序章、或る日の追憶(中)
__囮を引き受けてから、一体どれほどの時間が経っただろうか。
もしかしたら十分程度しか経っていないのかもしれないし、既に数時間経っているのかもしれない。
そんな時間感覚は、俺の中からもはや完全に死滅していた。
「はぁ……はぁ……ッ……ごほっ!!」
もはや、満身創痍。
動きを少しでも良くするために体にかけていた身体強化魔法に費やしていた魔力は尽き、ナイフは血に塗れ使い物にならなくなった。
唯一残る武器である両手に嵌めた純白の手袋__特殊な技術と素材を使い魔鋼糸で編まれた__は健在であるものの、侵されるはずのない純白は、絶え間なく咲く血華で、赤黒く染まったように見える。
だが、そんな俺を見て容赦してくれる敵などいない。
もはや、返り血と自身の流した血の見分けなどつかない、正に血で血を洗う地獄。
倒れそうになる度自身の体に鞭打ち、その手袋から伸びる意思を持つかのように動く魔鋼糸で敵を切り裂く。
そんな中、ほんの刹那の隙を突き、懐に入ってきた魔人の拳が、俺の腹を捉える。
「がっ……は!?」
俺の体はその衝撃に任せて宙に浮き、壁に激突する。
暗転しそうな意識を必死に繋ぎ止め、その魔人を魔鋼糸で切り裂く。
ここぞ好機と、まるで減る気配のない大軍は玉座の間へと向かうが……
「させねぇよ……ッ!!」
それらの魔人・魔獣を、扉の前に蜘蛛の巣のように展開させた魔鋼糸が傷つける。
その隙を突き、展開させていた魔鋼糸を回収。再び守りに入る。
だが、その動きは先程までに比べると幾分か鈍い。
これを見逃す敵ではなかった。敵軍の猛攻が、より激しいものになる。
「おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉッ!!!」
__狼型魔獣の牙が、その左肩を噛み砕いても。
「うあああああああああああああぁぁぁぁッ!!!」
__魔人の剣が、その右足を貫いても。
「ああああああああああああああぁぁぁぁッ!!!」
__魔獣の放った毒が、その身を蝕んでも。
「まだだあああああああああああぁぁぁぁッ!!!」
__その双眸から、光が失われても。
俺は、倒れなかった。倒れるわけにはいかなかった。
背後では、俺を信じて戦っている、仲間がいる。
俺が倒れれば……あいつらに危害が及ぶ。
きっと、あの五人ならば、魔王すら超越するだろう。邪魔さえ入らなければ。
俺はあいつらを、守るんだ__
「はぁ……はぁ……ッ!!」
玉座の間にて。
ジオ、ゲイル、エリス、ミリアム、シドの五人は、魔王アルデバランと対峙していた。
双方の戦力は、互角。
これだけ聞くと、流石は人類最強のドリームチームといった感じだが、あくまで五対一だ。
魔王の規格外さは、世に聞く噂より遥かに凶悪なものであった。
……だが、そんなじれったい状況に、一石が投じられた。
「……む!?」
アルデバランの表情に、小さく驚愕の表情が浮かび、魔法の発動がキャンセルされる。
何事かと五人がその原因を模索していると、一行で一番魔法に精通する、シドが気づく。
「……そうか、奴は配下の魔人どもと魔力回路を共有し、その強大な火力の魔法を実現させていたんじゃ……!!」
「ということは……まだ、アランは死んでいない、ということだな」
「それどころか、魔王の配下を未だに倒し続けている、ということですね……!」
「ま、まったく、アイツ……心配かけさせて……!!」
「アランが戦ってるってのに……俺たちが負けるわけにはいかねぇな!?」
敵の弱体化と、アランの生存。
その朗報に、五人の士気は最高潮となり、少しずつ戦況は変化していく。
「クソ、小癪な……!! 『冥府焼き尽くす紅蓮』!!」
「させません!! 『神盾の加護』ッ!!」
アルデバランの弱体化した魔法は、聖女たるエリスの障壁によって阻まれ、
「くッ……潰すッ!!」
「させん__ッ!!」
エリスに向かい神速で踏み込み、その体を吹き飛ばそうとした拳は、ゲイルの大盾によって阻まれ、
「喰らえ!! 『凍て付く氷檻』!!」
「ぐっ……!?」
シドの放った氷の拘束魔法が、アルデバランの動きを止め、
「ナイスじーさん!! 次は私ッ!!」
「ち……!?」
ミリアムのその音すら置き去りにする速度と、身体強化魔法による残像すら残す殴打がアルデバランを襲い、
「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉッ!! 『覇・天・斬』ッ!!」
「ぐあああああああぁぁぁッ!?」
ジオの、聖なる光纏う大剣が、アルデバランを包む幾重もの結界を貫通し、その胴に大きな裂傷を作る。
……それでもなお、魔王は倒れず。
その後も、一時間近い激闘が繰り広げられ。
勝敗が、決まった___