夢の始まり。小人の描いた大きな夢
ポイントフォワードやスウィングマンなど複合ポジの省略記号は本作独自のものです。他はたぶんなんとなく通じる筈。
試合におけるチームメンバー紹介の書き方は当時のテレビなどを参考にしたような・・・(曖昧
小さな時から、星仲真那花は好奇心旺盛な子どもだった。
次々と遊び相手を見つけ、多種多様な遊びに手を出しては、また次の遊びを探しに行く。
それは好奇心旺盛な子どもの探検と言うよりは、何かこれだ! というものを探す探究者の模索と言うべき行動だったのかもしれない。
長い旅路の末、真那花は遂にそれと出逢った。
今までもそのスポーツは見たことがあったが、それでも、この時初めて真那花は自分の目指す夢に出逢った。
小さな者が、大きな壁を超えて点を得る。
「バスケットって、どんなスポーツ?」
夢を探す少女が、夢を追う少女に聞いた。
「バスケットはより多く点数を取った方が勝つスポーツだ。身長の高い方が勝つスポーツと見られがちだけど、そうじゃない。そんなことを言う奴は門外漢か、自分が挑戦を諦めただけじゃ足らずに他人も巻き込もうとする俗物さ。このスポーツは、バスケットはそんな俗物をも包む夢で溢れてる」
夢を追う少女は、それが本当であることを夢を探す少女たちに見せた。
「凄い」
小柄な体躯の少女が、空中で二度も体勢を変えて威風堂々とシュートを決める姿に、幾度となく圧倒される。
その技の前には、身長の優劣など関係ない。
そう、実に簡単な話だった。
高い身長という不変のアドバンテージが武器になるなら、防げないシュートという不変のアドバンテージを武器にしてしまえばいい。
「クイックドロウショット」
それが、少女の掴んだ夢の欠片。
「よかったら、一緒に夢の星の一つになってみる? 俗物をも魅せる、現実を超えたその先へ」
大きな夢に────、惹き込まれた。
それからの真那花の日常は、バスケットで彩られる。
師匠と仰いだ高校生とその仲間たち。
真那花と同じ様に、クイックドロウショットに魅せられた姉弟子。
それは日溜りのように温かな時間。
何度失敗しても、自然と笑顔の咲く場所。
およそ一年が過ぎ、姉弟子が親の都合による引越しで離れても、それだけはいつまでも壊れないと信じていた。
しかし──。
ポツポツ──と、雨足が弱まり、傘を差すには中途半端な表情を見せる空が続いていた。
タンタン──と、晩夏の公園のコートに鳴り響く少し物悲しい音が、耳の奥へ木霊する。
ズシャッ──と、小さな少女が地に滑り落ちた。
傍観者の一人が駆け出しそうになるのを、もう一人の傍観者が制する。
「続ける?」
高い壁が、小さな少女へ上から問い掛けた。
「まだまだッ」
小さな少女は立ち上がり、それでも挑んでは敗れるを繰り返す。
勝てない──と、誰がどう見てもはっきりと断言出来る程、両者の差は明白だった。
身長も、技術も、経験も、少女が壁に勝っている点は何一つない。
「ハッ……ハッ……ハッ……ッ」
荒く呼吸を繰り返してボールを追い、リングを目指す小さな少女。
けれども、リングには全然近付けていない。
否、小さな少女がこの短時間でいくらリングに近付こうとも、高い壁の方が遥か先、リングにより近い場所にいるだけだった。
その差は一朝一夕で縮められるようなものではない。
故に、小さな少女は近付いているが、全然近付いていなかった。
「負けない」
何度も何度も高い壁に挑み続ける、小さな小さな、本当に小さな少女。
少女が壁に勝っているものがあるとすれば、その気持ちだけだっただろう。
だが、仮にベクトルが違う気持ちを比べられたなら、それさえ壁の方が勝っていた。
止めてよ──と、そう思っても言葉に出来ない傍観者たちは、その光景から目を逸らすことも出来ない。
小さな少女の動きが小さくなって行く様子を、ただただ、ただひたすらに見つめ続ける。
「動け。動けよ」
自身の意志に反して今にも止まりそうになる震える足を、何度も何度も叱咤する小さな少女。
少女の動きの限界では壁を超えられず、常に限界を超える勢いで酷使したが故に訪れるもう一つの限界。
ズシャッ──と、またも小さな少女が地に滑り落ちた。
手を突いて立ち上がろうとするが、小さな少女の足は言うことを聞ける状態にない。
突然訪れた動揺と頭では嫌になる程分かっている事実に、僅かな気力と拙い技術で、それでもと立ち向かった。
それでも──。
少女はもう、立ち上がれなかった。
「お終いだ」
