第1話:【夢】の高校生活
『スチューデントクリエイト完了』
『――――ID認証成功。仮想高校ミネルバへの入学手続きが完了しました』
電子音声が告げる。
なにがあるか分からない程の暗闇に、閉ざされた世界。
………………いや、文字通りそこには何も無い。なにも無い世界に、浮かんでいる。
Nullなのだから、そこが暗くなるは当たり前だ。暗いというか、虚無というか。そんな空間に放り込まれて早1時間。
最初の頃こそ、無重力の空間で行うキャラクリ――――もといスチューデントクリエイトに没頭していたが、まさか設定するのに1時間も掛かるとは思わなかった。
骨格から唇の厚さまで設定している内に、後ろを振り向いたら誰か居るのでは無いかと思うようになって、その恐怖でSAN値がジワジワと削られた。
――――しかし、それももう終わる。
正面に浮かぶ《ロード中》と書かれたメーターの数値は既に100%。次の瞬間にも、世界が形作られる筈。
そう、次の瞬間にも世界が…………、次の瞬間にも…………、次の瞬間…………。
次の瞬間を待っても、体感時間で5分ほど待っても、周囲の状況は変わらない。そして、俺は悟った。
――――このロード、100%からが長いタイプか。
『生成完了』
皮肉にもその結論に至った次の瞬間。電子音声が聞こえた。
メーターの表示が《同期中》に変わって、数値が0%に戻る。
同時に、肌がピリピリと焼けるような感覚。
今度のメーターの上昇は速い。10%、――20%と上がっていくのにつれられて、痛覚が、聴覚が、嗅覚が、味覚が、触覚が、反応していく。
地形の輪郭が青い線で表示されて、その上に土が覆いかぶさり、草が生え、木が設置されていった。
『同期完了。ラックツさん入学おめでとうございます』
ものの数秒と経たない内に100%になって、世界が作り上げられた。
――――ズンッ。と重力が身体にのしかかる。電子音声に祝福されながら土を踏んだ場所は、小高い丘の草原。
「スーッ…………、ハァ―…………」
深呼吸すると、風に揺られる若草の匂いが鼻腔を通り抜ける。
伸び伸びと茂る草原の緑を基調にタンポポの黄色、シロツメクサの白、その他良くわからないが春っぽい植物の数々。
太陽に照らされた自然の色彩は、黒一色に慣れた目が少し痛いほどに鮮やかだ。
この景色だけでもログインして良かったと思えるが、見惚れるのは後にしよう。
入学初日。その日にはかなり重要なイベントが有る。キャラクリに時間を掛けてしまったから、少し遅れるだろうが…………。
――――入学式。これを逃すわけにはいかない。
――――ていうか、ここどこだ?
入学式があるのは、もちろん学校の敷地内。しかし、周囲にあるのは見渡す限りの自然。――――いや、綺麗ではあるんだが、いま求めているのは人工物だ。
もっと集中して目を凝らしていくと、遠くの描写が鮮明になっていく。
負荷を削減するためにボヤケていた部分。そこに薄っすらと街らしきものが見えた。
周囲を山で囲まれた、まさにゲームって感じがする中世の街並み。
そして、地形がボヤケ始めるのが10km。よって、街までの距離も10km。
――――あれ?
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チュートリアルにしては厳しい、10km無整地森の中斜面マラソンを完走して、ようやくたどり着いた。
門を守る衛兵のNPCと会話を行い、横にある小さな扉から市街地に入り、焼きレンガの表通りを歩いた突き当り。
領主の屋敷をぶち壊して、ついでに周囲の家も巻き込む形で建てられた学校は、1大プロジェクトなだけあってあらゆる技術や建材が集約され、とても立派に仕上がっている。
桜は満開に咲き誇って、風に吹かれて舞い散る花びらが歓迎しているようだ。
…………しかし、どうにも実感が湧かない。
これから3年間、この場所で学ぶということ。映画やアニメの中の様な、というか実際に仮想空間の中にある現実離れしたこの学校で、高校生活の3年間を過ごすのだ。
「おお…………」
――――改めて言葉にするとなんとも言えない感情が湧き上がって、その感情に狼狽えてしまって、声が漏れた。
友達は出来るだろうか? クラスに馴染めるだろうか? …………ていうか初日から遅刻しちゃったけど大丈夫かな?
なんて新鮮な不安が渦巻いているが今はただ、高校に行けることが嬉しい。
けど、はっちゃけすぎるのもよくない。緩んだ頬を引き締めてから、開け放たれた門をくぐった。
――――夢の高校生活の始まりだ!