1話
今から三年前、世界中で戦争が始まった。
場所を問わず始まった戦争は、宇宙人の侵略によるものだった。
B級映画ではよく見るシチュエーションも、実際に現実で起きると、マジで笑えない。
言葉に出来ないような凄惨な日々が続き、日常が悪夢へと変わる。
何故、地球が狙われたのか、敵の目的は何だったのか、俺にはその理由が分からない。
情報は末端の俺達まで来なかったし、そもそも理由を聞こうともしなかった。
どうせ、仲間が、死んで、死んで、死にまくって、宇宙人を、殺して、殺して、ぶっ殺すだけの毎日。
それなら何も考えずにぶっ殺したい。それが頭の悪い俺達、兵士達の総意だった。
まぁ、なんやかんやあって、宇宙人を全てぶっ殺した俺は、本日をもって退役する運びとなった。
終戦してまで軍にいるつもりはないから、さっさと帰ってしまおう。
下手に残ってると色々言われそうだし。
中学入学と同時に兵として招集されて三年。思い返せばあっという間。
感慨深くはないけど、それでも胸に来るものはある。
日本に帰ったら、また学校に通いたい。
幸いな事に、日本は戦地にならなかったそうだから、復興も無く日常へ戻れると聞いてるんだけど……一つ懸念がある。
俺、この三年間、戦争しかしてないんだよね。
学力めっちゃ落ちてるぞ? 問題なく高校に編入出来るのか?
色々考え、不安になって溜息を吐いていると、不意に背中を叩かれた。
「ヘーイ! タッカスィはこれからどうすんのぉ?」
少女の声。
振り向くと、ナタリーが笑顔で立っていた。
人懐っこく笑う彼女とは、この軍に入ってからの戦友だ。
数少ない同年代って事と、彼女が日本語を話せる事から、休戦中はシェリーと三人で、よくバカやってた。
割と可愛い顔して笑っているが、コイツはこれで結構エゲツない。
ナタリーの戦闘を何度か見た事あるが、敵の事が気の毒になるくらいグッチャグチャに殺していたからな。
最終的にナタリーの姿を確認した敵が、一目散に逃げ始めるようになったくらいだ。どんだけだよ。
「故郷に帰るつもりだよ。ナタリーは?」
「それが聞いてよぉ〜。アタシの故郷って消滅しちゃってるから、他に行くアテが無いんだよねぇ。アタシって可哀想じゃない? 可哀想だよねぇ〜?」
チラチラこちらを見るナタリー。コイツがこういう顔してる時は大抵碌な事を言わない。
「なにが言いたいんだよ」
「へっへっへ。だからさぁ、アタシも日本に連れてって貰おうと思ってぇ〜。一緒に暮らそうぜぇ〜」
上目遣いをしながら、ネットリと笑顔を浮かべるナタリー。中身を知ってる分、全然可愛いと思えない。
「お前さっきポートマンに誘われてたじゃん。そっちに行かないの? アイツめっちゃ金持ってるじゃん」
「そんな寂しい事言うなよぉ〜。アタシはタカスィみたいな、強い男と一緒に居たいんだよぉ〜」
俺はお前より間違いなく弱いと思うけど。強い男が好きならゴリラがいいんじゃないか? 良い動物園紹介するぞ。
そんな悪態を飲み込みつつ、しゃーねぇなぁ……と呟く。
「ナタリーに頼まれたら断れないじゃん……お前には何度も助けられてるし……」
「だろぉ〜。命の恩人には優しくしろよぉ〜」
「先に言っとくけど生活費は折半だからな。ちゃんと払えよ」
「もっちろん! うへへへ〜。これから楽しみだなぁ〜」
喜びの舞を踊るナタリー。
お前、戦争が終わった時ですら、そんな喜んでなかっただろ。
そんなナタリーを横目に、今後の事を考える。
「取り敢えず、故郷に戻って……一度実家に帰らなきゃなぁ……死んでるって思われてなきゃいいけど……」
───────────
