ベスト5。光と陰
バスケットボール競技規則2019での変更。
ユニフォームやスローインの他、ピリオドが共通でクォーターや延長がオーバータイム。
2020ではコーチの名称変更、ただこちらは国内は変わらず。
細かなのは他にも幾つかあるけど、特に作中に影響するようなものはない、かな?(ピリオドからはメソラシ
クォーター使ってて書く際に競技規則読んでピリオドにしたらクォーター共通に改訂というオチ(笑)
「表彰──」
表彰式へと入り、優秀な成績を収めたチームや個人が順々に表彰されていく。
優秀選手五名は──
優勝校、私立水無神楽坂学園で今回も冴え渡る指揮を見せた三年生、斎乃宮麗胡がPGとして。
第三位、県立悠院咲高校で今大会のスリーポイント王に輝いた三年生、青山翠がSGとして。
準優勝校、私立俊英東学園で今大会の得点王に君臨した三年生、児玉桃香がFとして。
第三位、県立悠院咲高校で今大会のリバウンド王を獲得した二年生、大谷翔子がCとして。
そして五人目は──
優勝校、私立水無神楽坂学園で衝撃的な活躍を見せた一年生──、大王凪巴がへ……CFとして選ばれた。
「凄ぇぜ凪ぃ♪」
「ふふ。まあ、それ程でもある」
「あわ、おめれとう凪巴ちゃん!」
「うむ、苦しゅうないぞ」
表彰を受けて帰って来た凪巴に、小声で称賛が送られた。
「最後に、本大会MVP選手は私立水無神楽坂学園──」
(麗胡先輩か? いや凪ぃってことも──)
真那花と似た思考を辿った選手たちが、一様に前者であることを祈る。
「星仲真那花選手」
「は……? はい!」
予想だにしない展開に畏まりつつ、真那花は前へと歩み出る。
優秀選手以外から最優秀選手が選ばれる事態など、真那花も初めてであった。
「おめでとう。君は得点、アシスト、スティールにおいて高い成績を残した。特にランニングシュートの技量に関しては我々も目を見張った。インターハイでの活躍も期待しているよ」
「ありがとうございます」
喜びよりも戸惑いが大きい中、大会主催者よりMVPを受け取る真那花。
帰りのバス中においても、話題に上るのは避けられなかった。
「優勝校が王位を一つも取れないってのもねぇ。基本的に一人の受け持つ試合時間少ないし、仕方ないと言えば仕方ないけど」
心地よい振動に身を任せながら、初夢がそんなことを漏らす。
「ボクは優秀選手じゃない真那花がMVPになったことにビックリだよ」
「まあな♪」
恵理衣の意見を本人も肯定した。
「です。どうして優秀選手には選ばれなかったのでしょう?」
羽衣が、皆が抱いたであろう疑問を投げた。
「麗胡や凪巴は過去の実績もあるけど、真那花はその辺ないから今回は三年に華を持たせたんじゃねーか?」
四季が窓の外に流れる景色を眺めながら、思う所を話す。
「スリーポイント王に得点王。それで選ばれなかったら、それはそれで問題ありな気もしますしね。ククク」
「優姫。それじゃアシスト王なのに選ばれなかった子の立つ瀬がない……って、分かって言ってるね」
念願の初優勝を掴み、いつもよりも上機嫌な優姫の黒舌に、千尋もいつもより柔らかく応えたのだった。
翌日の朝刊。
水無学が初優勝でインターハイ初出場を決めた内容の記事があった。
メンバーが喜び合っている姿の写真つきである。
文面では、キャプテンでもあり優秀選手の麗胡は勿論、一年で優秀選手になった凪巴やMVPとなった真那花についても触れられており、上手く期待感を演出している。
「今日から、か」
新聞を抛り、少女は準備済みの鞄を手にした。
腰まで届くやや左右に広がる長い黒髪を靡かせて、家を出て学校へと向かう。
学校に着き、少女は昨日と違う様相の校舎を見つめた。
