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22.襲撃

 オオカミを見かけた夜から3日が経ち、エミリアは図書館を訪れていた。

 本当は昨日来ようと思ったのだが、激しい雨が降っていたので諦めたのだ。一夜明けた今日は、地面が所々ぬかるんではいるものの、昨日の天気が嘘の様な快晴だった。


 今回の目的は狼男やロペス侯爵家の情報ではなく、借りた小説の返却だった。借りていたのは去年話題になったもののまだ読んでいなかった冒険記や恋愛小説だ。アルバートに関してある程度の推測を固めたエミリアは、もう色々と調べることを止め、純粋に読書を楽しむ日々を送っていた。


 図書館を出て空を見上げると、少しずつ日が傾き始めていた。返すついでに読みたい本が他にないか見て回っていたのだが、思ったよりものんびりしてしまったと反省し、待たせていた護衛に声をかける。帰宅する旨を告げたエミリアの言葉を受けて、護衛のうち1人が別場所で待機させていた馬車を呼びに行った。


 以前に『吸血鬼の涙』の中毒者に襲撃された一件と服用者が増えている現状を踏まえ、外出時の護衛は1人増えて2人になっていた。馬車を待つエミリアの横にいるのは、昔からスタイン伯爵家に仕えてくれていて先日エミリアが襲われた際にも共に行動していた護衛のトーマスだ。馬車を呼びに言ったのは1ヶ月ほど前から雇い始めたばかりの新しい護衛だった。図書館の中には見回りの警備の者がいるのでついてくることはなかったが、外出時は基本的にずっと共に行動している。堅苦しさを感じるが、こればかりは仕方がない。


 それほど時間をかけず、馬車はエミリアの待っている場所までやってきた。御者と共にそれほど遠くない場所で待機していたのだろう。馬車を引く馬が、少し得意げにも見える表情でエミリアを見つめていた。

 やはりあの夜オオカミは馬を襲わなかったようで、伯爵家が所有する馬たちは翌日様子を見にいったエミリアをいつもと何ら変わらぬ様子で出迎えてくれた。念の為馬丁にもいつもと変わったことはないか確認したが、特に興奮した様子もなく落ち着いているということだったので、あのオオカミは馬たちの近くには近寄りもしなかったのだろう。


「帰りもよろしくね」


 エミリアの言葉に、馬は「任せておけ」と言わんばかりブルンと鼻を鳴らした。






 にわかに外が騒がしくなったのは、エミリアが馬車に揺られ始めてから10分ほど経ったころだった。怒鳴り声のような声と女性の悲鳴が聞こえ、何事かと身構える。ややあって馬車がゆっくりと停車し、トーマスの声が聞こえた。


「どうやらこの先で何かもめているようです。様子を見て、場合によっては仲裁してまいります。キースが残りますのでご安心ください」

「わかったわ。気をつけて行ってきてね」


 キースというのは、新しく雇った護衛の名だ。エミリアが了承すると、トーマスが馬車から遠ざかっていく気配がした。


(2人居るとこういう時に助かるわね)


 もし護衛が今まで通りトーマス1人だったのなら、また違った対応を取らなければならなかっただろう。基本的には平和な街だが、民間人同士の諍いがないわけではない。悲鳴を上げた女性が怪我をしていなければいいと思いながら、エミリアは馬車の壁にもたれて目を閉じた。その時━━━━。


「ぎゃあ!!」


 すぐそばで男の悲鳴が上がったかと思うと、ドスンと鈍い音がした。体を強張らせたエミリアの耳に届いたのは、切羽詰まった男の声だった。


「お嬢様! ひとまず安全なところまで馬車を走らせます!!」


 そして、馬の嘶きと共に勢いよく馬車が動き出す。エミリアは突然動き出した馬車の勢いで壁に背を打ち付けてしまい、小さく悲鳴を上げた。突然のことで状況が全くわからないが、何者かに襲撃されたのだろう。まだ戻ってきていないだろうトーマスが心配になったが、エミリアに何ができるわけでもない。きっと大丈夫だと自分に言い聞かせ、激しく揺れ始めた馬車の揺れに舌を噛まない様に口を閉じて馬車の壁に縋り付いた。






