重なる夢。もう一つの道
サブタイは大事。数字だとどれがどれだか。
長く続いてる好きな連載もので、たまに思い浮かんだ場面を読み返したくなって見たら数字だった時の発掘作業といったら・・・
七月二十九日。
インターハイ二回戦の第四試合。
私立水無神楽坂学園対聖英郷学園。
私立水無神楽坂学園 スターティング5
7番 星仲真那花 1年 身長160(①~③)
8番 大王凪巴 1年 身長169(①~⑤)
11番 硲凛 1年 身長190(④~⑤)
12番 泉奏 2年 身長167(①~③)
13番 鷹子初夢 1年 身長173(①~④)
アベレージ 身長171.8
昨日の反省を基に、コーチ陣によって先発メンバーには奏が起用された。
美羽が不満気に表情を歪めたが、それを即日で酌むようなコーチ陣ではない。
「直に見るとやっぱデケェな♪」
相手チームで目立つCFの六番を見て、真那花はやや近場から富士山を見たかのような観光気分のままに感想を放つ。
「身長百九十四センチ。今大会で一番の高さね。あくまで体格的な側面でだけど」
同じく、特に脅威にも感じていない平坦な声で香澄が端的な事実を述べた。
「こっちはリンリンがいるからな。慣れたもんだぜ♪」
「それに昨日の試合でボール捌きに難があるのは分かってるし。ようはゴール下でパス受けさせなきゃいいんでしょ?」
それが出来れば苦労はないが、詰まる所、そういう結論になる。
「ええ。だからこそ最初はわざと通して、それを全力で防ぐ。向こうは彼女以外は大したことはないから、上手く行けばあっさり決まるわ」
「ふふ、相変わらず素敵に容赦が無い作戦を立ててくれる」
「容赦がにゃいのが自チームにもってちょころが凄いよね」
香澄の作戦を、凪巴は実に愉快そうに、凛は称賛半分不安半分で受け止める。
「でも、このメンバーならきっと大丈夫です」
すっかり一年生たちの引率役が定着した奏の声に、安心感が宿る。
「だな♪流石トーコ先輩、いいトコ持ってったな」
「ふむ。全くだ」
「うん。みんにゃで頑張ろうっ」
「いつまでも全国ベスト4の先輩にあやかる訳にもいかないしね」
後輩たちの視線を受け、奏の表情が穏やかに、そしてちょっぴり恥ずかしそうに綻んだ。
剣道。
幼い頃から、奏の身近にそれはあった。
実家の敷地内にある剣道場で、師範の腕を揮う祖父や父。
警察の人が少なからず門を潜る程には、有名な道場である。
祖母や母も過去に剣道の嗜みがあり、女の子の奏も当然のように竹刀を振った。
才能があった訳ではない。
ただ、幼少の頃より誰よりも多く、日本有数の高みにあるそれに触れていた。
ただそれだけ──。
ただそれだけを実直にこなし続けたが故に、しっかりと培われた確固とした剣腕。
奏が全国で活躍するようになったのは、当然の帰結だった。
それでも、常勝には届かない。
例えば剣才。
例えば体格。
奏の経験という人事を脅かす天賦は、いくらでも転がっている。
「っ胴ぉおお!」
上手く当たっても揚がらない旗。
剣道は三人の審判の内、二人以上が旗を揚げなければ一本にはならない。
そして、当たったからと言って必ず揚がる訳でもない。
一つ揚がっても、柔道のような有効や技ありといった妥協点もない。
「「ッめーん!」」
白。奏の方が僅かに先に当たった。
揚がった旗は、赤が一本に白が一本。
もう一人が、まだまだと白と赤の旗を手前で何度も横に交差させて振った。
相打ちの場合、速く当てた方が有利だが、それでも勢いや見栄え、そこに至った道など総合的に見て劣れば結果は伴わない。
「っ胴ぉおお!」
揚がらない。
試合が大舞台になればなる程、長引けば長引く程、余程綺麗に決まらない限り籠手や胴は決まり難くなる。