『女子バスケット部。インターハイ出場決定!』
校舎の外壁に揺れる垂れ幕から、自然と目を背ける少女。
「知ってるわよ」
毎週月曜朝に開かれる全校集会でも、女子バスケット部の表彰が行われた。
麗胡に四季、静がチーム代表として表彰トロフィーなどを改めて授与され、その後に麗胡と凪巴、真那花が個人として表彰を受ける。
休み時間では、ちょっとした時の人扱いのようで、少女の教室からも何人もの人間が他のクラスに足を運んでいた。
次の日になっても、周囲の様子はあまり変わらなかった。
放課後になり、少女のいる一年E組の教室に、見知った三年生が顔を出す。
「美羽ちゃん。一緒に行こ」
「美久先輩」
少女──神陰美羽はこの先輩に逆らい難い。
「いいですけど」
渋々親に連れられる子どものように、女子バスケット部の部室へと向かう。
六月の第三週の火曜日。
全国大会出場を決めた女子バスケット部の初めての練習ということもあり、野次馬が多く集まっていた。
そんな中、女子バスケット部員の前で紹介されるという、美羽にとっては拷問のような展開となる。
「二・三年生たちは聞いてたと思うけど、改めて紹介しますね。今年の女子バスケット部のスポーツ推薦で入学した神陰美羽ちゃんです。二月に交通事故に遭って五月から学校に来てはいたんだけど、リハビリもあってバスケをする許可は先週降りたばかりです。今日から一緒に頑張って貰うので、よろしくお願いしますね」
「よろしくお願いします」
美久が状況説明してくれた手前、美羽はペコリと頭を下げる。
「よろしく♪」
戦力増強になりそうな新たな仲間の加入に、期待に満ちた笑顔で挨拶する真那花。
「まさか同じ高校に入っていたとはな。道理で大会で見かけなかった訳だ」
「大王凪巴」
「復帰直後とは言え、元は私と同じ中学県ベスト5。手加減はしないぞ」
「元々身体能力じゃ負けてたし。好きにすれば」
美羽は感覚に頼る割合が大きい。
体格に恵まれない多くのバスケットプレイヤーが身長差を埋める努力をするのに対し、美羽は最初からその努力を積極的に切り捨てた。
デメリットの克服には時間を割かず、運動能力や技術、メンタルや状況判断など、自分の得意なものを磨く。
そうして出来上がった、感覚肌の天才プレイヤーという評価。
天才と言われるものの、その身長は現在でも僅かに百四十六センチ。
低身長ぎりぎりの羽衣よりも、更に低い。
尤も、平均マイナス二SD(標準偏差の二倍)以下だから必ずしも低身長決定という訳ではないが。
そんな美羽が中学県ベスト5に入るなど、誰が予想しただろうか。
実際、美羽の技量を総じて分析すれば、どうしても身体能力が足を引っ張る。
だが、美羽は自分の得意な土俵で勝負を仕掛けることに長けていた。
かくして、歴代最低身長の中学県ベスト5が誕生したのである。
「っ」
練習が始まり、殆ど思い通りに動かない足を煩わしく感じながら、それでも天才プレイヤーの呼び名に恥じない活躍を要所で見せる美羽。
しかし──
「ストップ。ここまでよ」
練習時間が三分の一も過ぎない内に、香澄から待ったが入った。
「まだ出来るけど」
話には聞いていた生徒ながらアシスタント・コーチを務める香澄に、美羽は不満気に言い返す。
特に目の前の贅肉は、美羽の乙女神経を刺激した。
(何でこの運動部はこんなにデカい奴多いのよ。大王凪巴くらいならまだ分かるけど、鷹子初夢とか優姫先輩とか静先輩とか不条理じゃない。特にコイツ、如月香澄! 姫代深雪は全体的に脂肪ついてるから分かる。でもコイツは、何でスタイル抜群な上に胸まで恵まれてるのよ! ちょっとは分けなさいよ!)
