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転生、夢想する在りし日

 「うわあッ!?」

 

 情けない声と共に、俺は飛び起きた。

 全身から気持ちの悪い冷や汗が流れ出て、ベッドのシーツは湿っている。

 純銀を溶かし込んだような銀髪は、もうぐしょぐしょだ。

 しかし、俺の両頬を湿らせているのは、いつの間にか自分で流したらしい涙だった。


 「はぁっ、はぁっ……ふぅ……」

 俺は、自身の身体に異常がないのを確認すると、大きく息をつき、脱力したかのようにベッドに倒れこんだ。

 両手を頭上に掲げ、その手のひらを見る。

 華奢で、すぐにでも手折れそうな細腕についたその手は、色白で小さい。

 

 「……久しぶりに見たな、前世むかしの夢……」

 そう呟き、俺はおよそ十年前に思いを馳せた___



 俺はあの日、確かに死んだ。そのはずだった。

 意識は暗転し、温度すら感じられなくなったはずだ。


 しかし、俺の意識はなぜか、再び明転した。

 光を失ったはずの瞳は正常に光を受け付け、耳は赤子の泣き声を感じ取った。

 その泣き声が自身から聞こえてくることに気づくのに、そう時間はかからなかった。


 「奥様、おめでとうございます……!! 元気な女の子ですよ……!!」

 そんな言葉を、俺の耳は拾った。


 俺は、混乱する頭で状況を整理する。

 (何だ……? 一体、何が起きている……!?)

 はっきりしている意識とは裏腹に、体は思う様に動かない。

 (まさか……転生!? 本当にそんなものがあるとは……

 いやそれよりも、女!? 俺、女なのか!?)

 驚愕を言葉で表そうとしても、口から出るのは意味をなさない泣き声ばかり。


 「あなたの名前は……アリア。アリア=ブライトよ……」


 俺を抱き上げる女性は……母親、なのだろうか? 

 流れるような銀髪が特徴の、美しい女性だった。

 もともと小国のスラムで育った俺だが……その女性が高貴な身だということは察しがついた。


 「ああ、アリア……私の、私たちのかわいい子……」


 女性は、俺を胸元に抱き寄せ、嬉し涙を俺の頭上にこぼしながら、アリア……新しい俺の名前を何度も、何度も愛おしそうに呼んだ。

 以前の俺ならば、その豊満な胸に抱かれ、冷静でいられるよう努めたのだろうが……

 俺はその抱擁感溢れる温かい感触に導かれるまま、微睡まどろんだ__


 

 俺はその日から、ブライト公爵家の一人娘・アリア=ブライトとして、二度目の生を受けた。

 生まれて数か月ほどは、色々と大変だった。自力ではどうにもならないことが多すぎたのだ。

 歩くどころか、立つことさえできない。

 舌は回らず、他人に自身の意思を伝えることができない。

 情けない話、下のお世話もしてもらわなければならなかった。


 だが、一年程経った時には、生まれつき完全な自我を持っていたということもあったのか、ある程度は行動ができるようになった。

 「か、かーさま……」と呟くと、母親……ルージュ=ブライトは手を叩いて喜んだ。

 先に『父さま』と言われたかったらしい父親……アルス=ブライトは目に見えてがっくりしていたから、しょうがなく「とーさま」と言ってやったら、そのごつごつした頬を俺に摺り寄せてきた。


 それからは、少しずつ、今の世界の状況を把握しようと努力した。

 そして分かったのは、俺が転生したこの世界は、俺が死んだ二年後の世界だということ。

 魔王は討たれ、それを為した一行は英雄とはやし立てられていた。

 特に特別視されていたのは、魔王討伐の旅に出る前から大衆に知られていた冒険者であったジオと、『聖女』として崇められるエリス。そして……


 「……は!?」

 俺が四歳になるころ、俺は父親の書斎で、驚くべきタイトルの本を見つけたのだ。

 そのタイトルは__『救世の英雄・アラン=ハイド』。


 俺はその本を見つけるなり、大急ぎで、不在がちの父親のかわりに、母親に説明を求めた。

 ルージュはその旨を聞くと、嬉しそうに目を細めた。


 「アラン様に興味があるの? いいわ、教えてあげる」

 「さ、様……」


 ルージュは、心底嬉しそうに、アラン=ハイドの生前の英雄譚を多く語ってくれた。

 確かにそれは事実ではあったが……多少美化されている感は否めなかった。

 

 「そして、きたる魔王討伐の日、アラン様は魔王を仲間の五人に託し、たった一人で千もの魔王の軍勢を相手に戦ったの」

 「…………」

 「アラン様はその軍勢を一人残らず倒したんだけど……戦いの中で傷ついてしまった彼は、全てが終わった後、仲間に看取られて、この世を去ってしまわれたのよ」


 ルージュは目の前の娘がまさかアラン本人とは夢にも思わず、そう締めくくる。


 「今の平和は、アラン様の尊い犠牲の上に成り立ってると言っても、決して過言ではないのよ?」

 「で、でも……アラン=ハイドって、暗殺者……なんだよね?」


 俺がそう訊いた瞬間、ルージュの表情が曇る。


 「確かに、そうよ。今も、『アラン=ハイドは凶悪な殺人鬼であり、滅びるべきだった』なんて、恩知らずな連中も、少なからず居るわ」


 その言葉に、今度は俺が顔を曇らせる番だった。


 「でも、ほとんどの人は分かってる。アラン様は、世界の……人々のために死力を尽くして、最期まで戦ってたんだって」

 「そう……なんだ」


 その、俺にとっては救いとなる言葉を貰っても、俺の表情は回復しない。

 その理由は……


 「それで、母様……この『慈愛の十字教』って……何?」

 「ああ、それはね? 『聖女』のエリス=セントリス様が興したエルサレム教の派生信仰で、最初はエリス様たち五人がアラン様を悼み、その功績を称えるためにお創りになったらしいけど……

 今は、少数派だけど、エルサレム教の司祭様もお認めになった、立派な宗教の一つよ」


 頭が痛くなってくる。

 俺が、信仰対象? それを興したのがアイツら?


 (忘れてくれって言ったのにな……余計なことしやがる)


 そんな胸中に反するように、俺の表情は穏やかなものとなる。

 ルージュは、何故か機嫌が良さそうな俺を見て、不思議がってきょとんとしながらも、嬉しそうに微笑む。

 しばし、優しい時間が流れ……天窓から差す暖かな陽光が、隣り合って座る俺達を包み込んだ__

 

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