当然、そういった状況であれば実力は伯仲している。
そう簡単に綺麗に決まる筈が無い。
鍔迫り合いからの引き胴など、最早仕切りなおしの合図に等しい。
なら、面にすればいい。
でも、面では競り負ける。
長身の相手。
殆ど同じタイミングなら、先ほどから足掻いている奏では印象で負けてしまう。
さっきは僅かに速くても引き分けだった。
分が悪い。
面の相打ち勝負を強いられたも同じ場面で、相手に面で劣る自分。
勝つためには──。
竹刀を上段に構える。
無論、中学の公式試合では禁じられているので、気持ちの中での上段の構え。
上段が禁じられているのは、上段への有効な対抗策となる突きが高校生からというのもあるが、根本的には攻めの構えを理解して実行できる精神を早々に養い難いからである。
(構えはありて、構えは無き)
だが、上段の理合も含めて“隙のない構え”を身に着けているなら、中段の構えだろうとここでやることへ集中するのみ。
矛盾と相容を内包する。仏教の悟りにも近い精神。
裂帛の気合に思いの丈を込めて、竹刀を振り下ろした。
残心──。
中学最後の全国大会個人の部で第二位。
結果だけを見れば、悔しさはあっても不満など出る筈も無い。
審判がそれぞれの一本を見定め、自分の意思と責任で旗を揚げる。
そこが剣道の面白さでもあるのだが、逆に言えば、人によって一本が一本でなくなってしまうということでもある。
分かり易い例で言えば返し技。
小学生は突きに加え逆胴が有効打として認められないため、中段の構えから両手を上げ竹刀を右斜め下に構えて防げば、反応さえ間に合うなら全て防げる。
この状態で相手の攻撃を受けつつ払い、自身の攻撃を当てる。
どうだろう?
恐らく、剣道をしていない人ならありと思うのではないだろうか。
だが、剣道をしている人なら、少なくない人がその心構えは良くないと思うだろう。
同時に、そこから繰り出された一撃を一本に取ろうとは思うまい。
しかしながらだ。
その構えは別にルールで禁止されている訳ではないし、そこからの攻撃が当たった場合無効であるというルールも当然ない。
だから、剣道をしている人でも、少なくない人がそこから繰り出された一撃を一本に取るだろう。
結果、人によって一本が一本でなくなってしまうという状態になる。
この構えに連なる一連の動きを是としない審判は、好く言えば剣道に深い理解を持っていて実に素晴らしいと言えるし、悪く言えば精神的に未熟な小学生同士の試合の判定にルール外の持論を取り入れている酷い自己中とも言える。
実も蓋もない言い方をすればジャッジそのものが持論の塊なのだが、とにかく肘で胴をガードからの攻撃や右手を竹刀から離して(左手を離すのは反則)胴を抱くようにガードしながらの片手面も許される剣道の中で、ほぼ竹刀を使った全面ガードからの切り返し的な攻撃を否とするのはどうなのかという話だ。
判断は、本当に人それぞれ。
(何か、他にないでしょうか)
剣道は好き嫌いを語る前に、生まれた時から生活の一部になってしまっている。
それは、先祖が見つけた道だ。
そうではなく、自分が見つけた何かに打ち込みたい。
そんな欲求が、奏の心に湧き上がった。
高校入学の春。
奏は舞い込んだ全てのスポーツ推薦を断り、普通の入試を経て私立水無神楽坂学園に足を踏み入れた。
(スポーツ推薦では剣道一色になってしまいますからね)
剣道部に入るのは構わないが、それだけの高校生活にはしたくない。
出来れば、勝負の判定が人の意思を介さない明瞭なものがいいと思いながら、奏は放課後に色々な運動部を見て回る。
(あれ、また?)