高い壁が動けなくなった小さな少女に残酷な現実を突き付ける。
嫌だ嫌だ──と、心が裂けそうな程に叫ぶのに、小さな少女の身体は苦しくてろくに動きもせず、荒く呼吸を繰り返すだけだった。
「呆気ないな」
高い壁は立ち去っていく。
ポツポツ──と、小さな少女が屈したコートに悲しみの雨が落ちた。
「ぃやだ、ひく、うぇ、うぅ……ヤだよ。師匠ぉ、ふぇ、うぁ、ああああああああああああああああ」
この日、小さな少女は二十六センチもの身長差を活かした高いバスケスタイルに、完膚なきまでに敗北した。
同時にそれは、小さな少女の師匠に教えて貰ったバスケが──、師匠と今まで積み上げて来たバスケが敗北した瞬間でもあった。
以来、小さな少女が教えを請う穏やかな日常は、その温かな空気と共に公園のコートから跡形も無く消え去ってしまう。
「オリンピック選手になる」
あの日、師匠に敗れた真那花。
その後調べた結果、真那花の師匠が取った行動は、インターハイ予選の準決勝で敗れたことに起因すると推察された。
師匠がどうしてあのような行動に出たのかは真那花には分からなかったが、師匠なりに何がしかの責任を取ろうとしたのだろうと考えた。
だが、今となっては師匠の夢は真那花の夢でもある。
そう簡単に諦める訳にはいかない。
師匠の夢が間違っていなかったことを証明するには、インターハイで優勝することが一番だ。
元々、師匠はプロ志望ではなく、あくまでバスケットの楽しさを伝えたいという気持ちの方が強かった。
『インカレ情報ともなると専門色が強い気がして引き腰になる人もいるけど、インハイ情報なら全国民が難色を示さずに気軽に見たり、聞く姿勢になったりするよね』
真那花は、過日に師匠が言った台詞を思い出す。
(つまりは、より身近に感じるってことだよな)
受け入れ易いということは、大切な要素である。
さて、第一にインターハイで優勝することはいいとして、その情報を師匠が入手してくれるかが次の問題になる。
今となっては真那花に会ってもくれず、バスケも止めるらしいことは人伝に聞いていた。
現在の電話番号やメルアドとて、数年後の未来で頼りになるか未知数である。
一応、インターハイの決勝戦になればテレビ放映はあるが、チャンネルは限られる。
それなら、嫌でも目に入るようにするしかない。
高校生のオリンピック選手。
こういった話題はテレビでも新聞でもよく見掛ける。
では、バスケットでオリンピック選手に選ばれるにはどうすればよいのか?
真那花はネット検索を掛けるも、よく分からなかった。
どうやら、日本代表の監督に選ばれた人の基準で選ばれた代表候補から、合同練習などを通して選ばれるらしいことくらいである。
監督の戦術次第で、登用人物ががらりと変わることもあるらしい。
どうすれば、監督の眼鏡に適うのか。
U-17などで結果を残すというのもありだろうが、それでも監督の方針と噛み合わなかったらアウトである。
女子バスケットでは基礎体力、経験、技術共に優れた実業団のメンバーがどうしても強い。
世界で活躍したwomenとgirlsでは、前者が採用されるのがバスケットという種目の難しい所だ。
FIBAランキングでは、girlsの方がwomenより上でも、両者の実力はそうはいかない。
FIBAランキングでwomenがmenより圧倒的に高いのに、一応は男女に門戸の開いた日本のプロバスケット集団に女性が入れていないのと似たようなものだ。
そして、男女混合はあっても女子プロのない日本を飛び出して、男女別にプロを設けた海外へ上手い女子選手が渡ってしまう。
後はもう、現役を終えたその選手が、“日本へ帰って”後進の育成に励んでくれることを、愛国心を多少持つ者としては祈るばかりだ。
勿論、世界規模でバスケットを盛り上げる方向に止まったとしても、一向に構わないが。
話を戻して──。
監督の方針が守備に重きを置くものであれば、尚更低身長の高校生など目もくれないだろう。
真那花の身長が百九十センチを超えるようであればいけるかもしれないが──実際、今までに高校生で起用された人は高い身長が大きな要因という記述があった──、それでは本末転倒になる。
それに、もう小学四年生も半ばだというのに、クラスの整列でも真ん中辺りの真那花では、百九十センチなど土台無理な話だ。
男子と違い、女子の身長は中学後半で早くも伸び悩む場合が多い。
将来の真那花では、平均値あるかないかだろう。
では、どうする?
