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19.行き遅れ令嬢からの提案

「えっと……これは……」


 ある晴れた日の午後、エミリアはアルバートから渡されたものを困惑しながら見つめていた。対するアルバートは満面の笑みだ。


「どう? 気に入った?」


 アルバートの背後にブンブンと振られる尻尾の幻影を見た気がして、エミリアは軽いめまいを覚える。


 ━━━━彼女の腕に抱えられていたのは、くったりとした大きなオオカミのぬいぐるみであった。






 時はほんのすこし前に遡る。


 自室で読書に勤しんでいたエミリアは、にわかに階下が騒がしくなった気配を感じ、本から視線を外した。しばらくして「お嬢様、アルバート様がお越しです」とヘレナから声をかけられ、突然の来訪に首を傾げながら本を置いて階下へ向かう。


「エミリア!」


 応接間に入ると、エミリアの姿を認めたアルバートがパッと顔を輝かせ、今まで彼の対応をしていたであろう執事はほっとした表情を浮かべた。挨拶を返し、執事に下がってもいいと告げたエミリアだったが、アルバートの向かいに腰を下ろした瞬間、彼の横にあった『あるもの』に目線を奪われた。


(あれは何……?)


 アルバートの横にはやたら大きな包みが鎮座していた。エミリアの目線が包みに向いていることに気がついたアルバートがにっこり笑いながらそれを差し出す。


「急に訪れてすまない。どうしても今日のは直接渡したくて」

「あ、はい……ありがとうございます。開けてみてもいいですか?」


 アルバートが頷いたのを確認してから包みを開けていく。アルバートのプレゼント攻撃はあれから途切れることなく続いていたが、どうやら今日は直接渡しに来たことといい、大きさといい、特別らしい。


 包みをある程度開け、顔を出した「それ」にエミリアは自分の目を疑った。手早く開封作業を終え、全貌を確認したエミリアが発したのが冒頭の台詞である。


「以前君に会った時に、寝ている時に抱いているクッションがだいぶくたびれて、新しいものにしようかと思っていると言っていたから用意してみたんだ」


 アルバートの言葉にエミリアは過去に彼に言った自身の言動を思い返し、彼と図書館で会って夕食を共にした帰り道での会話に思い至った。スタイン伯爵家へと向かう馬車の中で、たしかに欲しいものを聞かれてクッションの買い替えを検討していると口にした気がする。


(いや、でも、だからってこれは……)


 エミリアは大のオオカミ好きではあるものの、その趣味が淑女として一般的ではないことは十分承知している。かわいらしくデフォルメされてはいるものの自分以外に需要があるとも思えないこのぬいぐるみは、もしかしなくても特注品なのではないか。しかも瞳の色は金色で、どことなくあの狼男を連想させる。


 おそるおそる抱きしめてみると、程よい抱き心地で、生地の質感も触れてほっとするような心地よいものだ。エミリア以外に需要があるかどうかはともかく、ものとしてはとても良い商品であるらしい。何よりかわいい。


「使ってくれるだろうか?」


 アルバートにそう尋ねられ、エミリアは少しの沈黙の後、こくりと頷いた。

 驚きはしたし、21歳にもなって動物のぬいぐるみを抱きしめて眠ることに抵抗がないといえば噓になる。しかしせっかく用意してくれたアルバートの気持ちを無駄にはしたくないし、使い慣れてしまえば、今使っているものよりもずっと使い心地はよさそうだ。


 エミリアが頷いたのを見てほっとした表情を浮かべたアルバートは、直後、エミリアを硬直させる一言を放った。


「そういえば、夜会の時に聞きそびれたけど、クリス・エヴァンズとはどういった関係?」


 エミリアの背をたらりと冷や汗が伝い、ついぬいぐるみを抱く手に力が入る。夜会の時には、あの騒動が起きたこともあって深く聞かれなかったので、アルバートの中でさして引っかからなかったのだろうと思ったのだが、そうではなかったらしい。


「彼、ベルノルトの友人だよね。どうしてあんな風に親し気だったのかな?」


 先ほどと同じく笑みを浮かべているアルバートだが、なんだかその笑みに得も言われぬ迫力を感じる。

 クリスは騎士団の人間ではないので、ベルノルトと親しいことも知られていないのではと思っていたが、その考えは甘かったようだ。どう説明しようかと思案したエミリアだったが、クリスと知り合った経緯に特に隠すようなことはないと思い直し、正直に告げることにした。


「エヴァンズ卿とは、フェルゼンシュタイン卿との一件があった夜会で知り合いました。確かに彼はフェルゼンシュタイン卿の友人ではありますが、あの日は私が困っているのを見かねて、ブランドン卿を呼んできてくださったんです」

「ミハエルを?」

「ええ。おかげでとても助かりました」


 あの時、クリスがミハエルを呼んでくれなかったら、エミリアはそのままベルノルトにテラスまで引きずられていただろう。エミリアの言葉にアルバートは暫く考え込んでいたが、ややあって少しすねたような表情で口を開いた。


「ジュース……」

「え?」

「ジュースがどうとかっていうのは?」


 エミリアは驚いた。あの時、エミリアとアルバートの間にはそこそこの距離があり、アルバートも別の参加者と会話をしていたから、まさか聞こえているとは思わなかったのだ。そんなに大きな声で話していただろうか、と自分の行動を反省する。


