。女子力が高すぎて震える。
「ワタクシ、混合十一種・Y種特殊生体兵、シエル・アイスランドと申しますわ! みんなにはシェリーの愛称で呼ばれておりますので、お姉様もワタクシの事はシェリーと呼んで下さいまし!」
「あ……て、丁寧にありがとうございます。私は四分咲花梨です。よろしくお願いします」
丁寧な彼女に倣って、私も頭を下げる。
混合? Y種? ちょっと早すぎて聞き取れなかった。
「シェリ〜。お姉ちゃんに型式名乗っても伝わらないよぉ〜」
「え? ドズ化の説明はしておりませんの?」
「タカスィの方針でぇ、アタシ達の体については簡単にしか説明してないんだよねぇ〜。軍に目をつけられたら困るって心配しててさぁ〜」
「ふ〜ん……相変わらず真面目ちゃんですわねぇ。軍が何か言ってきても、叩き潰せばいいだけですのに」
「アタシもそれ言ったぁ〜」
ドズ? 何の話だろう?
体の事を言ってるから、もしかして改造のことなのかな?
それなら二人に聞きたい事があった。ちょうどいいタイミングだから聞いてしまおう。
「あ、あのさ。さっき二人が喧嘩してた時、体に薄暗い煙のようなモノが漂ってたよね? あれってなんなの?」
ナタリーちゃんは赤黒く、シェリーちゃんは青黒く、そしてタッ君は銀色に発光した煙のようなモノが体を覆っていた。
正直、かなり気になっている。
アレを見た瞬間、恐怖で息が止まりそうになったし、絶対にヤバいものだって本能が警鐘を鳴らした。
そんなものに包まれる、タッ君たちの体が心配でしょうがない。
「え、えっと……ナ、ナタリーさん! お姉様にフィルムの事を勝手に話したら不味いですわよね? 後でタカシ君に怒られますわよね?」
「さぁ? 試しにチャレンジしてみればぁ〜?」
「チャレンジするメリットがねぇですわよ……ワ、ワタクシからはお話し出来ませんわぁ。タカシ君に直接聞いてもらえます?」
シェリーちゃんが口を噤み、視線を逸らす。
はぐらかすつもりだ。それじゃ困る!
「タッ君は大丈夫って言うだけで、それ以上詳しく教えてくれないんだよ! お願いシェリーちゃん! ナタリーちゃん! タッ君には言わないから教えてくれる!?」
「うぅ……ワタクシ個人としては全然話してもいいのですが……ただ、タカシ君が伏せている情報を、ワタクシの口から伝えるのは……」
「フィルムまで見せたアタシ達が言うセリフじゃ無いけどさぁ〜、聞いて楽しい話じゃ無いし、聞くだけ損だと思うよぉ〜」
二人とも口が重い。
話そうとしない二人に、私は最終手段、土下座を繰り出した。
「この通り! お願い!」
「ち、ちょっ! お、お姉ちゃん!? な、何してるの!?」
「か、顔を上げてくださいまし! こ、困りますわ!」
「別に興味本位で聞いてる訳じゃないの! ただ、みんなの体が心配なだけなの! 本当に体が大丈夫なのか知りたいだけなの……お願い……教えてぇ……」
動揺する二人に、素直な気持ちを打ち明けた。
私は、タッ君とナタリーちゃんに大きな借りがある。
大神君の件は勿論そうだし、そもそも彼女達がいなければ、人類は滅亡していたかもしれない。
全ては私達を救う為、彼女達は犠牲になったのだ。
だからこそ平和になった今、みんなには幸せになってほしい。
そこまで人類に尽くしてくれたんだ。彼女達は幸せになる義務がある。
その為にも改造の所為で体に不調が無いか……どうしても知りたかった。
私に出来ることなら、何でもするつもりだったから。
「お姉ちゃん。顔をあげてくれる?」
ナタリーちゃんの優しく諭す声。
恐る恐る顔をあげると、彼女達はどこか困ったような、嬉しそうな顔をしていた。
「な? アタシの言った通りだろ? お姉ちゃんは優しい人だって」
「正直……驚きましたわ。ワタクシ達の喧嘩を間近で見てますのに……恐れるどころか心配してくれるなんて……」
「軍のノーマル連中にも見せてやりたいよ。少しはお姉ちゃんを見習えって」
「特殊機械兵が聞いたら泣いて喜ぶでしょうね……あの人たち、人間扱いに飢えてますから……」
そう言って私に向き直る二人。
美しい顔で、穏やかに笑っていた。
「何から知りたい〜? 本当に話せないこと以外は、何でも答えるよぉ〜」
「タカシ君には内緒にして下さいましね。怒られるのだけは勘弁ですから」
