夢の始まり。小人の描いた大きな夢 後半戦
投稿時は令和ですが作中(執筆時)は平成です。転成したら平成だった件(そこは手直しせず
「戦力を集める」
真那花が高校一年生で優勝を狙う以上、やはり現在の三年生が主力となっている高校よりは、二年生が主力となっている高校に入るのがベターだ。
それでいて、一年でもメンバーに入れるチャンスのある高校。
部員の多い強豪校で実績のない真那花たちが一軍に上がった頃には、インハイもう終わってましたでは意味がない。
最終目標は皇后杯優勝だから冬まで時間はあるが、その前提として真那花がメンバーとしてインターハイ優勝を経験している必要がある。
何もインターハイ優勝だけが皇后杯出場の条件という訳ではないが、真那花の夢を達成するにはインターハイ優勝は欠かせない。
そして、スポーツ推薦が望めないため、真那花や凛の学力で入れる高校。
尚且つ、実家から通える位置の高校。
寮生活などしていては、ルームメイトに気を遣うわ消灯時間もあるわ門限もあるわで、何かと時間を制限されてしまう。
更に、有望な新入部員が他にも入る可能性の高い高校。
皇后杯はウィンターカップが終わってすぐだが、実質高校に入って九ヶ月以上も先になる。
それだけあれば、実力のある選手なら大学生や社会人相手でも活躍出来るようになるかもしれない。
師匠も言っていた。
パフォーマンスを左右するのは目標値の設定だと。
技術を習得する際に目標が低いと、当たり前のレベルも低くなる。
皇后杯に参戦するチームのコメントを見れば分かるが、優勝を意識したコメントをしているのは女子日本リーグ機構のチームでも半分くらいである。
他は胸を借りるだの精一杯頑張るだの、良く言えば現実を見ていて謙虚な、悪く言えば競争心に乏しく非挑戦的な意見ばかりだ。
当たり前のレベルが低い九ヶ月を過ごした者と、当たり前のレベルが高い九ヶ月を過ごした者。
その技術には、量、質共にいったいどれだけの差が生じるだろうか。
現在の二年生が主力で、一年からレギュラーを狙えて、揃って入学出来る、実家から通える範囲の有望株の集う高校。
「そんな高校あるか?」
不安に駆られながらもネットと人脈と足を駆使し、真那花は何とか殆どの条件をクリアする高校を探し出した。
私立水無神楽坂学園高等学校。
近年力をつけてきた高校で、県内女子バスケットでは四強に数えられるも、四強では一番の新参者のためか部員は多くない。
仲の良い先輩の話では、勝ちに拘る実力者たちは他の三強へ、身体を動かす目的で楽しむ程度なら練習の楽な高校へと、それぞれ別れるらしい。
学力は女子は中の上から上の下──最近共学校になった元女子校で、男子の偏差値はより高い値を求められている──で、十分合格圏内である。
場所は真那花や凛の地元の県ではないが、県境に建っているため近くもないが遠くもない。
主力は県ナンバー1PGを擁する二年生たち。
問題があるとすれば、有望な新入部員が他に入る可能性は低いという一点のみだが──。
幸運なことに、一人は既に当てがある。
「それに──、私は待ってるだけの女じゃねえぜ」
パソコンの画面上のとあるサイトを確認した真那花は、来る日に向けて準備を始めた。
────あくる日、真那花はスポーツ推薦資格を得るためのテストを行うという、女バスで県トップと名高い、隣県にある私立俊英東学園高等学校の会場に来ていた。
(思った通り、関係者と思しき外野がいるいる。おかげで怪しまれずに潜り込めたな。ラッキー♪)
バスケットはチームスポーツだ。
監督の方針次第では、実力のある選手でも眼鏡に適わないこともある。
そんな、実力はあってもそのチームには合わなかった人材への接触が、本日の真那花の目的だった。
(うめぇ~)
流石は県トップというだけあって、テスト受講者のレベルは高い。
(やっぱ、寒い冬にはおしるこだな♪)
尤も、先程の真那花の感想は集まった選手へ向けたものではなく、両手で握った缶へ向けてのものだったが。
(ん~、なかなかいないな)