退役の手続きにエラい手間取った。
総監に、俺辞めるから! って言っても全く認めてくれねぇんだもん。ナタリーが優秀だったから、俺と一緒に退役するのが許せなかったらしい。
ナタリーもナタリーで「アタシとタカスィは一心同体だから離れる気は無いよ!」って言って聞かないし。
コイツ置いてくから俺だけでも退役させて、って言っても無理だったもんなぁ。
ナタリーを引き止めたいなら、ナタリーに直接交渉しろよ。まったく。
結局、休職って形で落ち着いたけど全然納得していない。戦争が終わってまで、軍と関わりなんて持ちたくなかったのに。
クソッタレ。
日本へ向かう飛行機の中、俺はずっと不貞腐れていた。
「そんな怒んなよタカスィ〜。これからアタシとラブラブな新婚生活が始まるんだからさぁ〜」
隣で、嬉しそうにツンツンしてくるバカ。お前のせいでこうなってんだからな。気付け。
「ラブラブってなんだよ……ナタリーが余計なこと言うから軍に残るハメになったんだぞ? 少しは反省しろよ」
「別によくなぁい? 休職中も給料が支払われるんだからさぁ」
「アホか。一度でも金を受け取ったら、いつか必ず戻らなきゃならなくなるじゃん。俺はもう軍に関わりたくないんだよ」
「タカスィはホント真面目ちゃんだねぇ。招集なんてかかってもバックレればいいじゃん。アタシ達を捕まえるなんて不可能なんだしさぁ」
そういう問題じゃねぇんだよ。
逃げ切れるからって、そういう問題じゃねぇんだよ。
なんで平和になったのに、お前と逃亡生活を始めなきゃならないんだよ。一人でやってろ。
「ナタリー連れてきたの間違いだったわ」
「お? そういうこと言っちゃう? 泣くぞ? 泣いちゃうぞぉ〜?」
「お前泣くようなタイプじゃないだろ。お前が泣いた姿なんて、今まで見たことねぇわ」
「オッケー。今からめっちゃ泣くね」
そう言って、ナタリーは耳をつんざくような悲鳴を上げて、日本に着くまでの間泣き続けた。
その効果は絶大で、到着後、俺達は無事にブラックリストへ追加された。
───────────
首都圏から電車を乗り継ぎ四時間、無事に地元へと帰ってきた。
俺達の居た戦地とは違い、地元は荒らされる事なく、三年前と特に変わりはない。
当時と同じ風景に、感慨深い気持ちになる。
「おぉ〜! ここがタッカスィの故郷かぁ〜。アタシ達の愛の巣を作るには、バッチこいな場所ですなぁ〜」
相変わらずバカな事を言っているナタリーに、アイアンクローをぶちかます。
「もうすぐ実家に着くから今の内に忠告しておくけど、くれぐれも余計な事は言うなよ」
「分かってるよぉ〜。感動と涙の再会には水を差さないってぇ〜。自己紹介と結婚の報告しかしないから安心してよぉ〜」
「それが余計だっつうの……時たまバカな振りするのやめれ」
えへへ〜、やだぁ〜とアイアンクローされながら喜ぶナタリー。
構ってもらって嬉しいと上機嫌な様子。
「ナタリー見てると思うけどさぁ、犬とか猫の方が聞き分けあるんじゃない?」
「所詮、犬畜生は媚を売ることしか出来ないからねぇ。アタシみたいに十分可愛ければ、媚びなんて売る必要が無いんだよぉ。タカスィは、こんな美女に甘えられて幸せ者だねぇ」
「それ、自分で言うセリフじゃないだろ。傲慢すぎてキュンと来たわ」
「だろぉ〜。もっと惚れろ」
「欲張りさんめ」
コイツには何言っても無駄だな。そもそもゴリラの手綱を引こうという考えが甘かったのだ。
ナタリーが付いてきた時点で、間違いなく話は拗れる。もう避けられない現実。
アイアンクローを解いて、頭をポンポンと叩いた。
これ以上暴走しないように、願いと諦めを込めて。