17話
私がモデルを始めると同時期に、スペースインベーダーの侵略が始まった。
生存戦争。本来なら全く笑えない事態なのに、私達は楽観的だった。
戦地が日本から遠く離れている事。
日本は出兵をしないと表明した事。
戦争が始まっても、全く日常が変わらなかった事も相まって、みんな楽観視していた。
対岸の火事。
それが戦争に対する、最初の認識だった。
──────────
モデルを始めて半年、私は自分の魅力に慄いた。
僅か半年、たった半年で、カリスマと呼ばれるほど人気が出てしまったのである。
地方の商業誌で活動を始めたのに、口コミが口コミを呼んで、一気に全国へ名前が広まった。
一躍、時の人になっちゃった。
嬉しい。
売れた事より、自分の魅力が客観的に評価された事が嬉しかった。
こんなに人気が出たなら、さすがにおバカなタカシでも気が付くだろう。
貴方の隣に居た女の子は、みんなが羨む美少女なんだぞって。
タカシは慌てるかもしれない。
私が急に、手の届かない所まで行ったと動揺するかもしれない。
も、もしかしたら、自分のモノにしようと告白してくるかもしれないな……。
いきなり唇を奪われたらどうしよう……。
強引に押し倒されたら……ダメよ、ダメ。
まだ早い。私達はまだ小学生。
それに私も散々焦らされたんだ。タカシにも焦れてもらおう。
いきなり、なんでもかんでも受け入れたら、ただのチョロい女になってしまう。
主導権は私が握りたいのに、それじゃダメだ。
ま、まぁ……キ、キスくらいなら……ま、まぁ……考えてあげても良いけどぉ……。
この時、私の頭の中はお花畑だったんだと思う。
マネージャーも私を褒めまくるから、完璧に勘違いをしていた。
凛子ちゃんは絶世の美少女だから! 惚れない男の子なんて存在しない! って。
だから、タカシもそうなんだって思ってた。
思ってたの。
でも違った。
タカシは変わらなかった。
私がどれだけ売れても、どれだけ人気が出ても、どんなに男子生徒から告白されても、全く態度が変わらなかった。
それどころか、手のひら返しが激しくなっていく周囲を見て、私の事を気の毒に思ったのか、
「凛子がどれだけ有名になっても、俺は変わらず友達でいるからな」
って変わらない優しさを見せてくれた。
嬉しい。
タカシがそう言ってくれるのは嬉しい。
でも、求めてる答えはそれじゃない。
むしろ変われ。タカシは見方を変えろ。今すぐ変えて。お願いだから。
小学校卒業の節目で私に告白してくるのかも……と考えたが、あの野郎、普通に家へ帰りやがった。
変化の無い関係。
どうすりゃ私に惚れるのよ! っという焦燥感に襲われた。
もうなり振り構わず、アプローチすれば良かったのだろうか?
遠回しに行動して来たのが、間違いだったのだろうか?
私がモデル稼業に追われている間に、文香さんと錬児君は、より仲良くなっているような気がするし。
私の選択は間違っていたのか?
中学に上がり、もういっその事、タカシを襲って既成事実を作っちゃおうかなぁ……と真面目に検討を始めだした頃、
タカシが学校を休んだ。
その後の記憶は曖昧だ。
辛うじて覚えているのは、タカシの家に向かい、タカシの親から徴兵されたと聞いた事しか覚えていない。
ショックを受けた私は、その場で倒れてしまったそうだ。
まるで半身をもぎ取られたような、強烈な喪失感。
いつ戻って来れるか分からない、恐らく、生きて帰って来ないという現実。
タカシに二度と会えないという絶望的な確信。
ついこの間まで、隣で笑い合った大好きなタカシ。
私の話を、興味深そうに何時間も聞いてくれたタカシ。
私のワガママを、優しく受け止めてくれたタカシは、もう居ない。
しばらく、立ち上がる事すら出来なかった。
───────────
タカシが徴兵されて半年が経った頃、文香さんから連絡が入った。
内容は、タカシが帰ってきた時のために、出迎えの準備をするという物だった。
毎日送られてくるメール。
最初の頃は無視をしていたが、次々届く報告に私は焦りを覚え始めた。
『タカちゃんの為に、タカちゃんが好きだったプロ野球の勉強を始めました。ルールは割と簡単に覚えられたけど、選手毎の特徴を覚えるのが大変だね。タカちゃんと錬児君はよく覚えてたよなぁ……私も会話に混ざれるよう頑張るね』
『今日は、タカちゃんが帰ってきた時の為に、タカちゃんの好きだった牛丼を作ってみました。割と美味しく出来たけど、まだまだ牛丼屋さんには及ばない。明日も頑張ろう!』
『今日はタカちゃんと私の婚姻届を偽造しました。筆跡、保証人、捺印、全て完璧に偽造出来た。タカちゃんが帰ってきたら即結婚だ。やったね』
文香さんは、前を向き始めていた。
私と同じようにショックで寝込んでいた文香さんが、タカシが帰ってきた時の為に、前を向き始めていた。
私と文香さん、もしタカシが生きて帰って来たなら、どちらを選ぶんだろうか。
ずっとベッドでウジウジ泣いている私?
それとも、タカシの帰還を信じて、タカシとの幸せな未来に向けて努力する文香さん?