目標が目標なだけに、真那花の基準値は高い。
ずっと皇后杯優勝を目指して来た。
勿論、年齢で考えての上手さという基準もある。
だが、真那花が心から上手い! 凄え! と思うのは、既に女子日本リーグ機構の中にあってそうと言えるレベルに達している。
(マジかよ……)
そんな中、真那花の背筋にゾクッと戦慄が奔った。
(何だか分かんねーけど、凄え怖い。逃げ出したい)
真那花の眼に留まったのは、対面の外野にいるダイヤモンドのように硬い雰囲気を持ちながら全てを包み込むかのような超豊乳を持つスタイル抜群な美少女──。
そして、その傍らにいるゴスロリファッションに屋内で黒基調の日傘を差し、病的なまでの白い肌を持つ紅い瞳の小学生と思しき銀髪の少女だった。
脳が全力で拒否しているために今まで気がつかなかったのか、銀髪少女の存在感は希薄でありながら一度気付けば濃厚過ぎて重い。
その時、真那花と銀髪少女の目が合った。
「ぁ──っ」
最初、見た目の年齢からはかけ離れた妖艶な笑みを浮かべた少女。
目元が悪魔のようにニヤリと歪む。
それを見て叫びだしそうになるのを、両の腕で身体を抱え、必死に堪える真那花。
次の瞬間、急に身体が軽くなった。
「え?」
表情を戻して視線を外した少女から感じる重さが、不思議な程感じられなくなっている。
(とりあえず助かった)
気を取り直して、真那花は再びテストを受けるプレイヤーたちに視線を移す。
今度は意識して少女から意識を外した。
思った以上に時間が経過していたのか、テストは次の段階へ移っていた。
(あのロングヘア。ちょっと違うな。上手くはないけど凄え)
髪の長くない者の方が多いバスケットにおいて、膝まであろうかという長髪だけでも目立っている少女。
技術はそうでもないのに身体能力が格別で、集まった受験者の中では飛び抜けている。
技術とて、真那花だからそうでもないと感じたに過ぎない。
(欲しいけど、この様子じゃ当確かな)
そう思った矢先のこと、この高校の監督と思われる女性と何か言葉を交わし始める少女。
どうやら監督に話し掛けられたようだが──。
真那花や周囲が気を向ける中、少女は唐突に、正面から監督の胸を揉んだ。
「──は?」
あまりのことに少々反応の遅れた真那花に続き、周囲の反応も停まった。
それはもう、時が凍ってしまったのではないかと勘違いする程に、活発な場の雰囲気から一転した見事な停止っぷりである。
少女が手を止めずに何かを言い、監督がキレたのが遠目でも分かった。
有力選手の、まさかの失格。
(こりゃ、チャンス到来だな♪)
いきなり胸を鷲掴みにした変態プレイヤーへの気後れなど微塵も持たず、真那花は一足先に外へ出向いてその人物を待つ。
だが、その人物を視界に捉えた瞬間、同時に足を一歩踏み出した真那花は思わずたたらを踏んだ。
「あら?」
用のある人物の隣にいた、グラドルも裸足で逃げ出す豊乳美少女──。
その美少女と親しげに手を繋いだ銀髪の少女の紅い瞳が真那花を捉え、薄い唇を開いて秘める毒々しさを高い音で塗り潰したような蟲惑的な軽音を響かせた。
「知り合いか?」
「違うわ凪巴。ただ面白そうな玩具を見つけただけよ」
変態プレイヤーの問いに答えた銀髪少女の内容も、ちょっと普通ではなかった。
「ども。玩具は遠慮したい星仲真那花です」
気後れしていても始まらないと、真那花は思い切って踏み込んだ。
「ふむ。良く分からないが、自己紹介をされたからには応えないといけないな。大王凪巴だ」
「──如月香澄よ。この娘は妹の煉香」
「クスクス。はじまして真那花。言っておくけど、お姉ちゃんに変なことしたらダメよ。下手しなくても壊しちゃうから♪」
何でもなく終わる筈だった、たて続けの自己紹介の最後に不穏な発言が投下され、真那花の背中を冷や汗が伝う。
(金と銀の間っぽい白金色の髪と深い銀髪、顔立ちは両方小顔だけど似てねぇのに姉妹か。姉の方は掴めないけど、妹の方は対峙するとマジ怖ぇ。眼の奥がデフォで一線越えてる気がする。発言が冗談に聞こえねー!)
