追憶、汚れるモノ
(さて……ここは、どういう場所なのかな?)
俺を背後から襲った男が、木箱に詰めた俺を担いで連れてきた場所は、薄暗い倉庫のような建物だった。
今の俺は、木箱から出され、乱暴に床に放られた状態だ。しかも、両手を後ろ手に縛られている。
そして周囲には、俺と同じような状況の、八~十歳ほどの少女たちが、五人。
(ワザと乗ってやったのは良いが……これはあれか。『裏奴隷』ってヤツか)
そう、俺は先程の襲撃には気づいていた。気配も消さずに、実にお粗末な接近。俺に気づけない道理はない。俺は後頭部を鈍器で殴られたが、急所を外し、意識がもっていかれるのを防いだ。
ではなぜ乗ったのかと言うと、端的に言えば、実験である。
この二年鍛えた九歳の少女である俺が、敵対する人間との実戦でどれ程の戦闘を行えるのか。
相手は多い方が良いから、本拠地まで運ばせたが……王国の闇が垣間見える。
(まあ、戦う相手はともかく……目撃者が多いな)
俺が今いるのは、この建物の一階部分。
ここには、俺以外に、見張りが一人と、誘拐されたのであろう少女五人がいる。
二階には、人数ははっきりしないが、三人以上の人間がいることを、聞こえてくる足音で判断できた。
問題は、囚われている少女達だ。
自分らと同年代の女の子が戦っているのを見て、おかしいと思わないはずがない。
(不幸中の幸いと言っていいのか……皆恐慌状態に近い。案外、正常な判断力を失って、俺を見ても何も思わなかったり……ないか)
とんだ誤算だ。一人二人ならともかく、全てが終わりこの子たちを解放した後、五人もの人間が『同年代の少女が悪い人を倒した』などと同じ証言をしたら、混乱した子供の妄言とさせることができない。
子供たちに罪はない……というか思いっきり被害者なのだが、都合が悪い。
そんな、不謹慎なことを考えていた折に、見張りの男が二階への階段を上り、消えたと思ったら、交代で別の男が現れる。
「ったく……こんなガキ共の見張りなんて、必要ねーだろ!?」
「うっせ。ちゃんと仕事しろや。分け前やらんぞ」
新たに現れた、苛ついたような男の声に、二階から先程の男が答える。
「ち……はぁ~、ったく……」
露骨に嫌そうな表情で近くにあった椅子にどかっと腰かけ、興味なさそうにこちらを見る。
他の五人の少女たちはその視線に怯え縮こまってしまっているが、俺だけは真顔でその視線を受け止める。しかし男はそれに気づく様子もなく、大きな欠伸をした。
(よし……コイツから『獲る』か……)
こちらに対し、欠片も警戒していない。暗殺とは、こちらを舐め切った者ほど、やりやすい。
俺の目に、九年ぶりに、剣呑な光が宿ったのを感じた。
「……zzz……」
十分後、好機が訪れる。見張りの男が、盛大に眠りこけている。
するり、と。
そうそう簡単に解けることのないはずの縄は、いとも容易く解けた。
ありとあらゆる拘束を抜け出すための訓練は死ぬほどやってきた。今更、後ろ手に縛られようが、全身を雁字搦めにされようが、大した問題ではない。
しかし、問題はまだある。武器がない。
いや、徒手空拳でも人は殺せるのだが、今の俺にはあまりに効率が悪い。
鍛えたとはいえ、前世の期間の五分の一に満たぬ時間。しかも女の身体だ。筋力は低下している。
今、貫手でもやろうものならば、こちらの腕にもダメージが来る。
この後も戦わねばならないのに、それではマズい。
何かないか……と全身をまさぐっていると。
ポケットの中に、コロコロと転がる物体の感触が。
なるほど、アリア=ブライトの初仕事は__『毒殺』になるのか。
俺は一切の音を立てずに立ち上がり、男に近づく。
周囲の少女たちの驚愕の視線が集まるが……仕方ない。
俺はポケットから取り出したブルーグリーンの種を、右手人差し指の側面に乗せ、それを支えるように親指を添える。
そして、大口を開け寝ている男の、その無防備な口に狙いをつけ……
ぱしっ!
そんな音を立て、種を弾き飛ばす。
種は見事に男の口に入りこみ……違和感を感じた男が目を覚ます。
「んぁ……? なんだこ……うぐっ!?」
「騒ぐなよ……?」
男に飛びつき、その口周辺を掌で打つ。
その衝撃で男は種を飲んでしまい……急速に顔色が悪くなる。
「うぐ……なん、……!?」
「騒ぐなって」
俺は即座に、男の口と鼻を押さえる。少しでも黙らせるためだ。
「コイツ……ブルーグリーンの毒は即効性だ……あと十三秒で、お前は息ができなくなる」
「______ッ!?」
男は必死に抵抗するが、既に毒の回った男のその弱弱しい抵抗は、俺のその見た目に似合わぬ力もあり、簡単に抑えられる。
そして宣言通り、十三秒後にはその顔色をさらに青ざめさせ……男は気を失った。
「ブルーグリーンか……はッ、その名の通りだ」
気絶した男の顔は、血の気がまったく感じられぬ、真っ青な状態だ。
実際、ブルーグリーンの名前の由来は、この症状の様子と、緑色の果実が由来なのだ。
この男は、一日も放っておけば勝手に死ぬだろう。
「さて、次はどうするか……おっ、良い物みっけ」
気絶した男を物色していた俺は、ロクに手入れされていないが、十分に使えるナイフを発見した。ナイフは俺が前世で最も極めた武器の一つだ。
とはいえ、複数の大人相手にこれ一つは、少々心許ない。
(仕方ない……あまり気は進まないが……)
俺は一つ決心すると、自慢の銀髪を数本、ナイフで器用に切り取り___
「おい、見張り交代だ……ん?」
しばらくした後、新しい男が階段を下りてくると、見張っていた仲間が、椅子に座って、目を閉じているのを見つけた。
「このやろ……居眠りしやがっ」
男のそのぼやきは、この世で最後に発した言葉となった。
がたがたっ、と階段を転げ落ちる男の身体。その首から先は、少し遅れて床に落ちた。
「よし、上手くいったな……」
男を亡き者にしたのは、銀髪を数本繋げ、それに魔力を通したモノ。
元の素材が髪の毛なので、一度使えばもはや使い物にはならないが、その一回は、立派な魔鋼糸の代用品となる。
その一端を階段の途中の壁に括り、糸の長さの余裕を持たせて、もう一端を自分で持ち、タイミング良くそれを引く。
それだけで、人の首一つなど簡単に取れる。
そして騒ぎを聞きつけた残りの二人が、ドタドタと階段を下りて来て、その惨状に目を剥く。
そうしてできた隙を、見逃す俺ではない。
俺は物陰から飛び出し、二人の男に襲い掛かった___