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プロローグ

かなり前に書いた作品を少し手直ししての投稿です。そのためバスケットボールのルールなどの情報が古い場合があります。予めご了承ください。基本的には(財)日本バスケットボール協会様の「2011~ バスケットボール競技規則」に則っている筈・・・筈です(過去の自分頼むぞ

ポジションの省略記号は一部この作品独自のものがあります。他で使っても「?」になる可能性が高いのでご注意ください。

「──本気か?」


 あまりに大それた夢を持った後輩の真意を見定めるように、問いを発した。


 県内の高校で女子バスケットの四強に数えられる私立水無神楽坂みなかぐらざか学園、その新体育館。


 いかにもスポーツ少女という具合に髪を短く切っている、女子バスケット部の副部長である彩瀬四季は、過日の部紹介において全国優勝を目指すための仲間を求めた。


「おう。本気も本気、超マジだぜ♪」


 集った新入部員の六人目。


 小さな少女の発した内容は、はっきり言って身の丈に合っていなかった。


 否、少女の夢はこの部が未だ全国出場一歩手前という点を除いても、高校のバスケット部ではまともに考えることのない領域である。


 そもそも、今年の新入部員は最初からおかしかった。


 一人目は、失恋する度にヤケ食いした結果、遂に体重が九十キロを超えてしまったという超デb……オホン、横にデカい自称恋に恋する乙女。


 二人目は、態度のデカさに負けず劣らずの声量を持ち、実績を台無しにする程インパクトのある乳揉みが趣味! という変態という名の淑女。


 その二人目に付いてきた胸が豊か過ぎる三人目は、プレイヤーでもマネージャー志望でもなくアシスタント・コーチ枠希望というとんでも超乳美少女。


 四人目は、服の着崩しに無頓着でスポーツマンよりも寧ろ不良に見える、いかにも斜に構えた金髪ハーフ。


 気を取り直せた筈の五人目は、誰もが仰ぐ背の高さに否応なしに期待が高まるも、気弱な言動と物腰が勝負事に向いてないと一目瞭然のおどおどした巨人。


 そして六人目が、全国優勝を超える、まさかの夢を掲げた小人である。


(不安過ぎる)


 四季が肩甲骨の辺りまで綺麗な黒髪を流す部長の斎乃宮麗胡に視線を送ると、麗胡も苦笑いしかけているのを必死に止めているのが見て取れた。


 県内四強のバスケット部ともなればレギュラー枠は当然二・三年だが、それでも期待するルーキーを組み入れたいと考えているし、そういったルーキーが入って来て欲しいという願望もある。