「図書館で偶然お会いしたときに、フェルゼンシュタイン卿が迷惑をかけたからとご友人として謝罪を受けました。口頭の謝罪だけでは気が済まなかったようで、お詫びとして送って下さったんです。ただそれだけですよ。」


 まっすぐ見返すエミリアの視線に、嘘がないことがわかったのだろう。アルバートは大きく息を吐くと、「わかった。ごめん」と呟くように言った。


「こちらこそ、心配をおかけして申し訳ありません。たしかに、フェルゼンシュタイン卿のご友人と話していたら何かいじわるをされているかもと思われてしまいますよね」

「え? あぁ、うん、まぁ、それだけじゃないけど……そういうことにしといて」


 歯切れの悪いアルバートの返答に疑問を覚えたエミリアだったが、本人があまり触れてほしくなさそうだったのでそれ以上の言及は避けた。その代わりに、ここ数日考えていた『提案』を口にする。


「あの、話は変わりますが……私からアルバート様にお願いがあります」

「なんだい?」

「兄が言うには、王都の近くにとても夜空がきれいに見える場所があるんだそうです」


 話が見えないのか、アルバートが怪訝そうな顔をする。構わず、エミリアは続けた。


「普段ももちろんですが、特に満月の夜がとても美しいそうで……。行ってみたいと兄に頼んだのですが、忙しいと断られてしまいました。でも私、どうしても見たいんです。だから────」


 そこで一呼吸置いて、エミリアはアルバートの目をしっかりと見据えた。


「一緒に行っていただけませんか。満月の夜に」


 アルバートが息を飲む音が聞こえた。見開かれた彼の目を見たまま、さらに言葉を重ねる。


「行っていただけるのであれば、私、アルバート様からの求婚をお受け致します」


 しばしの間、室内に沈黙が満ちた。アルバートはエミリアをじっと見つめたまま動かない。エミリアも、視線を外さずにアルバートを見つめ続けていた。

 次に口を開いたのはアルバートだった。


「怖い思いをすることになるかもしれない」

「大丈夫です。アルバート様が一緒ですもの」

「君を怯えさせるのは俺自身かもしれない」

「ありえません。()()()()()()()()()?」


 にっこりと微笑むと、アルバートがくしゃりと笑った。


「……わかった。考えておこう」


 どこか泣き出しそうなその表情に、エミリアは素の彼自身を見た気がした。





 その日の夜、エミリアは自室でアルバートからもらったぬいぐるみを抱いたまま思案にくれていた。


 満月の夜に会いたいというエミリアの願いを、アルバートは検討すると言ってくれた。実現すれば、少なくとも彼が狼男なのかそうでないのかははっきりするだろう。もし違ったとしても、彼の求婚を受けるという宣言を覆すつもりはエミリアにはない。


 そういえば、次の満月はいつだろうか。

 そう思って月を見ようと窓のカーテンを開けたエミリアだったが、窓のすぐそばの木の枝にいた「何か」と目があった。


「ひっ!!」


 そこにいたのは一匹のコウモリだった。思わずひきつるような悲鳴が口をついて出たが、驚いたのはコウモリの方も同じだったようだ。ビクリと身体を震わせると、バサバサと翼をはためかせてぶら下がっていた枝から飛び立つと、闇夜の中へと消えていった。


「お嬢様!! どうされました!? 入ってもよろしいですか!?」


 エミリアの悲鳴を聞きつけたのだろう。いつもよりも強く扉を叩く音と共にヘレナの声が聞こえた。バクバクと音を立てる心臓を抑えながら入室を許可すると、ガチャリとドアが開いて心配顔のヘレナが顔を出す。


「ごめんなさい、大したことじゃないの。カーテンを開けたらすぐ近くにコウモリがとまっていて、驚いただけなのよ」

「コウモリ……ですか?」


 エミリアの言葉に眉をひそめたヘレナはカーテンの開いた窓に近づくと、おそるおそるといった様子で外の様子を伺った。ひとしきり見て異常がないことを確認すると、サッとカーテンを閉め、エミリアを安心させるように微笑んで見せる。


「もういないようです。それにしてもコウモリだなんて……なんだか嫌ですね」


 ヘレナの言葉に「そうね」とエミリアは頷いて同意した。遠くの方を飛んでいるのを見かけたことはあるが、こんなに至近距離で見たのは初めてだった。今まで家の敷地内に居たことなどなかったのに、どうしたのだろう。それとも、ただ今までエミリアが気がつかなかっただけなのだろうか。


(コウモリって……。今はどうしても『吸血鬼の涙』のことを思い出しちゃうわよね)


 吸血鬼の眷属として一番ポピュラーな生き物から連想された薬の名にざわつく胸を抑えようと、エミリアは手にしていたオオカミのぬいぐるみをしっかりと抱きしめたのであった。

ブックマークが50人以上になりました。


めちゃくちゃ嬉しいです!

ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しく作品を読ませて頂いてます。アルバートとエミリアの関係がこれからどうなっていくのか気になります!更新待ってます~
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