表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/87

17話


 私がモデルを始めると同時期に、スペースインベーダーの侵略が始まった。


 生存戦争。本来なら全く笑えない事態なのに、私達は楽観的だった。


 戦地が日本から遠く離れている事。


 日本は出兵をしないと表明した事。


 戦争が始まっても、全く日常が変わらなかった事も相まって、みんな楽観視していた。

 

 対岸の火事。


 それが戦争に対する、最初の認識だった。




──────────




 モデルを始めて半年、私は自分の魅力に(おのの)いた。


 僅か半年、たった半年で、カリスマと呼ばれるほど人気が出てしまったのである。


 地方の商業誌で活動を始めたのに、口コミが口コミを呼んで、一気に全国へ名前が広まった。


 一躍、時の人になっちゃった。


 嬉しい。


 売れた事より、自分の魅力が客観的に評価された事が嬉しかった。


 こんなに人気が出たなら、さすがにおバカなタカシでも気が付くだろう。


 貴方の隣に居た女の子は、みんなが羨む美少女なんだぞって。


 タカシは慌てるかもしれない。


 私が急に、手の届かない所まで行ったと動揺するかもしれない。


 も、もしかしたら、自分のモノにしようと告白してくるかもしれないな……。


 いきなり唇を奪われたらどうしよう……。


 強引に押し倒されたら……ダメよ、ダメ。


 まだ早い。私達はまだ小学生。


 それに私も散々焦らされたんだ。タカシにも焦れてもらおう。


 いきなり、なんでもかんでも受け入れたら、ただのチョロい女になってしまう。


 主導権は私が握りたいのに、それじゃダメだ。


 ま、まぁ……キ、キスくらいなら……ま、まぁ……考えてあげても良いけどぉ……。


 この時、私の頭の中はお花畑だったんだと思う。


 マネージャーも私を褒めまくるから、完璧に勘違いをしていた。


 凛子ちゃんは絶世の美少女だから! 惚れない男の子なんて存在しない! って。


 だから、タカシもそうなんだって思ってた。


 思ってたの。





 でも違った。


 タカシは変わらなかった。


 私がどれだけ売れても、どれだけ人気が出ても、どんなに男子生徒から告白されても、全く態度が変わらなかった。


 それどころか、手のひら返しが激しくなっていく周囲を見て、私の事を気の毒に思ったのか、


「凛子がどれだけ有名になっても、俺は変わらず友達でいるからな」


 って変わらない優しさを見せてくれた。


 嬉しい。


 タカシがそう言ってくれるのは嬉しい。


 でも、求めてる答えはそれじゃない。


 むしろ変われ。タカシは見方を変えろ。今すぐ変えて。お願いだから。


 小学校卒業の節目で私に告白してくるのかも……と考えたが、あの野郎、普通に家へ帰りやがった。


 変化の無い関係。


 どうすりゃ私に惚れるのよ! っという焦燥感に襲われた。


 もうなり振り構わず、アプローチすれば良かったのだろうか?


 遠回しに行動して来たのが、間違いだったのだろうか?


 私がモデル稼業に追われている間に、文香さんと錬児君は、より仲良くなっているような気がするし。


 私の選択は間違っていたのか?


