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誘う忠義、攻防は続く!?




学校をサボっては桜木町のMに通うと言う生活が続いていた。

こんなことでは単位を落としてしまうかも知れないとふと頭を過る事もあったが、その辺はずる賢く単位の計算だけは忘れてはいなかった。最悪留年と言う手段があるがそれは絶対に避けたかった、私のちっぽけな米粒程のプライドが許さないからだ。留年する位なら中退した方がマシだ、そう思う。

大勝ちした日初めて寿司を奢ってくれた男は時々見かけた。彼は会うと必ず挨拶をしてくれる、少なくとも礼儀正しい人間なのは分かった。

ただ、私をレディーと呼ぶのは吹き出してしまいそうになるから、ちょっと勘弁して欲しいと思っていた。

「レディー、調子はどうだい?」

たまたま隣の台になると彼は目押しをしてコーヒーも奢ってくれる。そんなパチンコ屋の常連客同士と言った処だろう。しかし、相変わらず派手な服装だ、格好がチンピラにしか見えない。チンピラが知り合いって言うのは面白そうだとも思えるが、心の中で「そんな格好のヤツはろくなヤツじゃないぞ」と言う声もしていた。私は自分が学校をサボってパチンコ屋に出入りする人間なのを自覚していない様だ。そんな事をするのは間違いなくろくでなしだろう、完全に棚に上げて、いや、自分がもう既に棚の上に上って見下ろしている状態なのだ。直ぐにそう気付きフフッと笑ってしまう。

うん、そうだ、間違いない、ろくでなしは私だ。何だか気持ちが軽くなった。中々良い表現だ、ろくでなし。私はろくでなしの名に恥じぬ様にだらだらとパチスロを打ち続けた。

その日もたまたま男が隣合わせた。

「レディー、お久しぶりだね元気だったかい?」

「元気ですよ、でも最近あんまり勝てないなぁ」

「気楽におやりよ熱くなったらダメなんだぜぇ」

「ですよね」

彼も私もパチスロに集中する、コインを入れてレバーを叩く実に地味な作業だ。長時間続けていると肩が凝る。だが、これ程無心になれる作業を私は知らない。何も考えなくて良い状態は気持ち良いものだ、時間も学校も日々の細かな雑念も消し飛んで行く。尚且つ小遣い稼ぎになる可能性もある。

「引きが強いね、レディー、コーヒーはブラックでいいのかい?」

「出来ればアイスのブラックでお願いします」

彼は親指を立てて、コーヒーを買いに行った。

結果から言うとその日また二人共上々の出来栄えで、特殊景品を交換したら10万以上になった。久々の10万超えの勝ちは嬉しい。

「レディー、これから少し時間あるかい?焼肉でもどうだい?」

「いいですよ、私も焼肉行こうかと思ってたんです」

本当に焼肉が食べたかった。焼肉は食べたいと思っても、一人で焼肉屋に入るのは私にとってはハードルが高い。正に渡りに舟の提案だ、ましてや私はパチンコ屋に入ると絶対に食事は摂らないのでお腹がペコペコだった。

どうせならとの彼の勧めで私達は少し離れた焼肉屋に向かった。関内のKと言う店だ。ここは数量限定のカルビが美味しいのを私も知っている。

席に着くと先ずは乾杯だ。

「レディービールでいいかい?」

「ごめんなさい、私お酒飲めないんですウーロン茶でお願いします」

「無理はダメだぜぇ、ウーロン茶でいいぜぇ」

タン塩を焼きながら彼はパチスロについて語る。出る台の見分け方、リーチ目、チャンス目等、成る程良く知っていると感心して聞き入った。良く研究している様だ。ただだらだらと打つのでは無く実に良く研究している、データも取っているみたいだ。彼が負けている処を殆ど見ないのはその為なのだろう。しかしパチスロで食べているとは思えない。

