俺、なんか悪い事しましたかよ!?
思い付いたから勢いだけで書いたものである。
あまり深く考えずに。
「ぐ……、が、ぁぁ、あ……」
とある屋敷に、苦悶の呻き声が響く。
床に倒れ、のたうちながら苦しむのは、一人の男性。異世界から召喚され、魔王を討ち果たした《勇者》である。
悶え苦しむ彼を取り囲み、その無様な末路を見て笑うのは、三人の〝人間〟たち。
「流石は勇者様ですな。〝勇者殺し〟を飲んで猶、即死せぬとは」
法衣を纏った老神父が感心するように言う。
それに応えるのは、素朴な雰囲気を纏った青年。
「まぁ、そっちの方が良いですけどね。簡単に死なれては、僕たちの恨みの億分の一も返せないですし」
心から楽しいという綺麗な笑顔で、狂った事を言う。
同意を示すのは、動きやすさを優先させた軽鎧を着た騎士風の男性。
「全くだな。精々、自分の罪を悔やんで、苦しみの果てに死んでほしい物だ」
彼らは、全員が全員、勇者に対して恨みのある者たちだ。
恨みを募らせ、憎しみを煮詰めた果てに、遂に彼らは勇者に応報する事に成功したのだ。
〝勇者殺し〟と呼ばれる秘毒がある。
世界に害為す存在となった《勇者》を滅ぼす為、神よりもたらされた抹殺手段である。
《勇者》が持つ毒耐性を貫通する程の強力な死毒であり、まともな人間であれば、目に見えない程の飛沫が指先を掠めただけで即死する程の威力を持っている。
その死毒を以てしても、《勇者》の膨大な生命力を削りきるには時間がかかる。
死出の苦痛を大いに味わいながら、もがき苦しんで死んでいくのだ。
まさに、害悪たる存在を葬るに相応しい手段と言える。
憎き《勇者》が苦しむ様を見ながら、男たちは口々に彼への恨み節を吐き出す。
「あの子は、勇者様の所為で変わってしまった」
最初に口を開いたのは、神父だった。
《勇者》を癒す《聖女》の養父だ。
「清く、純真で、天使のような子だった。
だが、勇者……お前の所為で!
お前があの子を誑かしてしまった所為で!
あの子は穢れてしまった!
邪淫にふけり! 信仰を捨てたのだ!
お前に媚びるメス豚となってしまった!」
血を吐くように叫び、見ているだけでは満足できなかったのか、勇者を足蹴にする。
「彼女も、だ。
お前が、お前が出てきた所為で。彼女は変わってしまったんだ!」
続くのは、素朴な青年だ。
《勇者》を助ける《剣聖》の幼馴染の青年だ。
「僕と、僕と彼女は結婚の約束をしていたのに!
お前が惑わしたんだろ!
お前が! お前が僕から彼女を! 幸せを! 奪ったんだ!
彼女がいてくれるだけで、僕は良かったのに!」
罵詈雑言を投げつけながら、彼は《勇者》を踏みつける。
何度も何度も、死んでしまえ、と念じながら。
「姫様も、変わられてしまった」
最後は、騎士の男だ。
《勇者》を支える《賢者》の護衛騎士をしていた男だ。
「私と姫様は、愛し合っていたのに。
お前が横から攫って行ったのだ!
お前などが触れて良い方ではないというのに!
お前の所為で! お前が触れたから!
奥手で、穏やかだった姫様が!
男に媚びを売る娼婦の様になってしまった!」
耐えられなかったのか、腰の剣を抜いて《勇者》を斬りつける。
普段であれば、文字通り刃が立たなかっただろうが、〝勇者殺し〟で弱っている今ならば、彼の力でも充分に傷付けられる。
血飛沫が舞う。
それが引き金となった。
三人はそれぞれに武器を構え、苦しむ《勇者》を切り刻み、跡形もなくバラバラに解体した。
《勇者》ケンヤは、こうして死んだのだった。
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死後の世界。閻魔の裁判所で、一人の青年が喚き散らす。
「おい、ちょっと聞いてくれよ!
俺の愚痴? 文句? それ、聞いてくんね!?」
「……まぁ、聞くだけは聞いてやるがの」
被告人・天城剣弥は、正面のいかつい髭面の大男、閻魔大王に向かって訴える。
「俺さ! 《勇者》なんだよ!
ほら、異世界に召喚されて世界を救ってください《勇者》様!
って奴よ! な!?」
彼こそ、とある世界を魔王の手から救った本物の《勇者》である。
「俺! 超頑張ったよ!?
もうね、綺麗なお姫様に、手を握られながら上目遣いの涙目でお願い……、なーんて言われた日にゃ童貞としては舞い上がっちゃうもんでしょ!