「そう思うなら早急に美久先輩からアイシングとマッサージを受けなさい。練習の続きはそれからよ」
「好きにすれば──って、なな、なにして、むぐぅ」
言われた通り好きに抱き上げてベンチに座らせる香澄に、美羽が面食らう──というか、香澄の胸に顔を押し付けた形となって抵抗の声も挙げられなかった。
結局、練習を繰り返す度に、美羽も香澄には逆らえなくなっていった。
「不味いです」
六月末。
日課となる体重計の数値との睨めっこを行いながら、深雪が不安を零した。
不味いのは体重がではない。
いや、それはそれで減っていることを考えなければ十分に不味い値なのだが。
「このままでは選手に選ばれないかもしれません」
入った頃はそれでいいと思っていた。
しかし、県大会を経験して、深雪にも試合に出て活躍したいという欲が生まれてしまったのである。
あわよくば優姫に勝ってメンバー入りをと思っていた深雪だったが、美羽が入ったことで十五番は激戦区になっている。
交通事故というアクシデントに見舞われなければ、美羽は足に問題を抱えることも心肺機能が衰えることもなく、今頃は真那花たちと一年生ながら上の背番号を争っていただろう。
最初は美羽も水無学の戦術に戸惑っていたようだが、それもあくまで足が思ったようについてこないだけのようで──
『試合なら美久先輩の持って来た映像で見たし、初見でも一度見ればなんとなく分かるけど』
というダルそうなノリで、実際にこなしてしまう。
二週間程近くで見て来たが、美羽は確かに天才だった。
シュート後のリバウンドでも、アウトサイドから的確に味方の援護に入る。
その素早い初動に、深雪が参考になるかもと話を聞けば──
『他人は少しピンと来ない時もあるけど、少なくとも自分のシュートなら打った瞬間に入るか外れるか分かるもの。空中に描かれる輪の軌道に乗ったか乗らないかで』
(空中に輪の軌道なんて普通見えませんよね? でも、真那花さんもゴール下で跳んでいる時は射線を感じるようになって、そこへ撃てれば百%決まるぜ♪と言ってましたし。……えーと、つまり先天性と後天性の差でどちらも天才であることには変わりないですが、今の私にはどちらも無理ということでしょうか)
感覚の違いを思い知らされた。
真那花のクイックドロウショットに対しても──
『形だけならいくつかマネ出来なくもないけど無理。だってあれ、中身が伴ってこそでしょ。常にパフォーマンス維持出来るまでにするとか──。……ふん、好きにすれば』
──と、説明を受けずとも正鵠を射る発言をしていた。
ただどうにも気難しいというか、適度な距離が好きなようで、独りとまではいかなくても群れから離れた位置にいたがる。
「お父様に相談してみましょうか」
父に相談した結果、スリーポイントシューターを目指してみることにした。
水無学にはスリーの得意な選手も多いが、それを一番の得手にしている選手はいない。
初夢もスリーはそこそこ頻繁に打つが、悠院咲の翠のように主な得点源はミドルレンジのシュートである。
初夢に聞けば、ミドルレンジはロングレンジであるスリーよりも外れる傾向にあるらしく、だからこそ狙い目なのだとか。
とにかく、翌日の練習から深雪はシューター目指して励むことになった。
顧問の更紗のコネで、大学生や社会人と試合をこなしながらインターハイに向けた調整を行う水無学。
夢の舞台へと向かう二・三年生たちは勿論、真那花たち一年生も負けじと燃えていた。
県内ベスト5に選ばれた凪巴。
けれども、あくまでCFとして表彰されたに過ぎない。
次こそはARとして認めさせるため、ディフェンスや力技に頼らないボール回しに力を入れていた。
凛はゴール下こそ比較的穏やかな指導方針だったが──。
「ミドルレンジにロングレンジシュートが今のままでは、せっかくのピックプレイもあなたのせいで台無し! ……ね」
撫子にそう批評され、厳しくシュート指導を受ける。
真那花とのピックプレイに誇りを持つ凛としては、当然黙っていられずシュート練習に燃えた。
初夢はポジションである①番の役割をこなせるように頭と身体を酷使する。
勿論、練習後は自分のシュート練習も欠かさない。
一年生に始まり、二年生に三年生、コーチ陣と、多方面から意見を聞くのも忘れない初夢。
恐らく、シュート全般という括りでなら、水無学で一番貪欲なのは初夢だろう。
美羽は思うように力の入らない足をせめて事故以前と同じ程度までは戻せるよう、メンバーには内緒でジムに通っていた。
五ヶ月程前、轢かれそうだった子どもを助けて車に弾かれ、砕けた両足。
練習では香澄が何度もケアを割り込ませるおかげでそれなりに使えているが、試合で使えないことは美羽自身が一番実感していた。
