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23.攫われた令嬢

 薄暗い部屋の中で、エミリアは目を覚ました。


(痛い……)


 腹部の痛みを感じながら横たわったまましばらくぼんやりと目を開けていたが、自分が意識を失うまでの一連の流れを思い出し、ハッと我に返る。慌てて体を起こそうとしたものの上手くいかずに床に転がってしまい、そこでようやく自分が後ろ手に縛られていることに気がついた。


(私、攫われたんだわ!)


 自分が今置かれている状況を把握し、エミリアは震えた。寒いわけでもないのに身体が震え、カチカチと歯が触れ合う音が室内に響く。


(だめ……落ち着かなくちゃ!)


 気を失う寸前に味わった恐怖。殴られて痛む腹部。これからどうなるのかわからない不安。それらに押しつぶされないように、目を閉じて大きく息を吸っては吐くことを繰り返した。最初は無意味に思えた努力だったが、根気強く続けていると段々と身体の震えがおさまっていく。

 努力の甲斐あって少し落ち着きを取り戻したエミリアは、少しでも現状を把握しようと縛られたせいで上手く動かない上半身に四苦八苦しながらも体を起こした。それほど広くない室内には窓はなく、部屋の隅に火の灯ったランプが一つだけ置かれていた。室内にはいくつかの樽や壊れかけの棚が置かれている。長らく使われていないのか、床や棚の上にはうっすらと埃が積もっており、あまり衛生的とは言えない環境に顔をしかめた。


 その時、耳が部屋の外から聞こえたかすかな音を拾った。だんだんと近づいてくるその音は、おそらく足音だろう。エミリアが身構えると同時に勢いよくドアが開き、ランプを持った男が現れた。


「ようお嬢様。お目覚めか」


 ランプに照らされた顔は、エミリアをここまで攫ってきたキースのものだった。振るわれた暴力の記憶に再び震えだした体を、こぶしをぎゅっと握り締めて抑え込む。泣きもせずじっと自分を見るエミリアの姿に意外そうな表情を浮かべたキースは、ドアは閉めずにズカズカとエミリアのそばまでやってきた。


「泣き喚くかと思ったが、意外と肝が座ってんだな。まぁ、そちらの方が俺としても助かる。向こうに引き渡すまで余計な手間かけさせんなよ」

「ひ、引き渡すって……誰にですか?」

「さぁな。俺もよくは知らねぇよ。ただお前を攫って来いって雇われてるだけだからよ」

「…………」

「まぁ、俺は金さえもらえりゃ相手が誰でもいいしな」


 そう嘯くと、キースは品のない声でゲラゲラと笑った。そして、エミリアが逃亡しないようにしっかりと釘を刺す。


「明日の昼には移動して引き渡し場所に向かう。逃げようったってここは森の中だからな。オオカミの餌になりたくなかったら大人しくしてるんだな」


 その言葉に、エミリアは力なくうなだれた。


 その後、キースは一時的にエミリアの縄をほどき、食事を取らせ、お手洗いに連れて行った後、再び拘束して部屋に戻した。キースが去った部屋には再び静寂が戻る。その静寂の中でエミリアは先ほどのキースとの会話を反芻していた。


(キースは私を攫うように誰かに頼まれた。この誘拐は、最初から私を狙ったものなんだわ)


 単なる人身売買や、貴族を狙った身代金目的の誘拐ではない。エミリアを個人を狙ったのにはそれ相応の理由があるはずだ。


(ありそうなのは、アルバート様との結婚を望んでいる誰かが依頼したという可能性よね)


 名指しでエミリアが狙われる理由など、それくらいしか浮かばない。アルバートは結婚相手としたは社交界きっての有望株だ。アルバートの相手役として噂されているエミリアを邪魔だと思う誰かが、排除しようと極端な手を使ったというのは十分にあり得る話だった。


(アルバート様……)


 脳裏にアルバートの姿を思い浮かべた途端、エミリアの目に涙が浮かんだ。

 せっかくアルバートが満月の夜に共に過ごすことを約束してくれたのに、もう二度と会うことはできないのかもしれない。万が一救出されたとしても、誘拐された身であるエミリアがアルバートに嫁ぐことは出来ないだろう。

 心が絶望に染まりそうになり、エミリアはアルバートのことを無理やり思考から追い出すとその場に横になった。


(寝よう。明日に備えて休まないと……)


 もし今後逃げ出すチャンスが巡ってきた時に、寝不足の状態ではそのチャンスを無駄にしてしまうかもしれない。そう自分に言い聞かせて、エミリアはギュッと目を閉じたのだった。