四日目の見学。
その日の二つ目の部で、見知った顔に出くわした。
向こうも似たことを思ったのか、三度目の邂逅で声を掛けられる。
「やあやあ奇遇ですね。まさか、私みたく数々の部の勧誘をのらりくらりとかわしながら冷やかす同士がいるとは」
「え、えーと、私は別に冷やかしに来てる訳じゃないんですが……」
周囲に部の先輩たちがいる中の先の発言に、若干冷や汗を掻きつつ奏が応じる。
「冗談です。私もただマンガみたくカッコイイスキルを身につけられる、ちょっと身体を動かすのに最適な面白部活を探しているだけですよ」
「それはまた、ハードル高いですね。えと、海原優姫さん?」
クラスの中でも一風変わった異彩を放つ娘だったので、奏の記憶に色濃く残っていた。
「優姫で結構。今日は教室以来ですね。奏様」
「か、奏様?」
「クク、気に入ったのなら教室で連呼してもいいですよ? ご機嫌麗しゅう奏様。今日も素敵ですわ奏様。ああなんて美しいの奏様」
「い、いえいえッ。奏でいいですよ。是非そう呼んで下さい」
実際に話してみてもやはりちょっと変わっている優姫と話しながら、その日の見学を終える奏。
どうせならということで、明日は新体育館の部を優姫と一緒に見に行くことになった。
(面白い子でしたね)
相手をからかう時に変わるですます口調もそうだが──。
真面目に探していないように見えて、自分が心からこれだというものを探し、その点についての妥協を許さない女の子。
最終的にはきっぱりと断れるものの、なし崩し的に巻き込まれて部見学の進みが遅い奏だったが、今日は優姫のおかげで多くの部を見て回れた。
先輩相手でもこちらのペースにして聞きたいことを引き出し、眼鏡に適わなければあっさりと離れる優姫。
割と年功序列を重んじる環境で育った奏にとって、そんな優姫の竹を割ったような割り切り方は新鮮だった。
性格が全然竹を割ったようではない点が、また実に興味深い。
日が変わって土曜日。
水無学は一日七時間制で、土日は休日なので授業はない。
そんな中、部の見学に訪れる一年生など、そうはいないだろう。
目的地である水無学の新体育館は、かなり大きな造りになっている。
縦に四面もあるコートに、それをUの字に囲む二階の観客席は五段構え。
おかげで、見るだけなら下手に勧誘される心配もない。
「えーっと、新体育館を使用しているのはバドミントン部とバレー部とバスケ部でしたよね?」
「正確には女子バレー部と女子バスケット部。因みに、県内有数の強豪である女子バスケット部が二面」
言いながら、優姫が眼下に広がるコートを見遣る。
「一面しか使ってないようですけど」
「それは私に言われても困る。前の年の三年がいなくなって人数減少状態だからじゃないかと一応推測」
その後も、それなりに言葉を交わしつつ練習を見学する時間が過ぎた。
「優姫はどう思いましたか?」
「ん。今の所女子バスケット部優勢。ドリブルとかシュートとか、決めたらカッコ良さそうなのが素人目でも分かり易い。難点はこの中で一番厳しそうな所だけど、一番多く休憩挿んでたし意外と水分補給に気を遣ってる。たぶん、指導者が理論派。となると、体育会系にありがちな無茶振りが少なそう。奏は?」
「そうですね。私もバスケットに惹かれました。リングに入れば点数が入るという点が、人間の判断を介さずに明瞭でいいと思います」
勝敗に直結する部分の判定が、誰の眼で見てもそうと分かる。
当たり前のようでいて、なかなかそういう競技は少ない。
当てるだけでは一本にならない剣道は勿論のこと、野球やボクシングも審判の判定が絶対だし、テニスの判定も常に機械が行う訳ではない。
「それならサッカーとかでも良さそう」
「屋外競技はちょっと……。朝の日差しの中の練習は好きですけど」
肌を焼きたい願望もないので、奏にとって日差しは天敵と言えた。
「なる。それじゃ、最終判定に進む?」
「ええ、そうしましょう」
そして今、奏は幸運にもバスケットの全国舞台に立っていた。
オフェンスこそそれなりにやれるようになった奏だが、近距離でのディフェンスはまだ心許無い。
そういった点も踏まえての立案。