 中学に上がり、もういっその事、タカシを襲って既成事実を作っちゃおうかなぁ……と真面目に検討を始めだした頃、






 タカシが学校を休んだ。







 その後の記憶は曖昧だ。


 辛うじて覚えているのは、タカシの家に向かい、タカシの親から徴兵されたと聞いた事しか覚えていない。


 ショックを受けた私は、その場で倒れてしまったそうだ。


 まるで半身をもぎ取られたような、強烈な喪失感。


 いつ戻って来れるか分からない、恐らく、生きて帰って来ないという現実。


 タカシに二度と会えないという絶望的な確信。


 ついこの間まで、隣で笑い合った大好きなタカシ。


 私の話を、興味深そうに何時間も聞いてくれたタカシ。


 私のワガママを、優しく受け止めてくれたタカシは、もう居ない。


 しばらく、立ち上がる事すら出来なかった。



───────────




 タカシが徴兵されて半年が経った頃、文香さんから連絡が入った。


 内容は、タカシが帰ってきた時のために、出迎えの準備をするという物だった。


 毎日送られてくるメール。


 最初の頃は無視をしていたが、次々届く報告に私は焦りを覚え始めた。


『タカちゃんの為に、タカちゃんが好きだったプロ野球の勉強を始めました。ルールは割と簡単に覚えられたけど、選手毎の特徴を覚えるのが大変だね。タカちゃんと錬児君はよく覚えてたよなぁ……私も会話に混ざれるよう頑張るね』


『今日は、タカちゃんが帰ってきた時の為に、タカちゃんの好きだった牛丼を作ってみました。割と美味しく出来たけど、まだまだ牛丼屋さんには及ばない。明日も頑張ろう!』


『今日はタカちゃんと私の婚姻届を偽造しました。筆跡、保証人、捺印、全て完璧に偽造出来た。タカちゃんが帰ってきたら即結婚だ。やったね』


 文香さんは、前を向き始めていた。


 私と同じようにショックで寝込んでいた文香さんが、タカシが帰ってきた時の為に、前を向き始めていた。


 私と文香さん、もしタカシが生きて帰って来たなら、どちらを選ぶんだろうか。


 ずっとベッドでウジウジ泣いている私?


 それとも、タカシの帰還を信じて、タカシとの幸せな未来に向けて努力する文香さん?


 文香さん……だろうな……。


 そう考えると、ストンッと胸に落ちるものがあった。


 心が固まった気がした。

 

 負けてられない。いつまでも泣いてられない。


 恋のライバルがここまでしているんだ。文香さんのライバルとして負けてられない。


 文香さんが尽くす女なら、私は誰も手の届かない、最強の高嶺の花になってやる。


 タカシが帰ってきた頃には、日本で知らない人が居ないくらい、私は人気者になってやる。


 そして、アイツが帰ってきたら、サクッと襲って、ビデオに撮って、私との関係を認めさせてやるんだから!


 逃げられないように、SNSで婚約発表して、即引退してやるんだから!


 高嶺の花を奪った男と公表すれば、いよいよ後に引けなくなるだほう。


 タカシはそれくらいしなければダメなんだ。


 どこにも行かせないようにしなくちゃならないんだ。


 拳に力が入っていくのを感じた。


 希望が見えた気がした。


 私は、タカシとの将来を夢見て、突き進む事を決意した。



───────────



 あれから三年。


 自分を磨き続けた結果、私の知名度は相当なモノになった。


 恐らく私に彼氏が出来たら、炎上するくらいにはなったと思う。


 当初の目標は、なんとかクリア出来た。


 後はタカシが帰ってきたら、襲って辞めるだけだ。


 完璧なプランだぁ……うへへへ……。


 (よだれ)を垂らしながら妄想してニヤニヤ笑っていると、スマホがピロンッと鳴った。


 マネージャーから、通話アプリに連絡が入ったようだ。


 送られてきたのは動画ファイル。何のメッセージも無い。


 いつもと様子の違うメッセージに、なんだこれ? と思いながら動画を開くと、




 私の事務所を、複数の男が暴れ回って壊している映像が流れた。




 しかも、暴れ方が人間の動きじゃない。


 気持ち悪いくらい早い動きで、まるで紙屑のように壁や机を破壊している。


 な、なにこれ……?