美羽の身体能力は、お世辞にも高いとは言えない。
高さ、速さ、強さ、持久力。
その中で唯一まともだった速さ。
その速さまでハリボテになっては、いくら運動能力が高くても話にならない。
いつものように一セットをこなし、休憩のために機器から腰を上げると──
「なんでここにいるのよ如月香澄」
いる筈のない相手が目に入った。
休憩スペースの椅子に腰掛けて、ノート型のパソコンで何やら行っていたアシスタント・コーチが視線を寄越してすぐに画面上へ戻した。
「アシスタント・コーチとしては、たまにはあなたの様子も見ておかないといけないでしょう。それにここ、というよりこの辺一帯のジムは兄さんの持ち物だから。妹の私は顔パスとまではいかないけどVIPのパス自体は持ってるのよ。安心して。選手には伝えてないから」
様子を見ると言いながら視線はパソコンの画面へ向けたまま、香澄は状況を伝える。
美羽は内緒にしていたが、ジムの持ち主である香澄の兄から香澄へ伝わり、そこから顧問やコーチ陣にはきっちり伝わっていた。
先に違うジムへ行くという逃げ道を潰され、隠すことなく顔を歪めた美羽は、仕方ないと切り替えてトレーニングに戻る。
ジムの事務員がコーヒーを持って来たりと本当にVIP待遇な香澄を、意地でも意識外へと押しやったせいか、いつもよりかなり集中することが出来た。
美羽も当然、インターハイの背番号を取りに行く気でいる。
自分も選手として迎える筈だった県大会優勝の場面。
それを外から、ただ見ることしか出来なかった虚しさと悔しさ。
例え結果が敗北でも、今度こそ選手として実感したいという強い思い。
何より、交通事故で推薦が取り消しになってもおかしくなかった美羽の復帰を、周囲の忠言を断ってまで待ってくれた監督たちの気持ちに甘えたくなかった。
(ふん。絶対デカ乳共に負けたりなんかしないから)
バスケには関係のない個人的な恨みを込めながら、Bカップの美羽はモチベーションを高める。
それでも、ジムを出る前に周囲で一番の巨乳へ視線を送り、自身のそれが育つように無言で願うのだった。
そして、県大会でMVPに選ばれた真那花は──。
「今の感じでどうよ?」
「ああ。なかなかいいんじゃないか」
「あぅ。ちょっと怖いけど」
「怖いのはこっちだって。これ以上止められなくなるとかヤバ過ぎ」
「そういうユメちゃんだって香澄んに色々教えて貰ってるじゃん」
「負けっぱなしは性に合わないし、アンタに置いてかれる訳にもいかないでしょ。一緒に皇后杯優勝目指す身としては」
(真面目だなぁ)
クイックドロウショットの更なる改良のため、頼れる仲間たちと冬から繰り返していた試行錯誤が、やっと形になって来た所だった。
「でも、真那花さんのクイックドロウショットが防がれることなんてあるのでしょうか?」
「可能性はあるぜ。少なくともあや姉は理論を知ってる。皇女との戦いに備えて、もしかしたらの対策はあって困るものじゃねえ」
真那花の姉弟子は今、女子高校生のバスケットの最高峰とも言える高校、私立皇桜女学院──略称は皇女──に籍を置いている。
しかも──
「竜胆あやめ。U-17女子日本代表選手兼U-18女子日本代表候補選手。通り名はダブルフラワー。独自に編み出した技術、ダブルトリプルで去年に引き続きチームを勝利へと導き、一躍脚光を浴びている女か。確かに、一筋縄で済む相手ではなさそうだな。ワンタッチで済む点は残念だが……」
その実力は、女子バスケット界でも指折りである。
それでも残念な娘に残念扱いされる日本代表に、同情を禁じえない。
凜も似た身長なだけに思わず自分のAを触って悲しくなった。
「おかげでFIBAランキングじゃ日本のgirlsは今や僅差で第七位。そりゃマスコミも騒ぐわ」
ポイント配分の関係上、世界大会で安定して準優勝以上を狙えない限り、アジアに属する日本の最高位は概ねその辺りが上限となる。
girlsの現状はその壁を越えられるかどうかという瀬戸際にあり、注目度も高い。
「気を引き締めてかからにゃいと」
十位手前で足踏みを繰り返していた日本。
その状況を打破した奇才と戦う予感を前に、凛は嫌でも気が引き締まった。
「ああ。必ず勝って、そして皇后杯へ」
静かに燃ゆる闘志が、解放の時を待つ。
区切りよさそうな所で(恐らく)毎日投稿していく予定です。誤字脱字やルビ振りミスのチェックで度々更新されるかもですが、一度投稿されたシナリオの変更はない予定・・・でしたが手直ししたと思ってた所がされてなくて、この回12時投稿から新たに三行程が同日13時37分頃に加わってます。すみません