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1.行き遅れ令嬢はオオカミがお好き

 夜会から帰宅し自室に入ると、エミリアは大きなため息を吐いた。


「お嬢様、お疲れ様です」


 侍女のヘレナが苦笑しながらドアを閉める。

 気心知れた間柄である侍女を前に、エミリアは口をとがらせた。


「……もう行きたくない」

「そう言われましても……。いつかお嬢様の良さを分かって下さる方が現れますから、それまで頑張ってくださいませ」

「このまま待っていたらきっとおばあちゃんになっちゃうわ」

「そんなことはございません。きっとすぐに現れます」

「……」

「……お嬢様」

「はーい。わかりました。頑張ります」


 諭すヘレナの言葉を、不満げにしながらも受け入れる。エミリアだって、せっせと夜会に行き結婚相手を探すことが自分にとって今一番重要な責務であることは承知している。だからこれは昔なじみの侍女への甘えなのだ。他の侍女にはこんな態度は取れない。


 エミリア・スタインはイーリス王国で爵位を持つスタイン伯爵家の令嬢だ。

 穏やかで真面目な父と少し体は弱いが明るくて優しい母、その母によく似た面差しの兄と一緒に暮らしている。

 スタイン家は領地も実績も決して華やかとは言い難いが、その実直な仕事ぶりで爵位を繋いできた古くからある伯爵家で、爵位は5つ年上の兄が継ぐため、エミリアは小さいころから他家に嫁に行くことに関しては覚悟していた。


(でも、肝心の相手が見つからないのではね…)


 心の中で、またひとつため息をつく。社交界にデビューしたばかりの頃は楽しめていた夜会も、21歳という『行き遅れ』と言われる年齢になってしまった今では憂鬱でしかない。


(まぁ、好感を持てない相手との結婚生活よりは、居心地の悪い夜会の方がマシだけど…)


 幸い、スタイン家は政略結婚により他家からの援助を必要とするような状況ではないため、エミリアの両親はエミリアを無理にどこかに嫁がせることもせず、また相手を見つけられないエミリアを責めることもない。家によっては、妻に先立たれた年の離れた貴族の元へ後妻として嫁ぐこともあるというのに、ありがたい話だと思う。しかし、やはり心配はしているらしく、エミリアが出席できそうな夜会を探してきては、参加を促すのであった。

 エミリアとしては、夜会であまりいい思いをしないと今までの経験から悟っていても、両親の気持ちを考えると参加しないという選択肢は選べない。『若さ』という武器が使えるうちに勝負をつけられなかった自分の所為なのだと心に言い聞かせ、ヘレナの手を借りて自分を飾り立てては夜会に赴くことを繰り返していた。


「せめてこの髪の色じゃなければ、こんなに苦労しなかったかもしれないのに」


 そう言いながら、エミリアは自分の髪の毛を一房つまむ。

 エミリアの髪はこの国では珍しい月白━━━薄い青みを含んだ白色だ。両親どちらとも違う髪の色に「母親の浮気相手の子」と陰口をたたかれることもあるが、父方の祖母が月白の髪の女性だったので、おそらく祖母に似たのだろう。

 祖母はエミリアが12歳の時に亡くなっている。他国から来た踊り子で、祖父とは身分差のある大恋愛だったそうだ。他国の踊り子らしく、この国の貴族の型に嵌らないところもあったが、チャーミングな祖母がエミリアは大好きだった。本来なら大好きな祖母とお揃いの髪色を悪くなど言いたくはないが、夜会に出る度にあびる不躾な視線に、すっかり心は荒んでいた。


「私は好きですよ。とても美しいじゃありませんか」

「ありがとう。あなたがそう言ってくれるだけでだいぶ救われるわ」

「お嬢様の髪を美しく結うのが私の楽しみなんですからね」

「あら、じゃあ次の夜会も頼りにしてるわ」

「任せてください!」


 大げさに請け負ってみせるヘレナの言葉にエミリアは微笑む。

 何かと自信を無くしがちなエミリアにとって、自分のことを肯定してくれるヘレナの存在は何よりの救いだった。





 ヘレナに手伝ってもらいながらドレスを脱ぎ、湯浴みを済ませ、寝巻きに着替える。ベッドに腰掛けるとエミリアはベッドサイド置いてあった1冊の本を手に取った。


「あら、今からお読みになるんですか?」

「むしゃくしゃしてる気持ちを落ち着けたいの。幸い明日は早く起きなくてもいいし、ほんの少し夜更かしさせてもらうわ」

「わかりました。明日はいつもより遅く御仕度の準備に伺うよう、朝の当番の侍女に伝えておきますね」


「ありがとう」と礼を言って本を開く。『狼男と月の女神』と背表紙に書かれた文字を見て、その本が主人が幼少時より好んで読んでいる童話だと知っているヘレナは微笑んだ。


「お嬢様は相変わらず、オオカミがお好きですね」

「だって、私にとってはヒーローなんだもの」


 エミリアのオオカミ好きは伯爵家では知らぬものはいないほど有名だ。

 さすがに外で公言することはないが、自室の中にはオオカミに関連したものがいくつか存在する。

 ベッドに寝転がる大きめのオオカミのぬいぐるみは、珍しくエミリアがワガママを言って作らせた特注品で、枕カバーにはエミリア自身が考案したオオカミをモチーフにした刺繍が施されている。

 ちなみにオオカミのモチーフの刺繍は、今日夜会に持っていったハンカチにも施されていた。


「そういえば、今日はロペス侯爵は夜会にいらっしゃらなかったんですか?」


 表紙に書かれたオオカミのイラストをうっとりと見つめていたエミリアだったが、ヘレナの問いに眉尻を下げ、首を横に振った。


「今日はいらっしゃらなかったわ。王宮に他国の王族の方がいらしているみたいだから、お忙しいのではないのかしら」

「そうですか。残念でしたね」

「仕方ないわ。それに、別にいらっしゃったところでお話しなんてできるわけもないもの」

「わかりませんよ」

「わかるわよ。私みたいな行き遅れがお話しできる方じゃないの」


 強情なエミリアの様子に肩をすくめる。長い付き合いから主人が意見を変えることはないと知っているヘレナは「それではお嬢様、おやすみなさい」とそれ以上会話を長引かせることなく退出していった。


 1人になったエミリアは手にした本を読み始める。

 小さい頃から何度も、それこそ暗唱できるほどに読み込んでいる本だが飽きることはない。


 物語の主人公は、月夜の晩にオオカミになってしまう力を持つ男だ。

 自身の力をコントロールできずに周りから孤立し悩んでいた男が、月の女神に出会い、自身の力を使いこなせるようになる。

 そしてその力を使って村を襲う危機から村人たちを救い、最後には感謝されて村を収めるまとめ役になった、というサクセスストーリーになっている。

 この国では知らない人がいないほど有名な童話だ。


 子供向けの童話なので、それほど時間をかけずに読み終わり、明かりを決して布団の中に潜り込む。

 目を閉じたエミリアの脳裏に浮かぶのは、ロペス侯爵━━━━アルバート・ロペス。

 狼侯爵の異名を持つ、今まさにエミリアが手にしている童話の主人公である狼男が祖先だと言われている男の姿だった。


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