はい頑張ります! の言葉以外ないってもんでしょ!
だから、俺、頑張ったんだよ!
死にそうになりながら! 血反吐ぶち撒けながら!
頑張って頑張って魔王を倒したんだよ!」
「記録を見る限り、そのようだの」
「だろう!?
なのにさ、最後は毒殺だぜ!?
いやいや、魔族の残党だとか、人間の中でも権力争いの末の暗殺とかならさ、まだ納得できるんだよ!
だけど、恨みって何だよ!
俺、必死こいてお前ら守ってやった英雄様よ!?
何で恨まれなきゃならねぇんだよ!?」
閻魔大王は、手元の書類を見ながら、やる気無さそうに頬杖を突いて答える。
「記録を見るに、女を寝取った恨みの様だがの」
さらりと流し読みしながらの言葉に、剣弥は反発する。
「ちっげぇよ! 寝取ってなんかねぇよ!
全部、説明してやっから、耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ!」
「あー、じゃあ、まずは《剣聖》の娘から」
「アリアちゃんだな! 良いぜ!」
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ケース1 《剣聖》アリアの場合
「この娘には幼馴染の婚約者がいたという話じゃが……」
《剣聖》アリアは、辺境にある開拓村で生まれた女の子だ。
彼女が《剣聖》であるという事が判明した後、訓練の為に都へと連れられて行ったが、その別れ際に幼馴染の少年と結婚の約束をしていた。
だが、魔王討伐後、彼女は《勇者》剣弥との恋仲を宣言し、そのまま結婚した、という記録を閻魔大王はほんのりと読み取る。
「子供の頃の話だよ! アリアが六歳の時の約束だ!
以降、魔王討伐が終わるまで、故郷の村にあいつ帰ってねぇぞ!
その幼馴染の何某君とも当然会ってねぇよ!
貧乏な開拓村だからな!
アリアちゃんからは手紙を送ってたみたいだけど、返信なんざねぇ一方通行だぞ!」
「一応、相手方からの返信はあったと書かれておるが?
まぁ、金を稼げるようになってからの、随分後の事らしいがの。
なのに、全く音沙汰がなく、お前が握り潰したのだと、幼馴染は証言しておるが」
「ああ!? それ、いつの事だよ!?
魔界戦線突入後なら知るかッ!
手紙持ってくるくらいなら薬草の一枚でも多く持って来いって言いつけてあったからな!
ああ、一応言っておくが、これ、俺の独断じゃねぇかんな!?
勇者パーティ、ひいては魔界戦線に投入された全戦士たちの総意だからな!?」
「成程のぅ。
とはいえ、じゃなぁ。
約束は約束じゃからなぁ。
それを一方的に反故にするというのも、のぅ?」
「ほほぉ? そんな事言いやがるのか?
じゃあ、俺にも結婚の約束をした幼馴染って奴がいるぜ!?
生まれた頃から一緒で幼稚園まで遊んでた女の子だ!
親の転勤で離れちゃったけどな!
コトちゃんってんだけどさ、あの子、俺の事が好きだって言って、将来は俺のお嫁さんになるって言って、俺のほっぺにチューまでしてくれたぜ!?
異性にする初チューだ! 感動的だろ!?
コトちゃんが今でも俺の事を健気に待っていてくれてるってんなら、俺が異端だって事で裁くが良い!」
閻魔大王が職員に命じて、話にあった娘の記録を持ってこさせる。
まだ死んでいない為、詳細はあまりないが、大雑把な所は分かる。
「ふぅむ。ブルー・プラネッツとかいう音楽集団のギター兼ヴォーカルの男と懇ろな仲らしいの。
おぬしの記憶など、影も形も無さそうじゃ」
離れた後、少しだけ続いていた文通の手紙も、とうの昔に処分されている為、確実に何とも思っていないだろう。
その事に、剣弥は勝ち誇る。
「ほら見ろ!
普通、それくらいの頃の事なんていつまでも覚えてねぇよ!
会ってなかったら猶更な!
っていうか、ブルー・プラネッツだと!? あの新進気鋭のバンドグループの!?
マジか!?
ちょっ、ちょっとコトちゃんの連絡先教えろ!
俺、ファンなんだよ! サイン貰えねぇかな!?」
「個人情報保護の観点から、無理じゃな」
「融通利かねぇ奴だなぁ、おい!」
「まぁ、ともあれ、情状酌量の余地あり、という事にしておこうかの」
「普通に無罪にしろよ! 杓子定規な役人か!」
「うるさいのぅ。ほれ、次に行ってみろ。次は《賢者》の娘」
「オッケー! クリス様の話をしようか!」
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ケース2 《賢者》クリスティアの場合
「何でも、秘めたる恋をしていた王女と護衛騎士の仲を引き裂き、無理矢理婚姻を交わしたとか?」
「馬っ鹿か、テメェ!?
