10話 一章エピローグ
大神の一件から一週間後、俺とナタリーの編入試験は無事に終った。
俺の学力はかなりギリギリだったから結構不安だったけど、試験自体は結構簡単なモノで問題なく解く事が出来た。
体感九割解けたから大丈夫だろ。たぶん。
ちなみにナタリーは余裕だったらしい。さすがだわ。
帰宅して、ナタリーとこれからの高校生活について雑談していると、姉さんが神妙な面持ちで乱入してくる。
口をへの字につぐみ、可愛い困り眉を寄せて。
何この顔。怒ってるのか?
姉さんのいつもと違う様子に困惑していると、彼女は俺をビシッと指差した。
「タッ君! 試験が終わったんだから教えてもらうよ!」
「何を?」
「タッ君の体の事だよ!」
真っ直ぐ俺を見据える姉さん。どうやら俺が改造されている事に感づいているっぽい。
「何の事だか分からないんだけど」
「とぼけないでよ! 戦場で絶対何かされたんでしょ! じゃなきゃ、人の力でアスファルトなんか砕けるワケないじゃない!」
「普通だよ普通。だって愛する姉さんが酷い目にあってたんだよ? 火事場のクソ力で地面くらい叩き割れるって」
「あ、愛………………い、いや! 誤魔化されないからね! 私もタッ君を愛しているけど、今は質問にちゃんと答えてもらうんだからぁ!!」
顔を真っ赤にして、首をブンブン振っている。
相変わらず揶揄い甲斐のある反応をしてくれる人だ。
「タカスィ〜言っちゃえばぁ〜。ここまで疑われたら誤魔化せないだろぉしぃ〜」
ナタリーが煎餅を頬張りながら、ヘラヘラ笑う。
まぁそうだよな。
アスファルトぶち抜いた時点でやっちまったって後悔していたし、姉さんから絶対問い質されるって思ってはいた。
むしろ試験が終わって落ち着くまで、聞かないでいてくれた事が嬉しいわ。さすが大和撫子。気遣いのプロ。
「父さんと母さんには内緒にしてくれる? これ以上、心労を増やしたくないからさ」
「あ……うん。分かった」
どっから話すかなぁ……。
軍事機密だから、一から十まで話すのはマズイだろう。かと言って、掻い摘んで話してもワケ分からないのが悩みどころ。
「姉さんは俺の参加してた戦争について、どこまで知ってる?」
「スペースインベーダーが襲ってきたってくらいしか知らない……タッ君が無事かどうか知りたくて、ネットで散々調べても、全く情報なんて出て来なかったし」
「へぇ〜。情報規制されてたんだねぇ〜」
戦争について殆ど知らないようだな。下手に伝えると姉さんも軍の管理下に置かれそうだから、結果だけ話するか。
「結論から言うと、俺とナタリーは軍に体を改造されたんだよ。宇宙人を殲滅する為に、徹底的に」
「……………え? か、改造?」
「訓練もしていない中学生の俺を戦地に送るって、普通に考えたらおかしい話だからね。改造人間にする為に、適性のある人間を選出してたってワケ」
目を見開き、口をパクパクさせる姉さん。
おずおずと俺の手を取り、信じられないような表情で揉み始める。
「か、改造って、機械になってるってこと?」
「機械化のヤツもいるけど、俺のはちょっと違って……色んなモノを取り込んで身体能力を上げてるんだよね」
「た、確かに、手は柔らかいしあったかい……色んなモノって何?」
「ん〜……ちょっと教えられないかなぁ……」
「ぁ……ダメなんだ……」
さすがに引くと思う。
宇宙人の細胞を大量に取り込んでるなんて、とてもじゃないけど言えなかった。
冷静に考えてみれば軍もムチャクチャしてる。人としての良心を全部捨ててるとしか思えない。
