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忠義の恋愛事情



忠義はキャバレーの店長だ。

Mに通う私とは顔見知りで、何度も一緒にパチスロの帰りにご飯をご馳走になっている。毎回彼にお金を出させるのはちょっとばかり気が引けるが「レディーに財布は出させない」と言うのを信条としている彼に従いお金を払った事は無い。

いずれ何かの形でお返しをしたい、そう思った私はキャバレーに遊びに行く事にした。多少なりとも売り上げに貢献出来るのなら、それは良い事だ。もっとも売り上げが彼の給料に反映されるかは分からないのだけれど。

キャバレーは女一人では些か入り難い、そう思った私は知り合いの土建業を営む鈴木さんに相談した。鈴木さんは二つ返事で行こうと言ってくれた。

数日後鈴木さんと忠義が店長を務めるキャバレーに顔を出す、呼び込みの蝶ネクタイの男に鈴木さんは声を掛けて女性が同伴しても大丈夫かを確認すると、大丈夫だとの事なので早速足を踏み入れた。

席に案内するのは忠義の役目だ、彼は膝を付き指名があるかを聞く。

「初めてだから指名なんてぇのはねぇけどナンバーワンの娘を頼むよぉ〜なぁ兄ちゃん」

「そうすると指名料が掛かってしまいますが、宜しいでしょうか?」

「そんなん構わねぇよ」

忠義は職場では普通の喋り方をする、当たり前と言えば当たり前だ。

「○○さん○番テーブル」

マイクで言っているのだが聞き取れなかった、ほぼ満席の店内は生バンドと人々の喧騒で溢れて、マイクの声も聞き取り難い。

直ぐにそのナンバーワンのホステスがテーブルにやって来た。40代に見える、派手なスパンコールの着いたドレスを着たどぎつい化粧の不自然な位愛想のいい女性だ、水商売に有りがちな派手な名刺を出しながら源氏名を名乗る。明美と言う名のお姉さんだ。

鈴木さんは店の中でも一番高いヘネシーと私にソフトドリンク、オードブルの盛り合わせ、フルーツを注文した。明美は大層喜んだ。

「一人じゃ寂しいから、他の女の子呼んでもいいかしらぁ?」

「構わねぇよ、暇な女全部呼んでこい」

中々太っ腹だ。

鈴木さんと私は生バンドをバックに歌を歌い、ジルバを踊った、気が付くともう閉店の時間になっていた。

鈴木さんとは横浜駅で別れた、これからフィリピンパブに行くのだそうだ。

次の日私はMにパチスロを打ちに行った、忠義も来ていた。彼は昨夜店に行ったお礼を口にする、何だか元気がなかった。もしや彼に無断で店に行ったのが不味かったのだろうか。

パチスロはストレートに3万程負けてしまったので帰ろうとすると忠義が引き留める、昨夜の事を立腹しているのなら謝っておいた方が良さそうだ。

「レディーお茶でも飲まないかい?」

「いいですよ、丁度負けてたんで帰ろうと思ってた処だし」

野毛にある小さな喫茶店に入った。

「あ、あの昨夜は突然ごめんなさい、やっぱり事前に了解取れば良かったのに押しかけてしまって」

「店に来てくれたのは嬉しいぜぇ、しかもあんなに景気のいいお客を連れて来たのは流石銀座のレディーだぜぇ」

暫く、無言の時が流れる。昨夜の事は怒ってはいない様だが、この沈黙は気まずい。

「レディー、相談に乗ってくれるかい?」

彼はそう切り出した、何か困っているのだ、元気がなく見えたのはそのせいか。でも相談ってなんだろう、金か、職場の事か、どちらにせよ相談に乗るのは無理だ。だが愚痴を聞く事位はできる。

「俺は困ってるのさ」

いった何を困っているのだろう、早く言って欲しい。

「レディー実は店のレディーの事で困ってるんだぜぇ」

店の事は全く分からないのだけれど私に相談するのは無駄だと思う、そんな相談はもっと上の人例えば社長等の人に相談すればいいのだ、部外者の私ではてんで話にならない筈だ。

「私全く部外者だから言われても分からないよ」

「レディー最後まで聞いて欲しいぜぇ」

彼はそう言うと、簡潔に今の忠義の状態を話す、どうやら店のホステスに言い寄られて困っているらしい。

「う〜ん、それは困ったね」

「レディーそうだろ?俺は参ってるぜぇ」

水商売において店の男女ができてしまう事は多々ある。でもそれはご法度だ、中には自分の売り上げを伸ばしたいが為に店長を誘う女性もいるのも確かだ。そんな従業員とホステスは大嫌いだ。誘う方もそうだが乗る方も乗る方だ、経営者にばれたら最悪両方首になる。又、罰金を課せられる店もある様だ。

「そのレディーは素敵なレディーなのさ、でも俺に手を出すなんて事は出来ないぜぇ」

キャバレーやクラブは女の園だ、男性従業員は必ずと言っていい程誘惑される、忠義は中井貴一似の世間一般ではいい男の部類に入るだろうから尚更誘惑は多いだろう。

「店のナンバーツーに薫さんってレディーがいるのさ、そのレディーが毎日誘って来るんだぜぇ」

聞けば薫さんは毎晩彼をホテルに誘うらしい、猛アピールしてくるのだと彼は言った。

「で?どう思ってる訳?」

「そうたなぁ、俺は素敵なレディーとは思ってるぜぇ」

私は薫さんについてを色々聞き出した、年齢は48で成人した息子がいる。ホステス歴も長く昔は赤坂で働いていたのだそうだ。48と言えば私の母より年上だ、しかも店のナンバーツーなら機嫌を損ねたら売り上げに響く。思い切って誘いに乗るのも良いのかも知れないが、それがベストな答えだとは思えない。

「私は、店の男と寝るホステスは最低だと思ってる」

私は率直に自分の意見を述べた。

「そうさ、店の中でそいつはいけない事なのさ」

「なら、きっぱり断った方がいいんじゃないの?深入りすると録な事にならないし」

「レディー俺は押しに弱いのさ、断った後にレディーが悲しむのを見ちゃいられないのさ」

そうか、忠義は押しに弱いのか。

「レディー何かいい案はないかい?」

「薫さんはどの程度忠さんの事知ってるの?」

「住所は教えてないぜぇ、多分俺の事は何も知らないと思うぜぇ」

「ならさ、それなら所帯持ちって事にしてかわすのはどうよ?奥さんいるから裏切れないって言えば薫さんも手を引いてくれる可能性があるよ」

「レディーそいつはいいアイデアだぜぇ」

忠義の顔がパッと明るくなり、親指を立てた。

「モテる男は辛いね」

と、私は笑う。

「自慢じゃないが、俺は年上のレディーにだけはモテるんだぜぇ」

何処がそうだとは言い切れないが彼の言う事に納得する。何処と無く年上の女性の保護欲をそそるのだろう。

「レディー恩に着るぜぇ」

忠義に誘われ結局私はMに戻り、彼の勧める台を打つことにした。

「レディーこれはお宝台だぜぇ」

そう言われて打つと直ぐに当たった。3万の負けは直ぐに取り返せた。(続)

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