序章、或る日の追憶(終)
「おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉッ!!! 『断・罪・剣』ッッ!!!」
「ぐぅおおおおああああぁぁぁぁッ!?」
ジオの大剣がより一層に強い光を放ち、その刀身を伸ばす。
ジオの繰る退魔の剣・キャリヴァーの真なる力が魔王アルデバランの身体を飲み込み……
その場の誰もが目も開けていられぬほどの眩い光が収まると、そこには。
__剣を振り切った体勢のジオと、地に倒れ伏したアルデバランの姿があった。
「ぜぇ……ぜぇ……やった……のか?」
剣を杖代わりに、ジオが荒い息をつく。
何やら不穏な発言に聞こえたが……魔王の身体が、光の粒子となり消え始めていた。
「ぐ……ぅ、やってくれたな、勇者ども……!!」
「何ッ!?」
だが、魔王はまだ喋る。
五人はその体に鞭打ち、戦闘態勢をとるが……
「はッ……もう身体など動かん。そう構えるな……」
魔王は立ち上がることはなく、ただ心底悔しそうな声を絞り出すだけであった。
「……今回、我は敗北した……お前たち五人の奮戦もあるが……一番大きかったのは、その扉の前で一人戦った男だ。まさか、城の戦力全てを相手取り、あそこまでやるとはな……
……まったく、イレギュラーな存在だった」
ここでようやく、再びアランの身を案じる思考の余裕が、五人に生まれる。
今すぐにでも安否を確かめに行きたいが……目の前の魔王がある限り、油断などできようはずもない。
だが、そんな警戒しきった五人に、呆れたような視線を送る魔王。
「まったく……我のことなど構わず、ヤツの所に行ってやれ……
ヤツは敵だが、敬意を払うべき人間だ___」
そう言い残すと、魔王アルデバランの身体は急速に光の粒子と化し、その身体を消滅させた。
瞬間、ジオは、バネが圧力から解放されたかのように、玉座の間から外に出る唯一の扉に駆け出す。
他の四人も、その後をついて行く。
全員満身創痍で、何故まだ動けるのか疑問なほどであったが、そんなことはもはや些事。
アランの安否の確認が、今何よりもやるべきことなのだから。
「アラン……ッ!!」
バンッ、と乱暴に開け放たれた扉の音が、静寂が支配する廊下に響く。
ジオたちは恐る恐る、廊下の様子を確認して……
「す……ごい……何、この数……!?」
ミリアムの口をついて出た言葉が、五人の共通認識だった。
廊下を埋め尽くすのは、死体、死体、死体__
数百……ひょっとしたら千以上もの魔人・魔獣のバラバラ死体。
その断面は非常にきれいで、ずっとアランの技を見続けた五人は、それがアランの仕業であることが一目瞭然であった。
「……ッ!! そうだ、アラン!!」
いち早く我に返ったジオが、アランの姿を探す。
その言葉に、同じく我に返った四人も、その地獄絵図を見渡す。
すると、少し遠くの、ひときわ大きな魔獣__その首から先が近くに転がっている__を背に座り込む、見覚えのある人影が。
その人影は、自分たちの怪我が可愛く見えるほど全身ボロボロであったが、五体満足で、その肩を呼吸で上下させている。
「アランッ!!」
ジオたちは死体を踏み越えて、アランの下へ向かう。
近くで見たアランの姿は、遠くで見た時よりも弱弱しかった。
全身血まみれ、傷だらけ。
そんな赤黒い光景の中映える純白の手袋が、この軍勢の大半を滅したなど、彼を知らない者には思いもよらないだろう。
「ジオ……その声は、ジオか……?」
その見た目通りの弱弱しい声と共に、俯いていたアランが顔を上げる。
その双眸には、何か鋭利なもので切り裂かれた跡があった。
「嘘……アランさん貴方、まさか目が……!?」
「エリスか……ああ、まるで見えん。気配だけで戦うのは少々、無理があったな……」