「これは当たりを引いたかな」


「……」


 冗談混じりに四季が感想を述べると、前と後ろ髪は短いもののサイドはやや長めに残した轟静とどろきしずかが、いつものように無言で返した。


 バスケットは五対五のチームスポーツである。


 仲の良いチームメンバーと同じ進学先へ行くという選択肢もあれば、その逆もある。


 つまり、他の高校にまとまったメンバーが入り、チームにそぐわなかったメンバーがはみ出された結果、ここへ集ったという流れだ。


 それが吉か凶かは、まだ分からない。


 はみ出し者が周りに追いついていなかったのか、それとも周りが追いついていなかったのか。


 だから、冗談混じりに期待を込めたのだった。


「実力を見たいから、高校の試合に慣れる意味も込めて練習試合をしましょうか」


 今日の仕切りを監督に任された部長の麗胡が、切り替えるように舵を取る。


 高校の試合は中学と違い、一ピリオド──休憩までの一区切り──が十分ある。


 それを四回行うから、中学の八分に比べて計八分増える。


 それまでと比べて、単純に一ピリオド分増える計算だ。


「あの、わたくし殆ど素人なのですが」


 幼少時にかじった程度でブランクありありの九十キロ級が、メンバーのためを思って提言するも──


「別に構いませんよ。こちらも全力で相手をする訳ではありませんから三年生は出ませんし。──尤も、それも二年生次第ですが」


 最後にいい笑顔になって、麗胡がウォーミングアップを命じた。


 ウォーミングアップ後に作戦会議の時間を与えられ、輪になる一年生たち。


「わたくし、足を引っ張ると思いますが、頑張りますのでよろしくお願いします」


 九十キロ級の歩く戦車、姫代深雪ひめしろみゆきが若干一名から距離を取り、絹のような黒いロングヘアを束ねると丁寧に頭を下げる。


 何とも奥ゆかしい超絶ぽっちゃりだった。


「よろしくな♪姫」


 早速愛称を付けて呼び、麦色のツインテールにやや色素の薄い瞳を持った星仲真那花ほしなかまなかが握手を求める。


 向日葵を連想させる元気な笑顔に勇気付けられ、深雪は嬉しそうに握手を交わした。


「フォーメーションはどうするの?」


 鮮やかな長い金髪の先端を軽くウェーヴさせた碧眼の鷹子初夢たかすはつゆめが、二人の上からぶっきらぼうに投げ掛ける。


 身長百六十の真那花、百六十四の深雪に対し、初夢は百七十三と十センチ程の差があった。


「み、深雪ちゃんPFパワーフォワードだったよね。だったらいつも通りでいいんじゃない?」


 その更に上から、小さな声で意見を投じたのはやや長めのショートカットを散らしたはざま凛。


 身長百八十九という物理的なデカさを誇る小心者のセンターである。


 真那花や深雪とは、六号バスケットボール一個分以上の差がある。


 六号バスケットボールとは、中高一般女子の扱う直径約二十三センチ強のバスケットボールのことを指す。


 またCとは、ゴールに最も近い位置でプレイし、リバウンド──シュートで外れたボールを取る行為──やゴール下からの得点でチームを支える大黒柱的なポジションである。


 身長やジャンプ力の高さ、腕の長さに加え、接触プレイが多いので力強さも求められる。


 そしてPFは、Cと連携しつつ、ゴール下よりやや外側からも攻守に加わるポジションである。


 相手のビッグマンのディフェンスを担当したり、リバウンドを取るために的確なポジショニングが必要になる。


 力強さとスピード、そして何が何でもリバウンドを取るという根性が求められる。


「いつも通り?」


 深雪が疑問を抱いたのは当然だった。


「ああ。真那花と凛はともかく、私や初夢は中学は違うのだがな。訳あってここ暫くは一緒に練習していたのだ。だから大船に乗ったつもりでいていいぞ」


 いきなりの展開でも余裕を失わず、艶のある黒のロングヘアをスポーツ用に束ねた大王凪巴おおきみなぎはが豪語する。


 膝丈まである長い髪の穂先が、彼女の自信を映すかのように軽やかに躍った。


 身長は百六十九と、女子バスケット選手としては小さくはない程度だが、その風格は一丁前である。


 それもその筈、訳あって女子バスケットで県内トップの高校に行かなかったが、中学最後の年では県ベスト5──県大会における優秀選手五名。県内におけるドリームチームのメンバーという捉え方も出来る──に選ばれている実力派だ。


 そして、新入部員の自己紹介時に唐突に深雪の胸を揉んだ、美を探究する変態淑女でもある。


 因みに、基本的に自身より大きい者の胸は揉み定めるらしく、初夢も初対面で揉まれていた。


「だな。二年の先輩たちって、前情報じゃSGシューティングガード二人に、GFガードフォワードSFスモールフォワードCFセンターフォワードの五人きっかりだからバランス取れてるって訳でもないし。いけるいける♪」


 真那花が当事者である先輩から仕入れた情報を基に、本人以外には確信の持てない太鼓判を押す。


「無論だとも」


 いや、一人自信に溢れた変態淑女がいた。


「こっちは、PGFポイントフォワードの凪巴。SGFスウィングマンの真那花。GFの初夢。PFの深雪。Cの凛。確かに、ポジションのバランスで考えるなら上と言えば上ね」