文香さん……だろうな……。
そう考えると、ストンッと胸に落ちるものがあった。
心が固まった気がした。
負けてられない。いつまでも泣いてられない。
恋のライバルがここまでしているんだ。文香さんのライバルとして負けてられない。
文香さんが尽くす女なら、私は誰も手の届かない、最強の高嶺の花になってやる。
タカシが帰ってきた頃には、日本で知らない人が居ないくらい、私は人気者になってやる。
そして、アイツが帰ってきたら、サクッと襲って、ビデオに撮って、私との関係を認めさせてやるんだから!
逃げられないように、SNSで婚約発表して、即引退してやるんだから!
高嶺の花を奪った男と公表すれば、いよいよ後に引けなくなるだほう。
タカシはそれくらいしなければダメなんだ。
どこにも行かせないようにしなくちゃならないんだ。
拳に力が入っていくのを感じた。
希望が見えた気がした。
私は、タカシとの将来を夢見て、突き進む事を決意した。
───────────
あれから三年。
自分を磨き続けた結果、私の知名度は相当なモノになった。
恐らく私に彼氏が出来たら、炎上するくらいにはなったと思う。
当初の目標は、なんとかクリア出来た。
後はタカシが帰ってきたら、襲って辞めるだけだ。
完璧なプランだぁ……うへへへ……。
涎を垂らしながら妄想してニヤニヤ笑っていると、スマホがピロンッと鳴った。
マネージャーから、通話アプリに連絡が入ったようだ。
送られてきたのは動画ファイル。何のメッセージも無い。
いつもと様子の違うメッセージに、なんだこれ? と思いながら動画を開くと、
私の事務所を、複数の男が暴れ回って壊している映像が流れた。
しかも、暴れ方が人間の動きじゃない。
気持ち悪いくらい早い動きで、まるで紙屑のように壁や机を破壊している。
な、なにこれ……?
いきなり送られてきた凄惨な映像に混乱していると、今度はマネージャーから着信が入る。
「れ、麗子さん!? こ、これどういう事なの!?」
『おぉ〜……本物だ。本物の桔梗原凛子だ』
「え……え? だ、誰よアンタ……れ、麗子さんは……?」
電話越しに聞こえてきたのは、成人した男の声。
マネージャーだと思った電話から、知らない男の声が聞こえて恐怖を覚える。
『麗子って、このスマホの持ち主のオバさん? 安心してくれ。気絶してその辺に転がってるだけだから』
「は、はぁ!? れ、麗子さんに何したのよ!!」
『スマホを借りただけだから安心しろって。ババアに興味はねぇからさぁ………興味があるのは、お前』
「な……は、はぁ!?」
粘り気のあるセリフに背筋が凍った。凄く嫌な予感がする。
『俺、ずっとお前の事が好きだったんだよね。初めてテレビでお前を見た時から、何度も何度も妄想してたわ。メチャクチャにしたいって……』
いきなり男の欲望をぶつけられる私。ここまでハッキリと言われるのは初めてだ。
気持ち悪い。
『だからよぉ〜……せっかく生きて戻ってこれたんだから、英雄の相手をしてもらおうと思って。お前も嬉しいだろ?』
「な、何を訳の分からない事を言ってるのよ! キモイのよ! バカじゃないの!」
『あ? お前に拒否権はねぇから。断ったらコイツら殺した後でお前の家に行くからな。逃げても無駄だぞ。逃げたら家族を殺すから』
「え……? な、なんで……私の家を……」
思わず呟いた疑問に、男が嬉しそうに答える。
『履歴書見つけたんだよねぇ〜。ヒャッハーーー!』
「…………ぁ……ぅ……」
男のバカにしたような笑い声。
自分の置かれている状況に、焦りを覚え始めた。
『だから諦めてこっち来いよ。あ、警察呼んでも無駄だからな。さっきの動画見て分かるように、警察じゃ俺たちを止められないし、そもそも戦争の恩赦で、好き勝手やっていいって言われてるんだから』
「せ、戦争……? お、恩赦ってどういう事よ……」
『何も知らねぇんだな……平和ボケのおめでたいヤツだわ』
ギャハハと複数の男の笑い声が、電話越しに聞こえくる。本当に嫌悪感しか湧かない声。
『俺らはよう、デブリとの戦争の生き残りなんだわ。戦地で体をDODされたから、国から恩赦として俺達は好きな事して良いって言われてるワケ。分かる?』
「デブリ……? DOD……?」
『あー……インベーダーとの戦争って言った方が分かるのか』
インベーダー。
心臓が跳ね上がりそうになった。
タカシの向かった戦争じゃないか。
「ち、ちょっと! じ、じゃあ! 戦争は終わったっていうの!?」
『…………あ? 終戦した事すら知らねぇのかよ』
「じゃあタカシは!? タカシはどうなったの!?」
男の言葉を無視して問いかける。
終戦したって事は、タカシは──────
『タカシ? 誰だそれ? 知らねえよ』
「……………………え?」
『日本兵の生き残りは俺達だけだ。タカシなんて居ねぇよ』
…………………………居ない?
え?
い、居ないってどういう事……?
え?
い、居ないって……死んだってこと……?
え?
タ、タカシは……戦争で……死んじゃったの……?
『まぁ、どうでもいいわ。とにかく今から来いよ。一時間以内な』
「…………………………」
『一時間経っても来なかったら、この事務所にいるヤツ全員殺してそっちに行くからな。さっきも言ったけど、逃げても無駄だから。逃げたらお前の家族を殺すから』
「…………………………」
『俺らに面倒な事をさせるんじゃねぇぞ。じゃ待ってるわ』
そう言って通話が切れる。
思考が全く、追いつかなかった。