 翌朝、エミリアは鳥のさえずる音で目を覚ました。こんな状況で睡眠をとることなど出来ないと思っていたが、いつの間にか眠ってしまったらしい。緩慢な動作で体を起こし、あたりを見回して攫われた事実が夢ではないことを確認して落胆する。


「おい! もう出るぞ!!」


 怒鳴り声と共に乱暴にドアが開いた。荒っぽい足取りで室内まで入ってきたキースは、状況を理解できないエミリアを無理やり立たせると、腕を掴んで逃げないように拘束したまま部屋から連れ出した。大きな足音が焦りを表しているようで、エミリアはキースにとって望まない事態が発生したことを悟る。


「ど、どこに行くのですか?」


 問いかけながら、エミリアは転ばないように必死に足を動かした。無視されるかと思ったが、キースはイラついた様子で口を開いた。


「追手が近くまで来てる。捕まる前に逃げるぞ。ちくしょう!! 早すぎるだろ!!」


 その言葉を聞いて、エミリアの胸に希望の光が灯った。昨晩からエミリアの前に姿を見せるのはキース1人だけ。依頼人はいるとしても、誘拐は単独での犯行だったのだろう。追手が追いつけば、たった1人でエミリアと共に逃げおおせることは難しい。助かる可能性は高いかもしれない。


 キースに連れられて外に出て、エミリアは今まで自分たちがいたのが、森の中にあった小屋であったことを知った。外壁のところどころに蔦が伝う小屋を後にしたキースは、迷いない足取りで森の中を進んでいく。しばらく進んでいったところで目の前が開け、エミリアは差し込む日の光の眩しさに思わず目をつぶった。


 たどり着いたのは、森の中を流れる川だった。川辺の木には馬が繋がれており、見覚えのあるその馬はスタイン伯爵家の馬車をひいていた馬だ。どうやら、逃亡に使用するためにここに繋いでおいたようだ。


 馬に乗せられてしまえば、追いつくことが難しくなる。絶望しかけたエミリアだったが、響き渡った声にハッと顔を上げた。


「エミリア!!!」


 まさかと思って振り返ると、木々の間から人影が飛び出してきた。それが誰かわかった瞬間、エミリアは思わずその名を叫んだ。


「アルバート様!!!」


 キースが忌々しそうに舌打ちをして剣を抜く。アルバートは立ち止まると険しい顔でキースを睨みつけた。


「彼女を離せ」

「嫌だね。大事な大事なお嬢様を失いたくなかったらそこから動くなよ」


 そう吐き捨てるとエミリアの喉元に剣を添え、アルバートを睨んだまま、ジリジリと馬を繋いでいる方へと後退する。

 5歩ほど後ずさったところで、アルバートと対峙するエミリアたちの背後からガサガサという音と共に2人の騎士が木々の合間から現れ、キースと馬の間に立ちふさがった。逃げ道を塞がれたキースはアルバートと後から現れた2人の騎士を見て、今度は川の方へと後ずさる。背後の川はまだ昨日の雨の影響が残っているのか、濁流というほどではないものの、水は濁り、流れも速い。とてもじゃないが人質を抱えたまま渡れるような状態ではなさそうだ。


 キースとの距離を、剣の柄に手をかけた状態でジリジリとアルバートと2人の騎士は詰めていく。もう後には下がれないところまで追い詰められたキースに、アルバートは投降を促した。


「観念しろ」

「やなこった!!」

「3対1だ。抵抗しても無駄なことはわかっているだろ」


 アルバートの言葉にエミリアを拘束するキースの腕に力が篭った。そして「報酬は惜しいが仕方ねぇ」とエミリアにだけ聞こえる声で呟く。


「お前の言う通り、俺にはもう勝ち目がねぇ。3対1ならな……。ただ、2対1ならどうかな!」


 笑いながらそう言って、キースはエミリアを川へと突き飛ばした。予想もしていなかった衝撃に、エミリアの体はあっけなく川へと放り出される。


 川に落ちる寸前にエミリアの目に映ったのは、驚愕の表情を浮かべたアルバートの姿だった。


 バシャンと派手な水音が辺りに響いた。後ろ手に縛られていたエミリアは満足にもがくことすらできず、あっという間に流れの中に飲み込まれた。冷たい水が容赦なく口や鼻に流れ込み、あまりの苦しさに意識が遠のいていく。


「エミリア!!」


 ━━━━薄れゆく意識の中で、自分の名前を呼ぶ声と何かが飛び込んだような水音を聞いた気がした。

総合ポイントが300ptに到達しました。


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