 アシスタント・コーチ希望で、今試合においては一年生チームのコーチとなる如月香澄が、客観的に述べる。


 バスケットには、主に五つのポジションがある。


 司令塔とも言えるPGポイントガードは、自陣から敵陣へとボールを運ぶポジション。


 ハンドリング──ボールの扱い──やパス、ディフェンスの上手さに、ゲームコントロールを行う広い視野が求められる。


 SGはPGをサポートしつつ得点を稼ぐポジションで、所謂点取り屋だ。


 長距離からのスリーポイントシュートを得意とするシューターが多いポジションでもある。


 SFは柔軟なプレイを求められる万能的なポジションで、攻守両面での活躍を求められる。


 スピードと力強さがバランスよく必要とされる分、プレースタイルは人それぞれとも言えるが、だからこそ重要なポジションと言えるだろう。


 そして、主に身体の大きい者が務めるPFとC。


 PG、SG、SF、PF、C。


 この五つが基本で、後は複合的で曖昧な派生と言える。


 ガードフォワードは簡略的な言い方で、GFはGもFも出来る者のことだが、その内実は四つの内二つか三つでもいい。


 PGFはFでありながらPGの働きも行う選手を指す。


 SFが万能的なポジションであることを考えれば、別段強調するようなものでもないが、SGが含まれていない所がミソか。


 SGFはGとSFの役割を行う選手で、こちらはPFを担うには厳しい小柄な選手が主である。


 CFはCとFの役割を行う選手だが、SFの役割を負うかは人による。


 ──というか、ゴール下に入る関係上SFは除外され、殆どPFとCが兼任出来る選手と考えていい。


 他にもCGコンボガードというPGとSGを担うポジションもある。


 では、GとCGは何が違うのか?


