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24.再会

 ぼんやりとした意識の中、エミリアは自分に寄り添う優しい温もりを感じ取っていた。エミリアがいる場所は少し肌寒く、なぜかはわからないが体も冷えているようで、そのぬくもりがありがたい。


 しばらくしてエミリアは『それ』がただの温もりではなく、生きている何かだと気づいた。ときおり動いてはぎゅっとエミリアに身体を寄せてくるたびに、ふさふさとした感触がエミリアの肌に触れる。


『それ』がいったいなんなのか━━━━確認しようとするものの、なぜか身体がひどく重く、瞼を開けることすら叶わない。


 そのとき、ザアッと木の葉を揺らしながら、強い風がエミリアのいる場所を通り過ぎた。思わず身震いすると同時に、エミリアの心に恐怖心が沸き起こる。


(私……なんだかとても怖い思いをしたような……)


 思い出そうとすると、まるでそれを拒むようにズキリと頭が痛む。体も拒否するようにガタガタと震えだした。

 するとエミリアに寄り添っていたぬくもりが、まるで震える身体を温めるかのように覆いかぶさってきた。先ほどよりも強く感じるようになったぬくもりに、少しずつ、エミリアの身体の震えが収まってくる。


(あぁ……温かい……)


 震えがおさまるにつれ、不思議と気持ちも落ち着いてきた。そのうち恐怖心は無くなり、エミリアはただ側にある温もりを抱きしめたいのにそれができないことをひどくもどかしく感じていた。


 それからどのくらいの時が経っただろう。穏やかな寝息を立て始めたエミリアの頬を、『それ』はペロリと舐めたのであった。







 目を覚ましたエミリアが初めに目にしたのは、少し離れたところで揺らめく炎だった。聞こえてくるのは風の音と、時折聞こえる、バチッという火が爆ぜる音だけだ。夜の帳がおり始めている森の中で、その火はとても鮮やかにエミリアの目に映った。


 ゆっくりと体を起こすと、体の上から何かがずり落ちた。それは黒い生地で作られた騎士服の上着で、とっさに手に取ろうとして手を伸ばす。しかし、伸ばした腕がなんの布もまとっていなかったことで、遅ればせながらエミリアは自身の格好に気づくことになった。


「きゃあっ!!」


 思わず悲鳴を上げ、慌てて上着を手に取って体に巻き付ける。ドレスを身に着けておらず、今エミリアの肌を隠しているのはペチコートとコルセットといった下着類のみだった。しかも、どれも少し湿っているうえにコルセットは緩められている。


(……そうだ! 私、川に落とされたんだ!!)


 意識を失う前の出来事を思い出し、エミリアはぶるりと震えた。手首を縛られたまま川に突き落とされたのだ。そのまま溺れ死ぬ可能性の方が高かっただろうに、こうして生きているなんて奇跡に近い。近くに火が焚かれていることから、おそらく誰かが助けてくれた上、ドレスも身体を冷やさないように手当の一環で脱がせてくれたのだろう。


「エミリア? 目が覚めたのか?」


 その時、背後から突如聞こえた声に、エミリアは飛び上がった。慌てて身を隠そうとして、一番近くにあった木の陰に飛び込む。しかし、聞こえた声に聞き覚えがあることに気づき、しかもそれが囚われている間にとても恋しく思っていた声だったので、まさかと思いながら恐る恐る木の陰から相手を伺った。


「ごめん。驚かせたね」


 除いた先には、予想通りアルバートの姿があった。申し訳なさそうに眉尻を下げるその表情を見た途端、今まで耐えてきた感情が溢れ出すかのようにエミリアの目に涙がこみ上げてくる。


「怖かったの……」

「……あぁ」

「もう二度とあなたに会えないかと……」


 アルバートはゆっくりとエミリアの傍までやってくると、ぎゅっと抱きしめた。


「無事でよかった……!」


 耳元で聞こえた声は、アルバートらしくなくかすれていた。その耐えるような声音でどれだけ心配させてしまったかを悟り、エミリアは謝る代わりにアルバートをぎゅっと抱きしめ返す。アルバートの服はエミリアのものと同じく少し湿っていて、その服越しに伝わる体温にエミリアは自分の心がとても落ち着くのを感じた。


 しばらくそのまま無言で抱きしめあっていた2人だったが、忍び寄ってきた夜の寒さにエミリアがくしゃみをしたことで、抱擁は終わりを告げる。


「ごめん。その格好じゃ寒いよな」


 そう言って、アルバートはエミリアを焚き火の傍まで導いた。先ほどは気づかなかったが、ドレスは焚火の近くにある木の枝にかけられていた。


「濡れていたから脱がせたんだ。苦しくないようにコルセットも緩めた。勝手にごめん」

「アルバート様が謝る必要はどこにもありません。私のためにそうしてくださったんでしょう? ありがとうございます」


 たしかにドレスの下の姿を見られたことは恥ずかしいが、この状況でそれをどうこう言うつもりはエミリアにはない。むしろアルバートにはいくらお礼を言っても言い足りないくらいだ。