どこを読めばそうなるんだよ!? 目ん玉、腐ってんですかねぇ!?
俺とクリスは政略結婚!
俺の意思、一切関係なし!
クリス様の意思も一切関係なし!
ほら、俺って異世界出身じゃん!?
祖国愛的なもの全然ない訳じゃん!?
でも、戦略級の超戦力な訳じゃん!?
暗殺するか懐に取り込むかしか選択肢ない訳じゃん!?
いやー、王様が賢明で助かったよ!
負ける気なんて毛頭なかったけど、あんな必殺毒物があるなんてな!
宴とかに呼ばれて一服盛られてたら一撃コロリンだったな!」
「今現在、一撃コロリンしておる訳じゃがな」
「それ言うなよ、閻魔さんよぉ!
で、話戻すんだけど、そんなふわっふわな俺を繋ぎ止める為には、女をあてがうのが一番だと見抜いてくれちゃった訳だ!
ハハッ、俺、童貞だしな!
しかも、俺がクリス様に惚れてる事まで気付かれててな!
いや、流石は王様だわ! 見る目があるな!
クリス様が嫁に来るじゃん? 俺様大歓喜じゃん? お国の為に働こうって気にもなるじゃん?
お互いにウィンウィンな素晴らしい政略結婚だよな!」
「証言によると、清楚で奥手だった娘が、ふしだらな淫乱娘になったという話じゃが……」
「おいおい、別に仮面夫婦じゃねぇんだ!
やる事やるに決まってんじゃん!
で、俺としちゃ、ちゃんとクリス様にも気持ちよくなって欲しいじゃん!?
色々と頑張ってる内に、嵌まっちゃったんだよな!
でも、別に所構わずって訳じゃねぇぞ!?
昼は貞淑な貴婦人! 夜は淫乱な雌猫!
このギャップが良いんじゃねぇか!
ってか、夜の事、言いふらしてる訳じゃないのに知ってたって事は、連中、覗いてやがったな!
ストーカーかよ!」
「つまり、お前は娘を無理矢理手籠めにしていた訳ではない、と」
「当ったり前だろうが!
俺、和姦がモットーですから!
クリス様も色々と割り切ってたんじゃね!?
だって、彼女から騎士の話なんて聞いた事ありませんよ!?
つーか、そもそもの話だけどさ、秘めたる恋なんて、俺が知る訳ないじゃん!
だって、秘してるんだし!」
「まぁ、分からんでもないのぅ」
「大体、身分違いで諦めざるを得ない、とか言ってんじゃねぇよ!
戦乱の巷だぜ!? 手柄、立て放題じゃねぇか!
最前線の同志戦友の中にいたぜ!?
手柄立てて、身分違いで諦めてた貴族の御嬢様を嫁に貰うんだって!
見事に望みを叶えてやがったぞ!?
話の分かる王様だったし、手柄を立ててたらちゃんと考慮してくれてたと思うぜ!?
お姫様はクリス様以外にもいるんだしよ!
俺にあてがう女が、一番丁度良かったのがクリス様だっただけで、必ずしも彼女である必要はなかったんだからな!」
その通りだ。
クリスティアと護衛騎士の秘密の恋路の事を、王はしっかりと把握していた。
どうせ将来は政略結婚の駒となるのだから、今だけは自由にさせておこうと見逃していただけなのだ。
だが、本気で恋をし、少しでも確率を上げる為、前線に志願する様な気概を見せていれば、まだ考慮する気はあったが、護衛騎士は行かなかった。
クリスティアは《賢者》として最前線に赴いているというのに。彼女の盾になろうともしなかった。
その時点で、王は遊びだったのだと判断し、勇者の伴侶として最有力候補に挙げたのだ。
「ところで、お前は何故その娘を様付けで呼んでいるのじゃ?」
「クリス様は、クリス様だぜ?」
剣弥は即答した。
大事な事なので、もう一度、真顔で答える。
「クリス様は、クリス〝様〟だ。良いな?」
「……まぁ夫は妻の尻に敷かれるものだからな」
さて、と話を変える。
「最後に、《聖女》の娘じゃの」
「シンシアたんで俺の無実証明も終わりだな!」
「まだ無実とは言っておらんのじゃが……」
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ケース3 《聖女》シンシアの場合
「訴えによると、なんでも清純で信仰心深かった娘が、信仰を投げ捨て、お前との邪淫にふけるようになったとか。なんとなく、先の娘に似ている訴えじゃな」
「そうなんだよ! 夫婦なんだから、やる事やるの、当然じゃん!」
「じゃが、お前、童貞だった筈じゃろ?