 今までの説明から何となく掴めるかもしれないが、CGは必ず二つのGを含むのに対し、Gは片方だけの時もあれば両方を含む時もある。


「っていうか、いざとなれば世界一のARオールラウンダーが出れば一発じゃん?」


 そう言って、香澄に目線を流す初夢。


 バスケットプレイヤーは、より多くのポジションをこなせる方が好ましい。


 つまり、究極的にはARになることが好ましいのだが、そこはそれ、何事も特化させた方が万能より使えるのが世の常である。


 だが、高度に万能であるなら、それは器用貧乏を超え、真に万能足り得る。


「試合には出ないわ」


 酷く淡々と、鉱石のように硬い調子で香澄が答えた。


「公式じゃないんだし別にいいんじゃない? ま、命が惜しいから無理強いはしないけど」


「まあ実際、香澄んが出たら試合になんねーからな」


 この中で一番低い身長である百五十七センチ。


 その小柄な身体にバスケットボール二個を寄せたような豊満過ぎるバスト。


 それでいてウエストは細く、ヒップやフトモモにも張りがあるが筋肉質ではない。


 とても運動が出来るようには見えないが、その実、一番卓越しているアンバランス。


 いや、最早その動きは超越と言って差し支えない。


 そもそも、香澄は見た目から既に群を抜いた美しさを持つ。


 それは冒涜なまでの美しさ。


 生まれてから十三を数えるまで、神を汚す行為に腐心する組織の下で文字通りモルモットとして育てられた香澄。


 組織が壊滅した今も、命のタイムリミットと引き換えに得た超人的な身体能力と美貌は無くならない。


 オリンピックでドーピングがどうのこうの言っている中、陽性反応当然な効果重視の危険薬物投与を受けた香澄が、その辺の世界クラスの能力に止まる道理もない。


 比類がないとは孤独である。


 だから、程度に差はあれど、周りが相手にならず腐りかけていた凪巴が気になったのかもしれない。


「向こうのGFの先輩はSGとSFが出来るタイプだから、ぶっちゃけ向こうにPGはいねぇ。だから私や凪ぃは絶対ボールを奪われない。安心して回していいぜ♪」


 いくら先輩相手でも、PGも担う自分たちがボールキープ力で譲る訳にはいかないとやる気を出す真那花。


 因みに、凪巴の愛称は凪ぃに決まっていた。


「ああ。安心して私に委ねるといい。主に目下熟成中の青くも瑞々しいむn……かはっ、効い……た」


 目を光らせてアホなことを言い掛けた凪巴が、くの字に倒れ臥す。


 香澄が顔色を変えずに、文字通り刹那で撃沈したのだ。


 通常の人間の反応速度は凡そ二百ミリ秒前後で早くても百三十ミリ秒だが、香澄のそれは十三ミリ秒に迫る。


 人は普段、現在の出来事を見ていると感じているが、厳密には違う。


 目で見たものが脳で知覚されるまでに、短くても百ミリ秒程かかるからだ。


 更にサッカード抑制や変化盲など、人間の視覚情報は思いの外、穴が存在する。


 その上、ボクシングの洗練されたジャブのように、香澄は連動する筋肉の見た目の動きを殆ど殺して予測さえ不可能にしている。


 常人だろうと変態だろうと、その瞬撃の前には沈むしかない。


 何が起こったのか理解の追いつかなかった深雪が驚き訝しむも──


「じゃ、行こうぜ♪」


 真那花の声を皮切りに、同じくもう慣れた凛に初夢、そして熱いリビドーでゾンビの如く蘇った凪巴も、何事もなかったかのようにコートへ向かうのだった。


 一年生チームメンバー

 4番 星仲真那花   身長160(SGF)

 5番 大王凪巴    身長169(PGF)

 6番 鷹子初夢    身長173(GF)

 7番 姫代深雪    身長164(PF)

 8番 硲凛      身長189(C)

 アベレージ      身長171.0


 二年生チームメンバー

 4番 海原優姫    身長155(SG)

 5番 空雅恵理衣   身長159(SF)

 6番 泉奏      身長167(GF)

 7番 雛囃子羽衣   身長148(SG)

 8番 百乃千尋    身長172(CF)

 アベレージ      身長160.2


「高さはこちらの方が上ですね。少しだけ安心しました」


 コート中央のセンターサークルを挿んで整列したメンバーたちを見て、深雪が肩の力を抜いた。


「気持ちに余裕を持つのはいいけど、油断はするなよ姫。十センチや二十センチちょっとやそっとの身長差で優劣が決まるのは高校なら中堅層くらいまでだぜ」


 それを真那花が加減に気を遣いつつ注意する。


 中学までなら、深雪の考えでもいい。


 だが高校ともなれば、上手い技術でその差を凌駕する可能性が、それまで与えられた時間の分だけ高まる。


「男バスは特にその風潮が強いが、海外ではアレン・アイバーソン、日本では青木康平や私のように例外に至る人物は少なからずいる。尤も、この身長差では私の非凡さは陰らざるを得ないが、仕方ないから向こうのエースは私がおいしく頂くことで手を打とう」


 真那花の中学からの先輩であるという五番に対し、手をワキワキさせながら舌なめずりをする変態淑女。


 どっちの意味で頂く気なのか、聞くだけ無駄である。


 Eの存在感を放つ四番や、自身と同じDで澄んだ闘気を放つ六番をチラ見するのも忘れない。


 元々はFだった凪巴。


 PGもやるようになったのは、必要に迫られてが二割に、相手の実力者と揉み合いたいという理由が八割だった。


 マンガなどではエース同士の一騎打ちの場面も多いが、オフェンスのエースがディフェンスでもエースでいられるとは限らないし、逆も然り。


 オフェンスのエースはチームによって様々だが、ディフェンスのエースは基本的にPGだ。


 だからPGFとなり、可能な状況では攻守両方で一番上手い相手と戦えるようにした。


 後はもう、揉み合うが変な意味でないことを祈るばかりである。


 顧問を含む大人勢がオフィシャルズ・テーブル──タイマーやスコアボードなどが載った、コートを見渡せる位置にある長いテーブル──に座り、三年生たちがコートに審判として入る。


