こんな出会いがあるとは!?忠義登場
私はギャンブルが好きだ。競馬、競艇、パチンコ、パチスロ等兎に角興味と本能の赴くままに賭け事をするある種のジャンキーなのかも知れない。殊にパチンコとの出会いは古く遡ると40年近く前になる。
まだ中学生だった私は夏休みと冬休みは大船の、今は無きYと言う予備校の講習に通っていたのだが、いかんせん遊びたい盛りで講習を受けるよりモノレールで江ノ島に行ったり映画を観たりとサボってばかりいた。
その日も映画でも観ようかと中通り商店街を歩いているが、映画は私の興味をそそる物ではなくかといってまた講習に戻りたくもなかった私は映画館の1Fにあるパチンコ屋に吸い込まれる様に入った。冷房が心地よく感じたのを覚えているので夏期講習だったと記憶している。
辺りをキョロキョロと見回すと皆だらけた様に玉を打っている。私もちょっとやってみたくなった。
と、突然肩を叩かれ振り返ると店員と覚しいパンチパーマに咥え煙草のおじさんだった。
「お姉ちゃん、初めてかい?」
私は黙って首を縦に2回振った。
「金は持ってんのかい?」
「幾らですか?」
少しドキドキした。カツアゲされるのはこんな感じなのかと思った。
「200円もってる?」
その位なら多分小学生でも持ってる筈だろうと思いながら頷く。金額に拍子抜けしてしまった。
おじさんは私が差し出した200円を持って店の一番奥のカウンターになっている所に歩いて行く、私はあとを追った。そこには化粧の濃いおばさんが手持ち無沙汰で欠伸を噛み殺していた。
おじさんはおばさんに200円を手渡すと右手の人差し指と中指を立てて振る、おばさんは玉貸機からジャラジャラと玉を出しておじさんに渡した。
「これがいいかな?」
おじさんは台に私を座らせると、上皿に玉を入れて打ち方を教えてくれた。そしておもむろに台のガラスを開けると当たりの所に玉を入れた。
「内緒、な?」
おじさんは人差し指を口に当てて笑った。
ここから私はパチンコとお付き合いする事になる。台に座って無心になれるのが心地いいと思えた。(良い子は真似したらダメだよ)
何年かを経てパチスロなる物が登場すると私はパチスロに夢中になって行った。毎日通ったりはしないのだが暇を見付けると足繁くパチスロを打ちにパチンコ屋に通った。大学入学と同時に、一人暮らしを始めるとまともに講義に顔を出さずにパチスロを打つことも多かった。但し私は7を揃える事が、つまり目押しが全然出来ない。だから当たるといつも店員を呼んで7を揃えてもらっていた。
そんなある日、朝から雨模様の平日だった。講義もさして重要とも思われない物しかなかった私は、桜木町の駅前のMに行く事に決めた。どうせなら朝一から行こうと午前8時に部屋を出ると小雨の中を傘をさしてゆっくり歩いた。
Mに着いたのは午前8時半位で数人が開店を待って並んでいる、皆見たことのある常連客だ、私は軽く会釈をして後に並び誰とはなしに最近の出玉の事等を話した。
開店と同時にパチスロの一番端の台に座る、隣には私より少し年上の一見してとてもチャラそうな男が座った。
千円で当たりを引いたので、店員を呼ぼうとランプを押すと、左から手が伸びてランプを消した。
「押すよ〜大丈夫だよ〜」
と言いながら隣の男は軽く7を揃えた。
「あ、ありがとうございます」
「入ったら何時でも言って〜目押し大好きマンだぜぇ」
彼は親指を立てた。私はお礼にコーヒーを買って来ようと彼に好みのコーヒーを聞いた。
「レディーに財布を出させやしないぜぇ」
そう言ってコーヒーを買って来た。レディーなんて言葉は使われた事がないし、使う人間も多分彼を除いたらいるわけがないと思って私はちょっと笑った。
「ありがとうございます、遠慮なく頂きます」
「そうさ、レディー遠慮は要らないぜぇ」
軽い、何て軽いヤツなんだ。私は警戒する、軽いヤツはナンパ目的の人間も多くそんな人間と簡単に心安くなりたいとは思わない。目押ししてくれるのは確かに有難い、でもこんな軽い人間と知り合いになるのは苦手だ。内心そう呟いて、彼を見ると彼は真剣そのものでパチスロを打っている。そこに軽さは全くと言って良い程見当たらない、そしてその顔は俳優の中井貴一に良く似ていた。
失礼かなと思いながら彼の身なりをチェックしてみる、髪はアイパーでオールバックにして、派手な柄のシャツに紺色のスラックス、左手首に喜平の重そうな18金のブレスレットをして首からも揃いの喜平のネックレスをしている。少なくとも普通の勤め人には見えない。怪しさ満載だ。
私は直ぐに自分の台に集中する事にした。どうせパチンコ屋で隣合わせになっただけの男だ、目押しが上手いなら目押しだけして貰えばいいのだ。
私が当たりを引く度に彼は目押しをしてくれた。その日何度当たったかは忘れたが二人共バカ出ししたのは確かだ。結局彼も私も閉店迄パチンコ屋にいた。
目押しのお礼を言い帰ろうとすると、彼は私を引き止めた。
「レディー飯行こ飯〜〜今夜はお祝いだぜぇ」
ニッコリと笑いながら食事に誘う中井貴一似の顔に私はついつられてしまった。
「少しなら、いいですよ」
「レディーそう来なくっちゃ、寿司でも食おうぜぇ」
雨はとっくに上がっていた。二人で野毛の小さな寿司屋のカウンターに座り、彼の奢りで寿司を鱈腹食べた。
「これはナンパなわけ?」
私はちょっと嫌味を込めて彼に尋ねた。
「レディーそれは違うぜぇ、俺に下心なんて全然ないんだぜbaby」
レディーの次はbabyかと私は声を出して笑った。
「もう遅いから送るぜぇ、レディー、夜道は危ない」
「タクシーで帰るから大丈夫です」
彼はバス通り迄出るとタクシーを止めた。
「また会おうぜぇ、レディー」
彼は親指を立ててそう言うと福富町方向に歩き出した。
タクシーの中そう言えば名前も告げない彼は意外と真面目な人間なのかも知れないとなんとなく思った。
そして名前を知る機会もそう遠くはないかも知れない、そんな予感を持った。
これが忠義との出会いだった。(続)