優しく、本当に優しく笑う、ナタリーちゃんとシェリーちゃん。
私の気持ちが伝わったのか、二人とも快く了承してくれた。
「あ、ありがとう! ナタリーちゃん! シェリーちゃん!」
彼女達の心意気に、私は心の底から感謝した。
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「じゃあ後遺症とかは全く無いんだね?」
「全く無いよぉ〜。敢えて一つ挙げるとするなら、お腹が空きやすくなってる事くらいかなぁ〜」
私の質問に、お煎餅を食べながら呑気に答えるナタリーちゃん。
寿命が縮んだり、体に不具合があるのを心配していたけど、そういった心配は全く無いらしい。
「フィルムって言ったっけ? 凄く禍々しい感じだったけど、アレはなんなの? 体に影響ないの?」
「アレは体の一部みたいなモノですから、特に影響はありませんわ」
「そ、そっか……それなら良かった」
ホッと胸を撫で下ろす。
話を聞く限り、改造による問題は無いみたい。
一番聞きたいことが聞けて安心していると、ナタリーちゃんとシェリーちゃんが、どんどん軍事機密を暴露し始めた。
「基本的にぃ〜、改造兵を総称して生体兵って言うんだけど、正確には機械兵、生体兵、特殊機械兵、特殊生体兵の四つに分けられてて、タカスィや、アタシ達は特殊生体兵に括られるんだよねぇ〜」
「生体兵というのは、ある試薬の投与に成功した兵士の事を指しまして、膂力や回復力、再生能力などの身体能力が大幅に向上する、といった特性がありますの」
「機械兵に比べて戦闘能力が高い反面、適性を持ってる人間って少ないんだよねぇ〜。生体兵化の成功率って何割だったっけぇ〜?」
「たしか五割弱ですわね。ちなみに失敗したら拒絶反応で即死ですわ」
「………………え?」
な、なんか、とんでもない事を言わなかった? 即死ってどういう事? あ、ありえないんだけど……。
絶句する私に気づかないまま、二人の呑気な暴露は続く。
「特殊生体兵になるにはねぇ、薬の投与を何度も繰り返す必要があって、最低でも五回は投与しなくちゃならないんだよぉ。五割を五回だから、結構な割合で死んじゃうんだぁ〜」
「それ以外にも条件がございますわ。生体兵の試薬は、A〜Zの二十六種あるのですが、特殊生体兵にもなりますと最低でもその内、五種類を投与する必要がありますの。この成功率が、とにかく低くて、低くて…………ちなみに、一度でも拒絶反応が出れば勿論死亡となりますわ」
「ちなみにシェリーの十一種投与って、かなり多い方なんだぜぇ〜。まぢで異常なんだからぁ〜」
「A種を百回以上投与した人が良く言いますわね。なんですか三桁って。そりゃあデブリも、ナタリーさんの姿を見たら逃げ出す訳ですわ」
「シェリーもデブリにビビられてたじゃんかよぉ〜。半身吹っ飛んでも直ぐに再生とか、人間じゃねぇよぉ〜」
「H鋼を素手で引きちぎるナタリーさんにだけは、言われたくありませんわ」
化け物、化け物とお互い罵り合うナタリーちゃんとシェリーちゃん。
軽い口調で喋ってるけど、結構ハチャメチャな話をしてない?
戦地で戦う前に死んでる人もいるって事でしょ? みんな、ホントよく無事だったよ……。
私がドン引きしていると、電話を終えたタッ君が戻ってきた。
同時に、ナタリーちゃんとシェリーちゃんが目配せしてくる。
この話お終いね……そんな顔をしていた。
「シェリー。後で軍に口座番号伝えてくれる? 全額支払うことを約束させたからさ」
「ほ、本当ですの!? 金額が金額なのでちょっと諦めておりましたが……よく了承しましたわね。誰にお話ししましたの?」
「総監の嘘なんだから、総監にケツ持ってもらうようにした。なんか、ぐぬぬ……とかほざいてたけど」
「ざまぁねぇなぁ〜」
凄惨な過去を持っているのに、一切表に出そうとしない三人。
笑えない状況の中を生き抜いてきたのに、誰よりも笑い合っている三人。
もしも私が……タッ君の代わりに戦地へ向かっていたら……こんな風に笑顔で戻って来られたのだろうか……?
多分……無理だと思う。
絶対に心が壊れたに違いない。
戦争に行く前と、なんら変わらないタッ君の様子を見て、
彼の心が変わらなかった事に、
一抹の不安を覚えた。