 試合開始の合図ボールが宙に舞った。


 普段の気弱な態度は一変し、名を体現する動きで制空権を得る凛。


 コート中央と両サイドを駆ける、型通りの三線速攻。


 スタートの速い真那花に気を取られれば、クイックネスとスピードのバランスの良い初夢、スタートは普通でもダッシュ力の半端ない凪巴への対応が遅れる。


 否、真那花や凛の元チームメンバーである恵理衣だけは釣られなかった。


 しかし、ボールの行方がマークマンである凪巴以外に渡っては手の打ちようがない。


 初夢がオーソドックスなランニングシュートを決め、先制点は一年生チームが頂いた。


 その後も、真那花と凛のピックプレイ──相手の移動を遅延、もしくは妨害するスクリーンを使ったプレイ──に、互いにワンマンプレイのようでインは凪巴、アウトは初夢と息の合ったコンビプレイを見せるツーペア。


 動きについていけてない深雪も、ゴール下に間に合えばその重さ故に不動の障害となり、地味に貢献する。


 二年のエースである恵理衣相手に凪巴が互角以上の接戦を繰り広げたこともあって、前半は一年生優位で終えるのだった。


「戦況は芳しくない」


 ハーフタイム──前半二ピリオドと後半ニピリオドの間にある十分の休憩時間──に入り、ショートヘアの上から冷たいタオルを首にかけた優姫が面倒そうにぼやいた。


「走力は男子レベル、ジャンプ力はNBAレベルの恵理衣と互角以上なんて、県ベスト5は嘘じゃなかったんだ」


 凪巴の自己アピールについて半信半疑だった千尋が、スポーツドリンク片手に呟く。


 左側に纏めたサイドポニーのせいか、右手に持ったスポーツドリンクで水分補給する様が異様に合っている。


「変態だけどね」


 恵理衣が気持ち疲れたように応じた。


 そのせいか、普段は活発に感じられる首筋のさっぱりとしたショートヘアの上に跳ねる癖っ毛も、元気なくヘタっている。


「です。優姫や奏を抑えるフリして、何気に胸部への接触を図ってました」


 羽衣は凪巴の無駄に卓越した技量を、きっちり見ていた。


「あはは……。困っちゃいますね。それに、何故か思った以上に統制が取れちゃってますし」


 こちらは変態淑女に巧く接触を図られた奏。


 色んな意味で困惑顔である。


 赤毛のロングヘアを纏めた奏の疑問に、色素の薄いロングヘアを纏めた羽衣がどうしてでしょうと首を傾げた。


「それだよ。真那花と凛は分かるけど、他は出身違うのにどうなってんの?」


 やられたーと、悔しさと嬉しさを顕にする恵理衣。


 敵が強い方が燃えるタイプは使い易いと、優姫は黒い思考を平常運転で走らせる。


「後輩に負けるのも癪だから、アレいっちゃう?」


 優姫が出来合いのチームに対する大人気なさなど気にすることもなく、このメンバーでもはまるフォーメーションを推す。


「このままだと、ささちゃんはともかく監督やコーチの視線が怖いからね。姉さんは賛成」


 顧問の笹ノ葉更紗は表も裏も癒し系だから別として、監督の師堂彩華あやかやビッグマンコーチである長門撫子は理論武装した体育会系だ。


 それが例え練習試合だろうと、勝ちに行くことに拘る。


 腑抜けた姿勢を見せようものなら、理詰めの説教の後でペナルティを課せられるのは目に見えているので、千尋は優姫の案に渡りに船とばかりに乗った。


 通常のフォーメーションであれば、二年で撫子の指導を主に受けているのは千尋だけ。


 念入りに指導を受けるのは望む所だが、出来た筈の反復作業よりは、出来る筈の反復作業へ時間を使いたいというのが本音である。