そんな、生娘を堕とせるほどの腕前は無かろうに。
もしや、薬でも使ったか?」
「おいおいおい、人聞きの悪い事言うんじゃねぇよ、アホたれが!
純粋な俺のテクに決まってんだろうが!
あッ!? その顔、信じてねぇな!?
童貞がテク持ってたらいけませんかー!? 不自然ですかー!? 不自然ですね!
だが、俺は《勇者》だぜ!?
勝利の為に手段を選ばないのは当然だろうが!」
「なんじゃ、娼館巡りでもしよったのか」
「おっ、珍しく冴えてんじゃねぇか!
そうよ、都の名店を梯子してな!
百戦錬磨の娼婦のお姉様方と男娼のお兄様方をかき集めて、華麗なるジャンピング土下座を決めたのさ!
初めての女の子をアヒンアヒン言わせられるウルトラテクを伝授してください! 何卒! 何卒ッ!
ってな具合よ!」
「プライドの欠片も見受けられんのぅ」
「はっ、そんなもんで世界が救えるかよ!
おかげで、懇切丁寧に手練手管を惜しげもなく教えてくれたぜ!
完全合法にして安全安心な媚薬百選、なんて物まで教えてくれて感謝感激雨あられってなもんよ!」
「で、その結果、《聖女》もはまった、と」
「まぁな!
でさ、話の続きなんだけどよ!
一応、教会って純潔を貴ぶって事で性交だけじゃなくて、婚姻も禁止にしてるんだよな!
とはいえ、そこら辺一切無しだと人類滅ぶじゃん?
ベイビー生まれなくて人口曲線真っ逆さまじゃん?
だから、一応、抜け道として還俗したら結婚性交出産OKってなってんのよね。
信仰捨てたってそれの事だろ!?
《聖女》様だけど!
シンシアたんは俺と結婚するに当たって教会から距離を置く形になってんの!
これ、別に珍しくも何ともないし、子育てとかが終わったら何食わぬ顔して教会に戻ってくるのも普通の事なの!
それを大袈裟に信仰を捨てたって、なんやねんがなまんがな!
あれか!? 我が娘はいつまでも可愛くて清らかな天使であれ、ってか!
それで夫をガチ殺しに来るとか、そいつ、絶対頭おかしいぞ!?」
「成程のぅ。まぁ、大体の事は理解したわ」
「おう! そりゃあ、良かったぜ!」
「確かに、お前は語られるほど悪くはないの」
「だろう!?」
~~~~~~~~~~
「では、判決を告げる。有罪」
「何でだよ! 俺、何も悪くねぇって言ったじゃん!」
「女たちに関しては、じゃな。他に悪い所があるわい」
「あ!? なんだと!? ちょっと言ってみろよ! 論破してやるわ!」
「口が悪い。儂を誰だと思っとんじゃ。閻魔じゃぞ」
「……《勇者》の方が偉いに決まってんだろうがぁ!」
逆ギレした剣弥は閻魔とその配下に単身で突撃し、見事に返り討ちに遭う事になった。
そんな感じで《勇者》天城剣弥は地獄に落ちたのだった。
【蛇足】残された彼ら彼女らのその後。
・《剣聖》の幼馴染。
《勇者》が拝領していた領地の民が、善政を敷いていた領主を殺した事で大激怒。リンチに遭って死ぬ。死後は晒し者にされてろくに弔われる事はなかった。
・《賢者》の護衛騎士。
《勇者》殺害の罪で投獄され、裁判にかけられそうになる。だが、その前にやってきた《賢者》の姫によって逃がされる。姫との逃亡の中、彼女に誘われるがままに手を出し、事の最中に毒を盛られ、苦しみの果てに死亡。房中術怖い。
・《聖女》の養父。
〝勇者殺し〟を持ち出した罪、《勇者》を殺した罪で教会から永久に破門。終身奴隷として鉱山送りになる。過酷な労働環境に疲れ果てていた頃に、病に一撫でされてぽっくりと逝く。
・《剣聖》。
《勇者》亡き後の領地に留まり、剣術指南役や領主軍軍団長などを務め、その美しさと強さから《戦乙女》の二つ名を改めて付けられて民から慕われて過ごす。
・《賢者》。
《勇者》の一粒種を身籠っていた事が判明し、無事に男児を出産する。その子を領地の後継者とする為に、後ろ盾となる有力貴族家の男と再婚する。相手は彼女が《勇者》を今も愛している事を承知しており、それを踏まえてそれなりに幸せな関係を結んだ。
・《聖女》。
《勇者》の死後、教会に復帰し、彼を葬り、祀った教会の管理者として生涯を捧げる。《勇者》の子の洗礼を行うなど、教会権力による強力な援護射撃をしていた。