「監督に、どうしても私が欲しいって思わせるしかねー」
そのためには一人では無理だと、何となしに直感する真那花。
クイックドロウショットは確かに非凡であり、現状のバスケットの考え方の穴をついたシュートと言える。
しかし、その実体はあくまでショートレンジで力を発揮する防げないシュートだ。
いくら試合に勝つための四原則の一つ、シュート成功率を上げることに特化したとしても、シュートに至る前に止められては宝の持ち腐れである。
「パートナーがいる」
自身のドライヴ技術を磨くことも勿論だが、それだけでは厳しい。
『バスケットはチームスポーツ、一対一も勿論だけど、二対二が基本だよマナちゃん』
師匠のチームメイトだった、陸奥真理恵の柔らかな言葉を思い出す。
『真理恵は深く考え過ぎなんだよ。いいかマナ、アウトナンバーにすればこっちのもんだ。1on0、2on1、3on2。別に卑怯じゃねぇ、向こうが下手を打ったんだ。だからアウトナンバーにし易い速攻は押さえとけ』
同じく師匠のチームメイトだった、星塚響祈の攻撃的な言葉も追随して蘇った。
どちらにせよ、最低限もう一人はいる。
1on0にするにも、パスを出してくれる者は必要だ。
監督次第で登用人物ががらりと変わるのは、戦術に適した複数人を一挙に入れ替えるから。
チームスポーツであるが故に、一人だけではなく、コンビやチームとしての実力を買われることもあるのである。
そして、真那花のスタイルに合ったメンバーが一緒に選ばれれば、その分真那花に適したスタイルをチーム戦術として考え易くなる。
つまり、個人の技量で届かなくとも、総合的観点からメンバーに選ばれる可能性も発生するのだ。
クイックドロウショットの修得、スキルアップ、パートナー探し、やることが見えて来た。
人事を尽くす最終目標は──
「女子日本リーグ機構、大学、社会人、そしてインターハイ優勝の高校。それら三十二チームの頂点。皇后杯優勝を目指す!」
そう目標を打ち立てた後の真那花の小学生生活は、結果的にスキルの修得に終始するだけであっという間に過ぎてしまう。
中学に入った真那花は、漸く凛というパートナーに出会い、いよいよこれからという期待感が高まった。
恵理衣や凛と共に駆けた中学二年の夏過ぎには、日々の鍛練が実を結び頭角を現し始めた真那花。
そんな上昇気流に乗り始めた中二の初冬に、それは起きた。
冬季大会の予選を間近に控えて発覚した、とある先輩と副顧問の大恋愛。
恐らく、真那花も違う部の問題であったなら素直に応援出来ただろう。
だが、結果として女子バスケット部は冬季大会予選出場停止に向こう一年の休部処置。
しかも、冬季大会予選前に発覚して問題解決に至ったのが冬季大会予選後という具合なのだから堪ったものではない。
実質、真那花たちのバスケット部としての三年目は、二年の冬に早くも終わりを告げた。
由々しき事態である。
真那花が高二の時にオリンピックが開催される関係上、ただでさえ高一という不利な状況でインターハイ優勝を決めて皇后杯も優勝しなければならないのに、中三の公式試合に出れなくなったのだ。
これでは試合経験で劣ってしまう。
「超ヤベェ」
ここは逆境こそチャンスと捉え、思考の切り替えを図る真那花。
そこで、小学生の頃から世話になっている顔馴染みのバスケットチームに話を通しに行く。
凛も連れて行って練習出来るようになったまではいいが、残念ながら根本的に男性のチーム。
試合に出るとしても、当然男性用だ。
しかし、それで問題ない。
バスケの試合は、男女の会場が同じことが殆どである。
試合を観について行けば、ここという鍛練場所が見つかるかもしれない。
「──世の中、そんなに甘くないってか」
いくつかのチームに話を訊いて来た真那花だったが、場所が遠かったり高校生以下お断りだったりある集団に属する者限定だったりで、結局いい場所は見つからなかった。
ただ、収穫がなかった訳ではない。
ちょっとした衝突もあったが、おかげで将来のチームメイト候補が出来た。
それでも、現状の進展が零だったことに変わりはないが。
「元気出しな真那坊。俺たちならいつでも歓迎だからよ」
「サンキュ♪これからもよろしく頼むぜ」
世話になっているチームのまとめ役である厳さんにお礼を言い、真那花は次の手を考えた。
区切りよさそうな所で(恐らく)毎日投稿していく予定です。誤字脱字やルビ振りミスのチェックで度々更新されるかもですが、一度投稿されたシナリオの変更はない予定・・・