 その点、アレなら恵理衣も撫子の指導を受けている。


 万一負けたとしても、説教は分配される計算だ。


「ボクも真那花たちに負けてられないからね。賛成だよ」


 千尋の打算を知る由もなく、真那花や凛の中学時からの先輩である恵理衣は、当然賛成した。


「私も賛成ですよ。深雪ちゃんにちょっぴり有利になるかもですけど、彼女の技術や得点力は低いですし問題ないと思います」


 アレを使うことによるメリットとデメリットを量りに掛け、羽衣もメリットが大きいと判断した。


「否定する理由はありません。せっかくですし、張り切っちゃいましょう」


 劣勢であることを感じさせない奏の晴れやかな笑顔が、二年生たちを元気づける。


 女子バスケット部で唯一、剣道部との掛け持ちを行っている奏。


 バスケの技量こそ荒削りだが、剣道では高校一年生でありながらインターハイ個人戦でベスト4に入った女傑である。


 そんな彼女が軽快に微笑めば、こちらの心も弾み、何とかなりそうな気がして来る。


「くくく、それじゃこっちのターンを回しますか」


 日本のサブカルチャー好きな優姫が、ニヤリと笑った。


 第三ピリオド。


「おいおい。そう来るかよ」


 相手のまさかの戦術に、真那花は冷や汗を掻いた。


「これは参った。知ってはいるが、さて──」


 真那花と頷き合い、一本決められただけだが早くもタイムアウトの合図を送る凪巴。


 コーチ役の香澄が了承し、一年生チームがタイムアウトを取る。


「あの、どうしたのでしょう?」


 まだ事態を呑み込めていない深雪が、疑問を投げ掛けた。


「時間が惜しいわ。真那花と凛は対応出来る?」


 ジェスチャーでも深雪を制し、香澄が問い掛ける。


 タイムアウトの時間は一分間。


 場に出す情報を限らねば、あっという間に過ぎてしまう。


「知識として持ってるけど、実際にやったことはねー。二・三分くれれば慣れる」


 香澄の指示の時間を確保するべく、真那花は端的に答えた。


「わわ、私は真那花ちゃんにこんなにょあるって見せて貰ったくらいで、考えた対応策が合うかちょっと自信ないでしゅ」


 凛も慌てて返す。


「初夢は?」


「あたしもちょっと自信ないかな」


 厄介になったという風体で、初夢は髪の先端を指でくるくるさせながら状態を告げた。


「そう。基本はアウト三名がサイドを駆け上がり、イン二名が遅れて中央突破を図る。速攻が無理なら決められたスポットを埋め、そこからローテーションし易いハーフコートオフェンスを仕掛ける戦術よ」


 香澄は携帯していた小型の作戦ボードを使い、視覚的な説明も加える。


 アウトやインと言われても疑問符を浮かべるだけだった面々も、スポットとしてチェックされた三箇所のアウトサイドと二箇所のインサイドの丸印を見て理解を得る。


「ある程度役割分担はあると思うけど、アウト三名、イン二名共に互いの動きを出来るものとして考えて」 


「え?」


 深雪が困惑を深めるのも致し方ない。


 彼女が幼少時に習っていた頃は、こんな戦術など聞いたこともなかった。


 3アウト2インというポジショニングなら知っていたが、それでもPGからCまで、一人がこなす役割は基本的に一つだった。


「つまり、敵のポジションはアウトサイドプレイヤーとインサイドプレイヤーの二つのみ」


 だが、この3アウト2インでは一人二役・三役が基本となる。


 それもその筈、この3アウト2インはスペーシング──五人が互いのプレイの邪魔にならず効果的に動ける位置──を良くするためのポジショニングではなく、ポジションそのものなのだから。