 いきなり送られてきた凄惨な映像に混乱していると、今度はマネージャーから着信が入る。


「れ、麗子さん!? こ、これどういう事なの!?」


『おぉ〜……本物だ。本物の桔梗原(ききょうがはら)凛子だ』


「え……え? だ、誰よアンタ……れ、麗子さんは……?」

 

 電話越しに聞こえてきたのは、成人した男の声。


 マネージャーだと思った電話から、知らない男の声が聞こえて恐怖を覚える。


『麗子って、このスマホの持ち主のオバさん? 安心してくれ。気絶してその辺に転がってるだけだから』


「は、はぁ!? れ、麗子さんに何したのよ!!」


『スマホを借りただけだから安心しろって。ババアに興味はねぇからさぁ………興味があるのは、お前』

 

「な……は、はぁ!?」


 粘り気のあるセリフに背筋が凍った。凄く嫌な予感がする。


『俺、ずっとお前の事が好きだったんだよね。初めてテレビでお前を見た時から、何度も何度も妄想してたわ。メチャクチャにしたいって……』


 いきなり男の欲望をぶつけられる私。ここまでハッキリと言われるのは初めてだ。


 気持ち悪い。


『だからよぉ〜……せっかく生きて戻ってこれたんだから、英雄の相手をしてもらおうと思って。お前も嬉しいだろ?』


「な、何を訳の分からない事を言ってるのよ! キモイのよ! バカじゃないの!」


『あ? お前に拒否権はねぇから。断ったらコイツら殺した後でお前の家に行くからな。逃げても無駄だぞ。逃げたら家族を殺すから』


「え……? な、なんで……私の家を……」


 思わず呟いた疑問に、男が嬉しそうに答える。


『履歴書見つけたんだよねぇ〜。ヒャッハーーー!』


「…………ぁ……ぅ……」


 男のバカにしたような笑い声。


 自分の置かれている状況に、焦りを覚え始めた。


『だから諦めてこっち来いよ。あ、警察呼んでも無駄だからな。さっきの動画見て分かるように、警察じゃ俺たちを止められないし、そもそも戦争の恩赦で、好き勝手やっていいって言われてるんだから』


「せ、戦争……? お、恩赦ってどういう事よ……」


『何も知らねぇんだな……平和ボケのおめでたいヤツだわ』


 ギャハハと複数の男の笑い声が、電話越しに聞こえくる。本当に嫌悪感しか湧かない声。


『俺らはよう、デブリとの戦争の生き残りなんだわ。戦地で体をDOD(ディーオーディー)されたから、国から恩赦として俺達は好きな事して良いって言われてるワケ。分かる?』


「デブリ……? DOD……?」


『あー……インベーダーとの戦争って言った方が分かるのか』

 

 インベーダー。


 心臓が跳ね上がりそうになった。


 タカシの向かった戦争じゃないか。


「ち、ちょっと! じ、じゃあ! 戦争は終わったっていうの!?」


『…………あ? 終戦した事すら知らねぇのかよ』


「じゃあタカシは!? タカシはどうなったの!?」


 男の言葉を無視して問いかける。


 終戦したって事は、タカシは──────


『タカシ? 誰だそれ? 知らねえよ』


「……………………え?」


『日本兵の生き残りは俺達だけだ。タカシなんて居ねぇよ』


 …………………………居ない?


 え?  


 い、居ないってどういう事……?


 え?


 い、居ないって……死んだってこと……?


 え?


 タ、タカシは……戦争で……死んじゃったの……?


『まぁ、どうでもいいわ。とにかく今から来いよ。一時間以内な』


「…………………………」


『一時間経っても来なかったら、この事務所にいるヤツ全員殺してそっちに行くからな。さっきも言ったけど、逃げても無駄だから。逃げたらお前の家族を殺すから』


「…………………………」


『俺らに面倒な事をさせるんじゃねぇぞ。じゃ待ってるわ』


 そう言って通話が切れる。


 思考が全く、追いつかなかった。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] おもろい、設定がぶっ飛んでいて勢いがあって良い
[一言] つまりこいつら偶々生き残っただけの下っ端か。前線の情報すらしらないとか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