 どのくらいの時間がたったのだろう。壁や椅子に縋り付く元気もなく、ただ激しい揺れに身をまかせることしか出来ないほど体力を消耗したころ、唐突に馬車が止まった。


「う……」


 震える体を叱咤して、エミリアはゆっくりと体制を立て直した。体のあちこちが痛む。痛みに顔をしかめながら少しでもでも心を落ち着かせようと大きく息を吸い、吐く動作を繰り返す。5回ほど繰り返したところで、だいぶ落ち着きを取り戻したエミリアは、状況を確認しようと窓の外を覗き、そこに広がる光景に目を見開いた。


「……え?」


 思わず声を上げてしまったのは、窓から見える景色がエミリアの予想とは大きく違っていたからだ。馬車が止まったのは安全な場所に到着したからだと思っていた。想定していたのはスタイン伯爵家か自警団の詰所だったが、目の前に広がっているのはそのどちらでもない生い茂る木々の姿だ。


(ここ……どこ?)


 エミリアは嫌な予感を覚えた。なぜ自分は森の中と思われる場所にいるのだろう。キースか御者がこの場所を安全な場所として逃げ込む先に選んだのだろうか? そもそも━━━━。


(馬車が走り出す前に聞こえたのは、本当にキースの声だった?)


 スタイン伯爵家に勤め始めて日が浅いキースとは、まだあまりしっかりと会話を交わしたことはない。トーマスの声であれば聞き分けられる自信はあるが、あの時聞こえた声がキースの物だったかどうかは自信がなかった。


(もし、馬車のそばで聞こえた悲鳴こそがキースの物で、ここまで一緒に来たのが全く別の者だとしたら……?)


 最悪の想像に身を震わせる。あの時の声がキースの物であれば、この馬車の外にはキースとこの馬車の御者がいるはずだ。しかしそうでなければエミリアはとても危険な状況に陥っていることになる。


 その時、エミリアの背後でガタガタという音がした。恐る恐る振り向くと同時に馬車のドアが開き、1人の男が現れる。


「キース……」


 見覚えのある顔に、エミリアはほっと胸をなでおろした。しかし、その顔に浮かぶ表情にすぐに安堵は恐怖に変わる。


「さあ、行こうかお嬢様」


 キースの顔に浮かんでいたのは、昼間エミリアを護衛していた時とは全く違う、ギラついた笑みだった。


 上げかけた悲鳴を飲み込んで、エミリアはキースから距離を取ろうと後ずさった。しかし馬車の中では逃げることもできず、すぐに背中が壁にぶつかりドンと音を立てる。


「逃げても無駄だ。ここには俺とお前しかいない」


 そう言ってキースはエミリアの腕を乱暴に掴み、引っ張った。抵抗したエミリアだったが力の差は歴然で、あっという間に馬車の外に引きずり出されてしまう。


「やめて! 離して!!!」


 逃げようともがくが腕を掴む手の力は強く、全く緩まない。そのうちに足を滑らせて転倒し、立ち上がりかけたところを羽交い締めにされ、森の奥へと強引に連れていかれる。それでも諦めずに抵抗を続けていると、キースが苛立った様に舌打ちをした。


「ちっ……! 大人しくしろ!!」


 怒鳴り声の直後、突き飛ばされ倒れこむ。痛みに呻きながらも必死に立ち上がったエミリアは、直後に腹部に重い衝撃を感じた。肺の中の空気が一気に口から吐き出され、ズルズルとその場にへたり込む。


(助けて……、誰か……)


 痛みと息苦しさで意識が遠のく中、エミリアが最後に見たのは自分に暴力をふるった男の背後に輝く、昇り始めた月の姿だった。

更新ペース落ちてて申し訳ないです。


あと数話でひとまず一章完結です。

年度末で仕事がバタバタし始めてますが、頑張ります!

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