「こちらもその範囲でならマークマンの交代をOKにするわ」


 慣れないディフェンスなら、固定するより多少は臨機応変に行った方がいいだろうとマークマンの枠を緩める香澄。


 基本的にこちらの身長の方が高く、ミスマッチの起こり難い状況であることが幸いした。


「深雪はオフェンスに加わらずに自陣のスリーポイントラインで待機して先に来たアウトサイドプレイヤーをチェック。真那花と初夢は残りの近場のアウト勢を。凛は八番、凪巴は五番をそれぞれチェック。向こうのオフェンスは両サイドで同時展開するでしょうけど、下手に両方に対応しようとしないでボールサイド集中して」


 二年生の戦術はリバウンドに集中するため先駆けの速攻役がおらず、単純に考えれば足の遅い深雪でも対応出来そうだがトランジション──攻守の切り替え──は速い。


 その判断が確かでない鈍足では、攻守に亘って翻弄されるのがオチである。


(チームオフェンスのテンポを乱されるよりは、ディフェンスに専念させた方がいいでしょう)


 これで各々に対する大まかな指示は三つ。


 これ以上は混乱しかねないので、香澄は言葉を止めて大まかに予想は出来ている残り時間を、念のため視覚で確認する。


 普段は取り入れる最初の選手たちの意見交換する時間を省いたため、まだ少し時間が残っていた。


 凪巴の中学では、定年間近のバスケットに詳しくない顧問に代わり、コート上の指揮を一任されていた香澄。


 凪巴が無名の中学を県ベスト4まで導いた英雄とすれば、さながら香澄はその側で知恵を貸した魔術師と言える。


「リバウンドは五人がかりで来るわ。ゴール下は凛と深雪が今まで通り。外やオフェンスリバウンドのフォローは凪巴と私に任せて」


 一名以外、変わらない指示に注意点を交えて伝える。


 香澄と凪巴とは中学からの付き合いだ。


 一つくらい指示を追加しても、十分に許容範囲内である。


「それから真那花。三年相手じゃないからって出し惜しみしてると引っ込めるわよ」


「! へへ、了解♪」


 冗談交じりの香澄の全力で行けという指示に、真那花が勝気にウィンクとグゥサインで応える。


 第三ピリオド序盤は、それぞれが力を発揮出来る戦術に変えた二年生が大勢を持って行くかに見えた。


 だが、本領を発揮した真那花と凛のピックプレイは色褪せず、凪巴も思うようには止められないこともあって抜きつ抜かれつを繰り返す両チーム。


 二年生チームの二次攻撃を防ぐための五人リバウンドも、読み合いで遅れても高さで五分に渡る凛に、ゴール下では優位に立てない。


 また、大きく弾かれたボールのリバウンドは、香澄の暗号的な内容の指示──コーチだけはゲーム中も立ち続けることが認められており、チーム・ベンチ・エリア内からであれば声に出して指示を送れる──で動く凪巴が独壇場とも言える活躍を見せる。


 結果、真那花たち一年生チームは二年生相手にチーム単位の攻防では圧されるものの、辛くも勝利を掴んだ。


「どうやら口だけではなかったみたいですね」


「ああ。あのツインテール……真那花だったか。今年の夏は面白くなりそうだ」


「……」


 麗胡の呟きに四季が応じ、四季の期待に静が無言で頷いた。


 四季の問い掛けに本気と返した新入生。


 星仲真那花の決意表明が、頭の中に蘇る。


「次の皇后杯で優勝して、来年のオリンピック選手になる!」


区切りよさそうな所で(恐らく)毎日投稿していく予定です。誤字脱字やルビ振りミスのチェックで度々更新されるかもですが、一度投稿されたシナリオの変更はない予定・・・

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