「じ、じゃあ改造した結果、アスファルトを砕ける程、強くなったってこと?」
「そんなとこ」
「それだけじゃないぞぉ〜。タカスィは凄いんだからぁ〜」
嬉しそうに微笑むナタリーが、余計な事を言い始めた。
「タカスィの適応能力ってぇ〜、歴代兵士の中でも群を抜いて異質だったから、全ての試薬を副作用無しで受け入れたんだよぉ」
「ナタリー」
「それによって常軌を逸した怪力と、異常なまでの耐久力を身につけて、対宇宙人戦の切り札になってたんだぁ。人類の最終到達点って言われるくらい有名だったんだからぁ〜」
「ナタリー」
「実際、タカスィの活躍は凄まじかったんだよぉ〜。タカスィが参戦してから戦況も大きく覆ったし、デネブ撤退戦とか、湾岸海峡防衛戦とか、タカスィが居なかったらアタシもシェリーも──────」
「お前、俺が言葉選んで喋ってんのに、軍事機密ペラペラ喋ってんじゃねぇよ」
ピシピシ頭をチョップする。
ナタリーは、えへへ〜、いいじゃ〜んと嬉しそうに笑いながら、再び煎餅を食べ始めた。
お前、軍の事をホント舐めてるよな……。
「ひ、一つ聞いていい?」
「なに? 姉さん」
「タ、タッ君は人間だよね?」
どういう意味で言ってるんですかねぇ……言いたくなる気持ちは分かるけど。
「………………化け物って言ったらどうする?」
不敵に笑みを浮かべる。
いつもの、ちょっとした冗談のつもりだったが、姉さんは俺の笑顔に釣られなかった。
表情を崩さず、真顔で俺と向き合う。
「何も変わらないよ…………」
「ん?」
一言呟いたかと思うと、声を震わせ言葉を続けた。
「わ、私……が……普通に生……活してる裏で……と……とんでもない……事になってたんだね……」
真顔だと思われた顔から、ぽろりと大粒の涙が溢れ落ちる。
「タッ君は……どんな体になっても私の家族だよ……ナタリーちゃんも……」
ポロポロ、ポロポロと涙を流し、首筋に抱きついてきた。
「どんな体になっても! 私達は家族だから! 今まで私達の為に戦ってくれてたから! 今度は私が守るから! 絶対に! 絶対にっ…………!!」
そして、震える声が嗚咽へと変わる。
「わ、私達の為に…… ヒック……本当に……ありがとうございました……うぅ……うえぇぇぇぇぇん」
うわーん、あーんと泣き出す姉さん。
その姿に、俺とナタリーは思わず顔を見合わせる。
改造を嫌悪される事はあっても、改造した事を感謝されるなんて思わなかった。
軍では誰にも言われなかった言葉を、まさか姉さんに言われるとは。
俺たちにとって、一番聞きたかった言葉を……。
「お姉ちゃんは、本当に優しい人だねぇ〜。えへへ〜……嬉しいなぁ〜……」
ナタリーが普段見せない優しげな顔を浮かべる。
相当嬉しかったのだろう。瞳が若干潤んでいる。
「この姉さんの通う高校に、これから通えるんだ。絶対楽しくなるよ」
「…………そうだね」
「平凡で楽しい高校生活を始めようぜ!」
「うん!」
チューチュー首筋を吸う姉さんの頭を撫でながら、ナタリーと笑い合う。
大神っていう些細なトラブルがあったけど、全て解決した今、あとは楽しむだけだ。
これ以上トラブルに巻き込まれるなんてないだろう。
俺とナタリーの物語にすらならない、平凡な日常が始まろうとしていた。
とその時は思っていた。
考えが甘かった。
マジで甘かった。
幼馴染みと感動の再会の時にナタリーのせいで修羅場になったり、軍から仲間が訪日していきなり俺の高校へ編入してきたり、戦地の慰安ショーで知り合った国際的歌姫が訪ねてきたりと、騒々しい日常が始まるなんて思ってもみなかった。