「まあ用があるのは凪ぃの方だから多分大丈夫?」
それでも最初に感じた重さがないということは、自分に関しては現状害されることもないだろうと、真那花はサッサと本題へ繋ぐ。
「ふむ……、私に?」
慣れない呼び名に少し戸惑うも、早くも構わないと結論を出した凪巴は先を促した。
「ああ。ちょっと時間貰うぜ」
真那花は自分たちの今後の展望について説明する。
個人的な理由で次のインターハイ優勝と皇后杯優勝を目指していること。
そのための戦力を集めていること。
話を聞いている凪巴の感触は、初対面でも分かる程に好感触だった。
「気に入った。バスケの中にあって、この歳で先達と雌雄を決する覚悟も勿論だが、平成に名を残すというのがまた面白い」
皇后杯優勝を高校が飾ったのは昭和、しかも前半のみで平成に入ってからは一つもない。
それを成し遂げようとする真那花の心意気と行動力に、凪巴は感銘を受けた。
「へぇ、真那花ったら随分思い切ったことをしたものね。そのために他校へ入学しようとする受験者たちをスカウトしに来るなんて。クスクス、とんだ策士もいたものだわ」
煉香がそれは可笑しそうに、面白い見世物を上から眺めるように身体をくねらせる。
「ふむ。当初とは違う縁に繋がったが、いいか香澄?」
「別に構わないわ」
凪巴の確認に、香澄は無表情で返す。
だが、香澄がダメな時にはっきりノーと示すことを凪巴は知っていた。
「そうか。では、不肖この大王凪巴、共に皇后杯優勝を目指すとしよう」
故に、凪巴は自身の決定に従い、その道を選んだ。
「マジで即決!? サンキュー♪」
真那花としては、一次接触で肯定を貰えるとは思っていなかったので、驚きつつもノリで返す。
「ああ~、でも本当にいいのか? 自分でも割と雲を掴むような話だと思うんだが……」
とは言え、相手の将来にも係わることなので、自分の気持ちとは裏腹にもう一度確認を取る真那花。
「ふふ、確かにな。だが──、真那花もそこまで言うからには何がしかの寄る辺があるのだろう?」
そんな真那花に、凪巴はある種の確信を持って手の内を問う。
「まあな♪」
切り札に大いに自信のある真那花は、強気の笑顔で即座に言い切った。
「やはりな。なあ真那花、ものは相談なのだが──」
「うん?」
凪巴の挑戦的な瞳と真那花の視線が絡み、真那花は次の言葉を待った。
「その寄る辺、一度砕かれてみないか?」
「──で、今こうなっているのは非常にありがたいんだが……」
場所は私立水無神楽坂学園──通称水無学の、放課後の新体育館。
「あんたはまだマシでしょ。あたしや凪巴に香澄なんて両方だし、キツ」
冷たいタオルを顔に当てながら、初夢が疲労の声を上げた。
目下十分間の休憩時間中である。
「へへ、まあな♪」
真那花にとって渡りに船とも言える現状は、心身共に満ち足りたものだった。
「ひぃ、ひぃ、ふぅー。ひぃ、ひぃ、ふぅー」
「ラマーズ呼吸法にはまだ早いぞ深雪」
荒い呼吸を一定のリズムで繰り返す疲労困憊の深雪に、少々疲れた程度の凪巴がツッコミを入れる。
「ち、違いますっ」
「そう。てっきり予行練習かと思ったわ」
苦しい呼吸の合間に深雪が更に赤くなって必死で返せば、それをクールに流す香澄。
アシスタント・コーチでありながら練習にも加わっていた香澄はまだまだ余裕の無表情で、先輩たちも含めたメンバー全員の様子を見ている。
「みみんにゃ、元気らね」
一年生にとっては新しい戦術の詰め込み練習に、凛は身体も頭もオーバーヒート寸前だった。
それもその筈、日本リーグ機構に所属するチームの一つであるトヨタ自動車アルバルクで使われたこの戦術は、今までのバスケットとは考え方から違う。
そういう意味では、下手に今までのバスケットに精通した凛よりも、長くバスケットを離れていた深雪の方がまだすんなりと覚えることが出来ていた。
「これを身につければ試合に出れるし、やるっきゃねーぜ♪」
ベンチメンバーではない、祝試合出場メンバーを目指して、真那花が気勢を上げた。
「いい気合ね真那花。それじゃ、準備はいい?」
そう言って、いつの間にか真那花にアクセルバンドを繋いだ香澄が距離を空ける。
「あのぅ、香澄さん? 嫌な予感しかしないんですが……」
つい丁寧語になってしまった真那花。
普段は愛称──と言っても、真那花が勝手につけたのだが──である香澄んと呼ぶのに、雰囲気がそれを許さなかった。
「あなたのクイックネスは認めてあげるけど、スピードは普通より多少速い程度、つまりスポーツ選手としては並よ。後は……分かるわね?」
アクセルバンドスピードアップトレーナーというものがある。
自分だけでは出せない速さを体感し、未知の領域の速さに神経系を慣れさせるトレーニングだ。
あまりに速すぎるとブレーキがかかるので、引く側の加減も大切である。
主に陸上競技で用いられるトレーニングだが、香澄はそれをバスケット用にアレンジしていた。
「でもまだ休憩時k──んおおおおおおおっ」
ただし、負荷が大きいので、やり過ぎにはくれぐれも注意されたし。
区切りよさそうな所で(恐らく)毎日投稿していく予定です。誤字脱字やルビ振りミスのチェックで度々更新されるかもですが、一度投稿されたシナリオの変更はない予定・・・