「スロットで食べてるんですか?」

彼は声をあげて笑った。

「レディー、こう見えても仕事はしてるぜぇ」

当たり前だ。乳幼児、学生、専業主婦、引退した人々等を除けば皆何かしら仕事を持っているのは当然だ、質問した私が馬鹿だった。

目の前の男は仕事をしているとは言ったが彼の職種が思い付かない。この雰囲気でスーツを着ると筋者に見えるし、手は全く荒れていないので現場の力仕事でも無さそうだ。適当な職種が分からない。

「自己紹介がまだだったぜぇ」

彼はルイ・ヴィトンのセカンドバッグから銀色の名刺入れを出すとその中の一枚を私に差し出した。

キャバレーH横浜店店長 南沢忠義 の文字が目に飛び込んで来た。そうか、それは盲点だ。Hと言う名のキャバレーは入った事は無いが横浜駅の西口にあるのは知っている。彼はそこの店長だったのだ。

「夜のお仕事なんですね」

なんとなく合点する。確かにこの風貌なら水商売はしっくり来る。唐突に頭の中に銀座のSの風景が湧いた。生バンドが演奏をしてそれに合わせて身体を密着させながら踊る男と女、騒がしい中唇が触れそうになる程顔を寄せ合い囁きを交わす男と女、白けてしまう程華々しいヌードダンサーによるショー、どれも儚く切なく甘酸っぱい様な光景だ。

「レディー水商売は嫌いかい?」

「嫌いじゃないですよ」

私は即答した。大体私自身酒は苦手だが酒を飲む場所は好きだし、当時銀座のとあるクラブでアルバイトもしていた。

「興味はあるかい?」

「キャバレーって行った事はあるけど、う〜ん、どうだろ?興味あるっちゃありますね」

「レディー楽しい所さ」

忠義は自分が店長をしている店と自分の仕事を軽く説明する、矢張生バンドは入っている様でそのバンドのマネジメントもすると言う。ホステスの管理は勿論の事、雑用迄が仕事の範疇でどうして骨の折れる仕事みたいだ。

「結構大変なんですね」

「素敵なレディー達が嫌な思いをしない為に俺は毎晩頑張れるのさ」

どんな職業にしてもモチベーションは大切だ、そのモチベーションが「素敵なレディー達に嫌な思いをさせない為」は良い事だ。仕事熱心で頭が下がる。

「俺はレディー達に楽しく働いて欲しいのさ」

そう言う彼を私は好ましいとさえ思った。少なくとも他人の為に働くと言うのは私にとっては偽善的で自らしたいとは思わないし口にする事も無いが、忠義の「レディー達の為」と言う言葉は素直に額面通り受け取る事が出来た。裏はない、そう感じる。

「レディー物は相談なんだけどアルバイトする気はないかい?」

おっと、そう来たか。名刺を貰った時からもしかしたらと思っていたが矢張言う事は言うんだなと彼を見つめた。

「面接に来るだけで一万円、貰えちゃうぜぇ」

私は学生である事と銀座でアルバイトしている事を彼に告げた。

「素晴らしいね、レディー銀座の素敵なレディー、イカしてるぜぇ」

大体この話の流れだと、時給や待遇を聞いて来る筈だと思い、何て答えようかと思い巡らせていたが彼はそれ以上踏み込んで来る事はなかった。

「早く食べないとカルビが焦げるぜぇ」

気を取り直して二人で焼肉をパクついた。矢張限定のカルビは美味しい、おかわりをした。

その夜も彼は通りに出るとタクシーを拾ってくれた。

多分、彼とはもっと親しくなるだろうと思った。

その後も忠義とはMで顔を合わせる事が多く、彼の仕事が休みの時は食事を共にする機会が増えて行ったが、彼は私をレディーと呼び続け、私は忠義の忠を取って「ちゅうさん」と呼ぶ様になった。そして食事の度にアルバイトしないかと半ば冗談で、彼が店長と言う仕事を辞める迄誘われ続けた。(続)



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