いつかの優姫の言葉は、当たっていたが外れていた。
理論派故の落とし穴。
こっちにしてみれば複雑で難解そうな問いでも、あっちの思考内では理路整然な解が算出される。
結果、訳の分からない無茶振りはなくとも、論理的な無茶振りが行われる。
今回の作戦もそう。
序盤、ディフェンスに穴がある奏から相手の得意なパターンへとわざと繋げ、それを身体能力に優れた凪巴と凛で全力で防ぐ。
そうすれば、相手はその罠を避ける。
だが、相手の得意パターンさえ潰せば、奏以外のディフェンスで期待が持てる。
相手がやはり奏から糸口を掴んで攻撃を展開するのがベターと気付く頃には、もう交代しているという筋書き。
次善の策として、ファウル稼ぎも盛り込まれている。
剣道で自分より体格の勝る男性と正面から激しくぶつかり合い、凌ぎ合うことに慣れている奏は、アウトサイドプレイヤーでありながら接触プレーも得意である。
そもそも、恐れを抱くようなことがまずない。
剣道では、指南役との乱取りで攻撃後に駆け抜けた背後から竹刀で背中を押されたり、振り向き様に面で突撃されることも日常茶飯事だ。
そんな吹き飛ばされて当たり前の生活に慣れた奏にすれば、百九十センチ台との接触プレーも至って平然とした『大変そうですねぇ』の一言で済む。
作戦は概ね成功。
違ったのは、相手が奏のディフェンスを弱点と思い、パスを奏の周辺で回すようになったことだった。
(あはは。なんか、すみません)
そう心の中で謝りながら、相手のパスをきっちり止めた奏のパスがコートを斬る。
確かに、奏はディフェンスに穴がある。
だがそれは、至近距離一歩前から竹刀でおよそ一本の範囲内で巧みに動かれた場合で、それ以上近いか離れた場所からの動きに関しては寧ろ強い。
間合い。
剣道では、竹刀の先端より幾分か下にある中結いまでの間で相手の部位に当てなければ有効打とは見なされない。
下手に近いと、突きを除き、打っても竹刀の中腹部分で当たって一本にならない──真剣で考えた場合にきちんと斬れない──のである。
引きながらならそれでも竹刀の先で当てることも出来なくはないが、先に説明した通りただ当てただけでは一本になり難い。
奏の反射神経は、ほぼ剣道で一本に出来る間合いに合わせて最適化している。
間合いの範囲からの攻撃に対しては、奏は文字通り高校個人の部で全国屈指の動きを発揮出来る。
何より、奏の優れている所はその精神性にある。
中段は勿論、上段や二刀流の構えの高みの中で育まれた類稀な構え。
この年齢で、既に下手な剣道の指導者を凌ぐ境地に奏はある。
それぞれの構えを修め、構えを定めないことの出来る奏から見れば、構えを定めることもまともに出来ていない相手の動きなどただ隙を作ってくれているだけだ。
三度、奏に返し刃を貰った聖英はどう攻めればいいのか混乱に陥ったまま、第一ピリオドを終えることになった。
二分のインターヴァルの間に、奏対策を講じた聖英だったが──。
12番 泉奏→ 14番 神陰美羽 1年 身長146(①~③)
アベレージ 身長167.6
それに合わせるような水無学ではない。
聖英の指示は奏を避けつついつも通りというものだったが、美羽が入ったことでこれならいける? という動きになる。
相手がどっちつかずの間に切り込み、一本分の得点を稼ぐ水無学。
更に、細かなプレッシャーをしつこく掛けてイラついた相手の少し強引な攻めに当たって自然に不自然な形で倒されるという、技ありのディフェンスでファウルを貰うことに長けた美羽が、スティールも重ねつつチクチクと相手陣営を脅かす。
第一ピリオドではパスカットで、第二ピリオドではスティールで少なくない数のターンオーバーを受けた聖英は、それでも辛抱強く自分たちのバスケで対抗した。
しかし第三ピリオド終了間際、遂にファウル四つとなった六番に仕掛けられた監督麗胡、出演羽衣と有志によるスクリーントラップ。
聖英の六番の退場によって、試合は決まった。
区切りよさそうな所で(恐らく)毎日投稿していく予定です。誤字脱字やルビ振りミスのチェックで度々更新されるかもですが、一度投稿されたシナリオの変更はない予定・・・