その衝撃発言に対する驚きもつかの間、ミリアムがあることに気づく。
「あ、アンタ……もしかして、毒くらった……!?」
「ああ、やっぱり毒だったのか……あの蜂かな……いや、あの蠍かも……」
人間よりも嗅覚の優れた獣人が、毒のにおいを嗅ぎつける。
その毒は何重にも重複されていて……まだ生きているのが、不思議でならなかった。
「お、お前……え、エリス、回復魔法を!! ありったけ……!!」
「は、はい……!!」
そんなアルトのあまりに弱い命の灯を何とか繋ぎ止めようと、エリスが回復魔法を使おうとするが……
「エリス、やめろ……お前、もう魔力限界だろ……お前が死ぬぞ」
「で、ですが……!!」
「はは……死に場所くらい選ばせてくれ。俺はもう……十分だ。お前たち、だけでも……」
「「「……ッ!!」」」
その言葉に、五人は息をのんだ。
アランの要求……それは即ち、自分以外の全員の無事帰還。
その表情はどこまでも穏やかで、心からそれを望んでいることが伝わる。
そして五人の動揺はどこ吹く風と、アランの言葉は弱弱しく……しかし力強く紡がれる。
「そうだ……ごほッ……!! 最期に、お前らに言いたいことが……」
「やめろ……」
「さっさと片付けて加勢に行きたかったんだが……しくじった。悪い……」
「やめてくれ……」
「……だが、お前たちがここに居るって事は……やったんだよな? 信じてたぜ……」
「やめてよ……ッ!!」
「……今まで、俺みたいな血みどろの暗殺者を仲間って呼んでくれて……嬉しかった」
「やめて……ください……ッ」
「だが……忘れてくれ。俺なんかの死で、今回の功績に禍根が残るなんて、バカげてるからな」
「もう……喋るでない……」
俺は、意識が薄れゆくのを感じながらも、最期の言葉を振り絞る。
「はッ……意外と俺、しぶといな……? んじゃあ……ごふッ……! もう少し……」
「アラン……ッ」
「ジオ……怒るなよ? お前たちが魔王を討つまでは……持ちこたえたからな……」
「……ッ!! バカ野郎……!!」
ジオが涙ながらにそう言ったのが、もはや使い物にならなくなった耳で、最後に聞いた言葉だった。
「そんで、エリス……間違っても、俺に復活魔法なんて掛けるなよ……?」
「……ッ」
エリスが図星を指され、動揺するのが、見ずとも感じられる。
「……俺なんかに、お前の寿命を使うなんて、ナンセンスだ」
「アラン……さん」
「ゲイル……帰ったらお前、嫁さんと子供に構ってやれよ……? 二年もほったらかしてんだからな」
「…………」
「家族……俺がずっと、欲しかったものだ……大切にしろよ……?」
「アラン……お前……!!」
普段強面のゲイルの顔は、今や涙でぐしょぐしょだった。
「シドの爺……はッ、まさか俺が、アンタより先に逝くとはな……」
「アラン……お前さんってヤツは……」
「せいぜい、長生きしろよ……俺の分までな……」
「…………」
「最後……ミリアム……ぐ……ッ!?」
「あ、アラン……!?」
「あ、ああ……はッ、間の悪……い……」
個人的には、これが一番言い残したかったんだがなぁ……
お前とは犬猿の仲で、くだらん口喧嘩ばっかしてたが……
__ずっと、お前の事、好きだったんだ__
「あ、アラン……? アラン……ッ!?」
ミリアムが肩を揺さぶろうとアランに触れると、その身体は、力なく地面に頽れた。
ミリアムはしばらくの間硬直し__その頬を、涙が流れ落ちた。
「うぅ……アラン……アラン……ッ!!」
ミリアムの涙が、アランの顔にポツ、ポツと雨粒のように落ち、弾けた__
この日、暗殺者アラン=ハイドは世を去った。仲間たちに看取られながら。
その死に顔は、痛々しい身体とは裏腹に、穏やかに微笑んでいたという____