 ドレスを手に取ると、まだ少し湿っていた。少し躊躇したが、このままでいる訳にもいかないので身に纏う。既に見られてしまっているとはいえ、やはり恥ずかしいので身支度をしている間はアルバートには少し離れたところでエミリアとは逆の方向を向いて待機してもらった。図書館に行くだけのつもりだったので、自分1人で脱ぎ着できるドレスを選んでいたことが功を奏した。夜会などに着ていくドレスではこうはいかない。


 身支度を終えると、エミリアはアルバートと並んで焚き火の傍へ腰を下ろした。


「君が拐われたと聞いた時は、心臓が止まるかと思った」

「……ごめんなさい」

「エミリアのせいじゃない。本当に無事でよかった」


 そう言ってアルバートはエミリアの頭を撫でた。エミリアは少し気恥ずかしく思う気持ちを誤魔化すように口を開いた。


「キースはどうなったんでしょうか」

「一緒に来た2人が捕まえているさ。2人とも優秀な騎士だから心配ない。今頃は王都に連れて行かれて事情聴取を受けているだろう。万が一取り逃がしていたとしても、俺が傍にいる限り君にはもう手を出させないから安心してほしい」


 その言葉にエミリアはほっとした。騎士団に入ることができている時点で、優秀なことは疑いようもない。エミリアを川に突き落とすことでアルバートをその場から遠ざけることが出来たとはいえ、2人の騎士相手に逃げ切ることは難しいだろう。


 それから、2人は揺れる炎を見つめながら言葉を交わした。騎士団での訓練の様子や、エミリアが最近読んだ本のこと、お互いの家族のことや好きな食べ物のことまで。しかし、エミリアは時間が経つにつれ、アルバートの表情が暗く沈んていくことに気がついた。


「アルバート様?」


 話している途中で考え込んだように黙り込んでしまったアルバートに躊躇いながらもその名を呼ぶ。するとアルバートはハッとしたようにエミリアを見ると苦笑して「ごめん」と謝った。


「どうかしたのですか?」

「どうって……?」

「なんというか……少し不安そう……いえ、何かを気にされていらっしゃるような気がして」


 今のアルバートの様子を適切に表す言葉が見つけられず、エミリアの言葉はしりすぼみになっていく。今の状況を考えれば、いくら訓練された騎士であるアルバートであろうと不安があるのは当然のように思えるし、これからのことで気にすることも多くあるだろう。ただエミリアはアルバートの様子から、漠然とだが彼の心を煩わせているのは何か違うものなのではないかと感じていた。


 アルバートはエミリアの言葉に何かを言いかけたものの、ギュッと口を引き結んで黙り込んでしまう。そして立ち上がると歩き出し、数歩エミリアがから距離を取った場所で振り返った。その瞳がひどく揺れているのを見て、エミリアは言葉を重ねることはせず、じっとアルバートが口を開くのを待つ。


「もしかしたら━━━━」


 しばしの沈黙の後に発された声は、ひどく震えていた。


「いや、もしかしなくても、君はこれからとても怖い思いをすることになると思う。でも、例え君がこれから起こることで俺のことをどう思おうと、きちんと君を家に送り届けるから……」


 いつになく早口で紡がれる言葉からエミリアが感じ取ったのは━━━━『怯え』だった。いつもの明るく茶目っ気があって自信たっぷりにエミリアを翻弄するアルバートとは違った姿に、エミリアの胸が締め付けられる。しかし、何がアルバートをこんなに不安にさせているのかわからず、エミリアは返す言葉を見つけられないまま紡がれる言葉を聴き続けることしかできない。


「忘れないでほしい。俺が君を愛しているということを。そして許してほしい。君を望んでしまったことを。俺は……俺は……」


 かける言葉は見つからない。しかし、今の姿を見ていられなくて、エミリアはアルバートを抱きしめようと立ち上がった。しかし、近寄ろうと一歩踏み出したところで「ダメだ!!」というアルバートの鋭い制止の声が飛んでくる。


「アルバート様……」

「それ以上、俺に近寄っちゃダメだ」


 エミリアが詰めた一歩の距離を取り戻すかのように、アルバートが一歩後ろへ下がる。


「どうして……」

「ごめん……もう時間なんだ」


 ━━━━そういって困ったように微笑んだアルバートの背後には、大きな満月が輝いていた。


思ったより前回から間が空いてしまいました……。


スローペースで申し訳ないのですが、気長にお付き合いください。

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